王女さま、大変ですっ!

乙女田スミレ

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39 わがまま令嬢の暴走

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 長椅子から立ち上がったピアたちのほうに向かって、つかつかと王子が近づいてくる。
 その顔からは、先ほどまでの輝くような笑みはすっかり消え失せていた。

「父の誕生日を祝う夜に、殺伐とした声を張り上げる者がいるとは」

 表情と同じく冷ややかな口調に、カーラは慌てる。

「お、王太子殿下、わたくしは……」
「ピア、夜会に戻ろう」

 弁解には耳を貸さず、ロゼルトはピアの手を取って会場へと足早に向かっていった。

「――彼女と一緒に出ていったのは気づいてたんだけど、なかなか抜け出せなくてごめん」

 前を見たまま隣を歩くロゼルトから小声でそう囁かれ、ピアは目を丸くする。
 大広間でのロゼルトは、ピアのことなど全く眼中になさそうだったのに。

「全部聞こえたわけじゃないんだけど……」

 呆然としているピアを、真剣な藍色の瞳が映した。

「ピアは、絶対にひとりぼっちじゃないからね……!」

 それだけを力強く告げ、ロゼルトは再び前方に向き直る。
 ピアはしばらく驚いたようにその横顔を見つめ、やがて口元を柔らかくほころばせた。

「はい……」

――そのときのふたりはまだ気づいていなかった。
 わがまま放題に育てられた令嬢が、背後で逆恨みの炎を激しく燃え上がらせていることに。

 衛士たちがピアとロゼルトのために大広間の扉を開けると、追いついてきたカーラは横からするりと中へと入り込み、出し抜けに大きな声を上げた。

「皆さま方に、どうしてもお伝えしたいことがございますっ……!」

 何ごとかと、出席者たちはカーラに視線を向ける。
 談笑していたバレンテ伯爵も、出入り口のあたりで勇ましく胸を張っている声の主を目にして唖然とした。

「カ、カーラ……?」

 赤みがかった金髪の伯爵令嬢は、扉の近くでピアと立ち止まっていたロゼルトを勢いよく指差す。

「ここにおられるロゼルト王子は、わが国の王位継承者にふさわしい方ではありません……!」

 出席者たちはざわつき、奥の玉座に腰掛けている女王夫妻は揃って訝しげに眉をひそめた。

「や、やめなさい、カーラ……」

 おろおろと歩み出た父親を無視して娘は続ける。

「お立場を利用して男女を問わず配下に手をつけるといった乱倫ぶりは、王室の品位に大きく傷をつけていますっ!」

 思いがけない内容に場内がしんとすると、静聴に気を良くしたのかカーラの弁舌はいっそう滑らかになった。

「こちらの私の憐れな義姉あねピア・スィ・フィチーレは、王子が成人するまで側仕えを務めておりましたが、将来に期待を持たされてさんざん弄ばれたあげく、適当な男性に下げ渡されるため社交界に出ることになったのです!」

 勝手な思い込みを喧伝するカーラに、ピアはぎょっとする。

「カ、カーラさ……」
「そればかりかっ! 王子は幼なじみの騎士であるアルド・スィ・アレアティさまや、現在の側仕えである少年にまで食指を動かしたとのこと! 一部で流れていた義姉あねとアルドさまの交際の噂も、双方とのただれきった関係を体よく清算しようと目論んだ王子が流したものだったのでしょう!」

 人垣の向こうで、アルドが「は?」と小さく声を漏らす。

「――皆さまっ!」

 正当な告発者であるかのように、カーラは堂々と招待客たちに問いかけた。

「次代の君主としての自覚も誇りもないこの方に、わが国の未来を託すことなどできるのでしょうか……!?」

 突拍子もない話をあまりにも自信たっぷりに聞かされ、出席者たちは騒然となる。

「あ、あの王太子さまが、まさかそんな」
「にわかには信じがたい」
「でも、妙に確信めいてるのが気になるな……」
「女王陛下ご夫妻の御前でここまで言い切れるなんて、もしかして本当に勇気ある告発だったりするのかしら……?」

 混乱の渦の中、凛とした声が響いた。

「下品な妄想で作り上げた嘘で、私の大切な人たちの名誉を傷つけないでいただきたい」

 発言者である王子に、皆の視線が集まる。

「う、嘘なんかじゃ――」

 カーラが食い下がろうとしたとき、突然、会場の隅で誰かが甲高く叫んだ。

「根も葉もない作り話は、やめてくださいっ……!」

 声が上がったほうに、招待客たちは目を向ける。
 召使いが出入りするための小さな扉の前に、ロゼルトの新しい側仕えが涙を浮かべて立っていた。
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