王女さま、大変ですっ!

乙女田スミレ

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23 ゆるゆる潜入計画

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 短い沈黙の後、貴公子はゆったりと微笑んだ。

「ああ、再び入場するときには、招待状をもう一度お見せする必要はなかったんですね」

 実は……と、落ち着いた口調で彼は説明する。

「中に通していただいてから、馬車に忘れ物をしたことに気がつきまして。貴殿が他のお客様を迎えていらっしゃる横を通り抜けて、慌てて取りにいってきたんです」

 老巧な家令は、用心深くかつ迅速に頭を働かせた。

 銀の仮面に紺の衣装を身に着けた黒髪の長身男性には、たしかに見覚えがある。
 そして、この招待状に書き添えられている当家令嬢の直筆らしき一文は、最初にアレアティ卿を迎え入れたときに提示されたものにもあった。

「――さようでございましたか。大変失礼いたしました」

 家令は穏やかな笑みを浮かべた。

「おみ足をお止めしてしまい、申し訳ございませんでした。どうぞお入りくださいませ」

 仮面の男性も安堵したように表情を緩める。

「こちらこそ、混乱させてしまいすみません」

 二度目の入場ということで、男性は案内なしでひと気のない廊下を進んでいった。
 騒がしいほうに向かっていけば、会場には辿り着けるはずだ。

 男性の口元から笑みが消え、いまいましそうな独り言が漏れる。

「なにが『君には迷惑かけないようにする』だ。あのバカ王子っ……!」

   ◇  ◇  ◇

 あのとき馬車の中で、ロゼルトが〝少しだけお願いしたいこと〟の内容を口にする前に、アルドは慌てて予防線を張った。

「い、いくら仮面をつけるからって、俺が王子と入れ替わって金髪のヅラを被ってバシャドーレ邸に行けとか言われても、絶対に無理ですからね!」
「そんな大それたことは望んでないよお」

 ロゼルトはにっこりとする。

「君に頼みたいのはたったの二つ。当日どんな服装で行くのか前もって教えて欲しいのと、エスト侯爵家から届いた招待状を事前に何日か貸してもらいたいだけ」
「しょ……招待状を複製して、俺になりすます気満々じゃないですか!」
「あ、わかっちゃった?」
「だから俺は入れ替わりなんて――」
「違う違う」

 王子はすぐに否定した。

「入れ替わるとしたら招待状を交換すればいいんだから、複製の必要はないよね? 君は予定通りエスト侯爵家の舞踏会に出席してくれて構わないから」
「は?」
「当日の会場には、似たような背格好をした黒髪の男性が二人存在するってだけだよ」

 ぽかんとしたアルドに、ロゼルトは説明する。

「侯爵邸での夜会なら、かなりの規模になるはずだよね? 中に入ってしまえば人込みに紛れることができるし、仮面舞踏会だから他の出席者に正体を明かす必要もない。唯一の関門は、招待状の提示を求められる入場時だけなんだ」

 この国の仮面舞踏会は、場内では自分が何者なのかを特に明らかにしなくていい代わりに、不逞ふていやからの闖入を防ぐため入り口で招待状をしっかり検めるのが通例だ。

「それに、万が一僕の潜入がバレたとしても、君は何も知らなかったって設定にするから安心して」
「設定?」
「うん。まず、君に届いた招待状を、僕が何らかの形でこっそり手に入れたってことにして」
「何らかのって……さっそくユルいっすね」
「まあ、とにかく手に入れて、それとそっくりのものを作らせて――」
「筆跡模写やら封蝋印の偽造やら、その道の腕利きに頼むとすっごく高いらしいじゃないですか。血税をそんなことに使わないでくださいよ」

 一瞬黙ったが、すぐにロゼルトは続けた。

「国民には心の中で『生涯かけて王族としての責務を果たすから許して!』と詫びつつ精巧な偽物を作らせて、本物はどうにかして君に気づかれないように返し」
「またそのあたりは適当か」
「舞踏会当日に、僕は黒髪のカツラと君から聞き出しておいた衣装に似たものを身に着け、複製した招待状を携えてエスト侯爵家へ向かう――と。ね、これなら君は関知してなかったことになるでしょう?」

 得意げに胸を張ったロゼルトに対して、アルドはきっぱりと断った。

「不安しかないので、ご協力できません」
「えーっ!? こんなに完璧な計画なのに?」

 アルドは厳しい目つきで訊ねる。

「そもそも、会場に入って何をするつもりですか?」
「と、遠巻きでいいから、可愛いピアの盛装を眺めたいなーって……」
「それだけですか?」
「あ、あわよくば、気づかれない程度に少し近くから見たいかも」
「本当にそれだけ?」
「う、うん。それだけ」

 アルドは「でもやっぱりダメです」と突っぱねた。

「その計画だと、最初に到着したアルド・スィ・アレアティは簡単に入れてもらえるでしょうけど、後から来たほうは不審がられるでしょうし」
「君が先に入っておけるように、僕は遅れぎみに行くようにするよ! もし怪しまれたら『忘れ物を取りに一旦外に出て戻ってきた』って言い訳するから」
「いや、でも……」

 なおもアルドが難色を示すと、ロゼルトは唐突に話を変えてきた。

「あー、そういえばノーヴィエ侯爵夫人から午餐会のお誘いが来てたなあ」

 過干渉な母親を持ち出され、アルドはびくっとする。

「な、なんで今そんなことを……」
「夫人はどんな話題がお好きかな? あっ、幼なじみの恋愛話なんてどうだろう。年上の未亡人と裸で泳いだり、お母上所有の別荘で昼も夜もなくいちゃいちゃ――」
「わ、分かりましたよ!」

 アルドは小声で「くそっ」と呟いた。

「さっきの〝少しだけお願いしたいこと〟には協力します。でも本当にそれだけですからね! 気がはやった王子が先に入場してるとかはナシですよ!」
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