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異世界へ来ても社畜は社畜

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 ハッ、と目が覚めた。


 目に飛び込んできたのは見慣れた王立魔導具研究所内の光景。

 見慣れた、とは言っても私はこの世界に召喚されてまだ一年程度だけれど。

 それでも一日の大半を過ごしている職場だから、もうだいぶ慣れた場所となっている。

 だけどいつもと違って私以外、室内に人がひとりもいない。


 ――寝ちゃったんだ……。


 今週はずっと仕事が終わるのが遅かったから、寝不足続き。
 睡眠時間が明らかに足りていないのは自分でも分かっている。

 本当はそこまでがんばらなくてもいいのかもしれない。

 でも巻き込まれ召喚され、聖女『じゃない方』だったため放っておかれそうになった私に仕事と住む場所を与えてくれた王国一の魔導師、ルゼド・ベルダー様のためにできる事はとことんしておきたかった。

 私はこちらの世界に来ても、仕事漬けの日々。
 召喚前の日本という世界で身についた社畜としての生き方は、そうそう変えられるものじゃない。

 でも日本の時と違って、会社のためではなくベルダー様の役に立ちたいという想いで働けるのは幸せな点かも。

 私と一緒に魔法や魔導具のあるこの世界へ召喚され『聖女』として迎えられたのは、孔雀院姫華さん。
 
 姫華さんは短大卒の入社二年目。
 理系の大学院を卒業した私よりも四つ年下だったけれど同期だった。

 あの日は定時を少し過ぎた時間だったから、受付嬢の孔雀院さんは帰るところだったのかもしれない。
 コンビニ帰りだった私――入社二年目にしてすでに社畜と化しており深夜までの残業に備えてカップ麺を買い会社に戻ってきた――成瀬サクラと、孔雀院さんが挨拶を交わした瞬間ふたりの足元に魔法陣が現れた。

 後継を巡り第一王子派と第二王子派が争っていたこの世界。

 聖女を召喚すれば平和が訪れるという神託があり、召喚の儀を行ったのだという。

 召喚された孔雀院さんは、日本の会社での受付嬢経験で培った笑顔とコミュ力を遺憾なく発揮し第二王子と婚約。
 将来王妃となる重責には耐えられないと第二王子へそれとなく伝え、平和的に後継者争いから退かせた。

 王子妃としての生活は彼女に合っていたらしく、今は優雅な日々を送っていると聞く。

 あっという間に孔雀院さんは遠い存在になってしまったけれど、元同期として彼女の幸せは嬉しく思う。
 これからも遠くからそっと彼女の事を応援していきたい。

 現在27歳、ここの世界ではとうに結婚適齢期を過ぎ、しかも生まれてこのかた男性とお付き合いした事さえ無い私はとっくに恋愛を諦めているから、ヒロイン気質の彼女を羨ましいと思うこともなくモブとして穏やかに見守りたいという悟りの境地へ達していた。


 ――あれ? ローブ?


 背中からずるりと落ちそうになったローブを手にして、ボンッと顔が熱くなる。

 このローブの胸に刺繍されたエンブレム、ベルダー様のだよね……!?

 隣の席に視線を向けた。
 このローブの持ち主の椅子には誰も座っていない。
 寝落ちする直前までふたりだけでフロアに残り、黙々と魔道具開発に必要な魔石の解析をしていたのは覚えている。

 私が寝てる間に、帰ったのかな……。
 あれ、でも、荷物がある……?

 ガチャリ、と部屋の入口の方でドアの開く音がした。

 寝ている間に位置がずれたメガネを直しながら音のした方へ視線を向ける。
 目に嬉しい、でも眩しくて目につらいイケメン魔導師が部屋に入ってくるのが見えた。

 そのイケメン魔導師と、パチリと目が合う。

「ぁぁ……起きたのですね、サクラ」
「ッ!」

 彼の言葉を聞いて内心大慌てで、でもなるべくさりげなく、自分の口の周りを指で触る。

 ――私、ヨダレの跡とか無いよね!?

 心臓がバクバクしている私を全く気にする様子もなく、ベルダー様は私のすぐ隣の椅子に座った。

 チラ、と横目で麗しい姿を盗み見る。

 私よりひとつ年上の28歳。

 サラリと長い銀色の髪をうしろで軽くひとつに束ね、銀縁の眼鏡をかけている。
 同じ眼鏡でも、どうしてかける人によってこんなに違うのだろう。
 イケメンがかけると、メガネは素敵なファッションアイテムへと変貌を遂げる。

 私と同じ銀縁メガネなのに。
 召喚される前、一度だけ行ったことのある合コンで地味メガネと陰で言われた私とは雲泥の差だわ。

 ああ、メガネ男子、眼福です。
 素敵です、ベルダー様。
 
 ん、でも、いつもと少しだけ違う。
 ベルダー様の左耳に銀色のアクセサリーが。

「イヤーカフ……?」
「ぉゃ、気付きましたか。試しにつけてみたのですが、変ですかね?」
「よく似合っています、素敵です」
「サクラにそう言われると照れますが、嬉しいです。ありがとうございます」

 うわあ、はにかんだイケメンの笑顔にお礼の言葉添えって……なんて贅沢なんだろう。

 仕事をがんばったご褒美かな。
 ごちそうさまです、ベルダー様、いつも私に癒しをありがとうございます。

 こころの中で、手を合わせる。
 
 ベルダー様は顔がイイだけではなく性格も優しく素晴らしい。
 だから正直なところ好き、大好き。
 
 でも私は自分の身の程を知っているから、好きという気持ちには蓋をして日々仕事をする。
 私がベルダー様から頼まれている魔石の解析は、召喚前に日本でしていた仕事と同じように根気がいる細々とした裏方業務。

 黙々と作業できる仕事は好きだし、コツコツ努力を続けることしか私には取り柄が無いから毎日頑張っている。
 しかもそれが好きな人の役に立てる事だというのもあって、ついつい時間を忘れて仕事に没頭してしまう。


 あ、とベルダー様が何かに気付いたような表情をした。

「そういえば、サクラは研究所まで来るのに乗合馬車を使っていますよね」
「はい、そうです」

 私にこの仕事を紹介してくれたベルダー様が、その時に研究所近くに家も用意してくれようとした。
 でもここは王都の一等地。
 賃料が格段に高い事は、召喚されたばかりの私でもすぐに分かった。

 ベルダー様は、お金の事は気にしなくていい、とおっしゃってくれたけれど甘えてばかりいるわけにはいかない。

 私はベルダー様にお願いして、郊外に住まわせてもらう事にした。
 王都の中心地から離れれば離れるほど、家賃が安いから。

 日本にいた頃電車通勤をしていた私は今、この世界では馬車通勤をしている。


「この時間に乗合馬車って、まだあるのですか?」


 へ……?

 バッと壁にかかっている時計を見上げた。
 

「最終の時間、過ぎてる……」





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