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22 王子はピアと踊りたい
しおりを挟む「あの話、嘘ですよね?」
夜会から帰る馬車の中で、アルドはロゼルトに訊ねた。
「女王陛下の教育方針は『ロゼが成人したときに、滞りなく王女から王子になれるように』だったんですから。本当は、男性側の踊りもできるんでしょう?」
「むしろそっちのほうが得意だよ」
さらりとロゼルトは認める。
「ピアに相手になってもらって、たくさん練習したからね」
「カーラ嬢とは踊りたくなかったんですね」
ロゼルトは眉を曇らせ、苦々しげに言った。
「彼女とだけは絶対にいやだ」
アルドは少し不思議そうな顔をする。
「バレンテ伯爵はともかく、カーラ嬢とは初対面だったんですよね?」
「そうだよ」
「ピアさまにも向けられるべき父親からの愛情を、一身に受けて育った彼女が気に入らない?」
「まあ……それも愉快じゃないけど……」
ロゼルトは言葉を濁すと、気だるそうに伸びをした。
「はー、他の令嬢と踊るのも気が進まないから、カーラ嬢が『王子は男性側のダンスができない』とか言いふらしてくんないかなー」
「お妃探しをしなきゃならないのに?」
アルドの問い掛けを聞き流し、ロゼルトはしんみりと呟く。
「またピアと踊りたいなあ……」
「好きな人とのダンスは楽しいですからね。新たにそう思えるようなお相手が見つかるといいですね」
ロゼルトは気に入らなそうにアルドを一瞥した後、ふうとため息をついた。
「ストレーガ城に比べればずいぶんましだけどさ、ピアの気配すらないところに行ってもちっとも心が弾まないんだ。今週末には、大商人バシャドーレの舞踏会に招かれてるんだけど……」
「お、バシャドーレ邸の大広間といえば、外国で手に入れた数々の珍しい調度品が見られると評判じゃないですか」
「ピアと一緒に出席できたら、それはもうワクワクしただろうね。まあ、仮面舞踏会らしいから表情が死んでてもバレにくそうでいいけど」
「へえ、偶然ですね。俺が週末に行くエスト侯爵邸の催しも、仮面舞踏会なんですよ」
「えっ」
ロゼルトは身を乗り出して声を上ずらせる。
「も、もしかして、ピアはそっちに出席するんだろうか?」
「ああ、たぶんそうでしょうね。招待状には令嬢の直筆で『ファルファーラ伯爵夫人の読書会でお友達になった方たちにも、ぜひ出席していただきたく』と書き添えてありまし……あっ?」
王子の口角が嬉しそうに持ち上がっているのを目にして、アルドは嫌な予感を覚えた。
「お、俺はもう協力できませんよ!?」
「うんうん、分かってる」
分かっていないような朗らかさに、アルドはますます不安を募らせる。
「へ、陛下の命に逆らったら、俺のほうはストレーガ城送りどころじゃ済まないんですからね!?」
「大丈夫! 君には迷惑かけないようにするから!――まあ、ほんの少しお願いしたいことはあるけど」
黒髪の騎士は、ごくりと喉を鳴らした。
◇ ◇ ◇
その週末、豪商バシャドーレの邸には、王子から体調がすぐれないため舞踏会を欠席するという残念な報せが届いた。
そして日が暮れかかったころ――。
「ノーヴィエ侯爵家、アルド・スィ・アレアティさまですね」
エスト侯爵家の大きな正面玄関前で、きれいに整えられた白髭をたくわえた家令は、提示された招待状を検めると銀色の仮面を着けた黒髪の男性に丁寧にお辞儀をした。
「ようこそおいでくださいました」
「ありがとうございます。今宵をとても楽しみにしていました」
品のいい紺色の衣装に身を包んだ長身の貴公子は端正な口元をほころばせ、案内係の召使いに先導されて会場である大広間へと向かっていく。
それから同じように何組かの客が通された後、また一人、銀色の仮面をつけた背の高い男性が馬車寄せのほうから家令のもとへ歩いてきた。
「ごきげんよう」
黒髪に紺色の衣装をまとった貴公子は、主催者であるエスト侯爵の紋章入りの招待状を差し出す。
「ようこそお越しくださいました」
家令はそれを受け取り、にこやかに客人の名前を読み上げようとした。
「ノーヴィエ侯爵家、アルド・スィ・アレアティさ……」
言葉を途切れさせ、家令は不思議そうに手元にある招待客一覧表を覗き込む。
仮面の男性は、きゅっと唇を結んだ。
「あの、恐れながら……」
経験豊かな家令は、無礼にならないよう慎重に訊ねる。
「何かの手違いでしたら大変申し訳ありませんが、アレアティさまはすでにご入場されたという記録がこちらにございまして……」
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