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31 王子は約束を果たすべく
しおりを挟む遠いところから、かすかに拍手と歓声が聴こえてきたような気がした。
西の塔で警護に当たっている短髪の若い騎士レント・セ・スコロは、少し切なそうな顔になる。
この石造りの廊下からは見えないが、王宮前広場では今ごろ大きなかがり火が天に向かって橙色の切っ先を伸ばし、その周りには多くの人が集まっているはずだ。
女王陛下の挨拶の後、人々は火の周囲を歩きながら夏至を寿ぐ歌を唄い、思い思いに明け方まで浮かれ騒ぐ。
レントは、子供のころからこの祭りの輪に加わるのを楽しみにしてきた。
しかし、成人したばかりの去年はあいにく夏風邪を引いてしまい、今年はこのように夜勤を務めている。
レントが護っている部屋の中にいるのは、バレンテ伯爵令嬢ピア・スィ・フィチーレ。王女だったころの王子に仕えていた、清楚で可愛らしく優しそうな女性だ。
〝胡乱な勘違い男に一方的にしつこくつきまとわれている〟という気の毒な令嬢の警護は、同期の精鋭アルド・スィ・アレアティと共に女王陛下からじきじきに仰せつかった名誉ある任務だが、やはり今夜に限っては気もそぞろになってしまう。
先輩騎士たちの「運が良ければ、あの祭りの夜は解放的になったおねーさんたちが手取り足取りいろいろ教えてくれるぞお」という言葉も、レントの頭から離れない。
「アルドは広場にいるのかな。いいなあ……」
侯爵家の令息であるアルドは、親から「しばらく社交に専念するように」と申し付けられたとのことで、長めの休暇を取っている。
彼が抜けたため、昼間は別の同僚がここに立ち、レントはもっぱら夜間の警護を担当することになってしまった。
「まあ、でも……あいつには恩義があるしな」
この任務に就いて少し経ったころ、レントは大失態を演じた。
警護中に不審な物音がしたので階段を覗こうとしたら、潜んでいた何者かにいきなり襲われてあっさり気を失ってしまったのだ。
目を覚ましたら騎士の詰め所に寝かされていて真っ青になったが、倒された直後に交代に来たというアルドが賊を駆逐してくれてピア嬢も無事だったとのことで、ひとまず胸を撫で下ろした。
とはいえ厳しい処分は免れないだろうと覚悟していたが、報告を買って出てくれたアルドがよほど上手く伝えてくれたのか、結局何のお咎めもなかった。
「アルド……、俺の分もこの夜を楽しんでくれ」
「――呼んだか?」
不意に階段の下のほうから男性の声がして、レントは思わず身構えた。
「お疲れ、レント」
上ってきた人物を見て、レントは目を丸くする。
「アルド……!?」
休暇中のはずの同僚は、なぜかレントと同じ深い青の騎士服に身を包んでいた。
「悪いな。俺が長い休みをもらったせいで、ずいぶん皺寄せが来てるだろ」
「い、いや、貴族の人づきあいってのもいろいろと大変そうだしな……って、どうしてここに?」
「ああ」
アルドは爽やかに微笑む。
「年に一度の催しのときまでお前に任せきりってのも悪いから、俺が朝まで代わろうと思って」
「えっ……」
「一時的に任務に復帰することは、上にも報告済みだから」
「で、でも……お前だって祭りに行きたいんじゃ……」
「毎日いやってほど人と会ってるせいか、あまり気乗りしないんだ」
肩をすくめてアルドがそう言うと、レントはパッと顔を輝かせた。
「ほ、本当にいいのかっ?」
「もちろん」
「アルド……、お前ってすっごくいい奴だなあ……!」
しみじみとレントは言う。
「モテるのもわかるよ。顔も性格も家柄も良くて、さらに仲間思いで――」
アルドは「そんなに褒めちぎらなくてもいいから」と困ったように笑った。
「早く行って楽しんで来いよ」
「お、おう! 恩に着るぜ!」
足取り軽やかに階段を下りていく同僚を見送ると、ふうとアルドは息を吐いた。
程なくして、誰かがひたひたと階段を上ってくる音がする。
「レントが出ていったのを見たよ。アルド、ありがとう」
姿を現したロゼルトが声をひそめて礼を言うと、アルドは複雑そうな顔になった。
「抜け出せてしまったんですね……」
「うん。母上の挨拶の途中で、なぜか会場にニワトリが何羽も乱入してきたんで、皆で大騒ぎして捕まえてるところだよ」
アルドは再びため息をつくと、囁き声ながらもきつく釘を刺した。
「いいですか? くれぐれも暴走禁止ですからね。何かおかしなことがあったら、俺がすぐに踏み込みますから」
「わかってる」
ロゼルトも真面目な面持ちで頷く。
「……じゃあ」
アルドは、ピアの部屋の扉を軽く叩いた。
「――ピアさま、夜遅くに失礼いたします」
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