王女さま、大変ですっ!

乙女田スミレ

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18 伯爵夫人の読書会 前

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「ピア・スィ・フィチーレさま、初めまして。ようこそお越しくださいました」

 色とりどりの花が飾られた玄関ホールにピアが足を踏み入れると、やしきの女主人が自ら出迎えてくれた。

「は、初めまして、ファルファーラ伯爵夫人。本日は読書会にお招きくださり、ありがとうございます」
「少人数での集まりですので、気楽にお楽しみくださいね」

 艶めいた金茶色の髪の若き未亡人は、ピアの緊張をほぐすように優しく微笑む。その麗しさに、ピアは思わず目を奪われてしまった。

 ファルファーラ伯爵の寡婦、アリーチェ・スィ・ソシャーレ。
 伯爵位を相続する者がいなかったため、夫亡き後もそのまま〝伯爵夫人〟と呼ばれ女王から領地の管理を任じられている。
 紳士淑女録には、文化や芸術に造詣が深く、私邸で主宰する読書会には多くの知識人が参加していると書かれていた。

 もっと年嵩の女性をピアは想像していたが、夫人はそれよりもずいぶん若そうに見える。髪も肌も輝くばかりに瑞々しく、おそらくまだ三十歳にも達していないだろう。

「話には聞いておりましたけど、フィチーレさまは本当に愛らしくて、温かい雰囲気に包まれていらっしゃるのね。社交界に出られてまだそんなに経っていないのに、あちこちで好ましい評判ばかりを耳にする理由が分かりますわ」

 美しい大人の女性から褒められて、ピアは頬を赤らめた。

「と、とんでもないことでございます」
「まあ。慎ましやかでもいらっしゃるのね」

 伯爵夫人は柔らかく目を細める。

「どうぞ、わたくしのことは『アリーチェ』と」
「め、めっそうも……」
「だって、こちらからも『ピアさま』とお名前で呼ばせていただきたいんですもの。……いけません?」

 少し寂しそうにお伺いを立てられてしまうと、ピアには断るすべがなかった。

「お、お好きなようにお呼びください、ファルファーラ伯――」

 いたずらっぽく翠色の眼で睨むふりをされ、ピアは言葉を詰まらせる。

「……アリーチェさま……」

 恐縮しながらピアが言い直すと、伯爵夫人は満足そうな笑みを浮かべた。

「さあ、こちらへ。今日はピアさまと同世代の方を中心にお招きしましたのよ。読書会の前にご一緒に昼食をどうぞ」

   ◇  ◇  ◇

「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。まずはごゆるりと食事をお楽しみくださいませ」

 ベリーのソースがかかった炙り肉に、花の形をした小さなパイ包み……目にも美しい料理が客人たちの前に運ばれてくる。

 どうやら今回の参加者は、高名な文学研究者である白髪頭のリトーラ博士を除けば、年若い貴族の男女しかいないようだった。
 通常この邸で開かれる読書会に招待されるのは、知識豊富な文学者や才気あふれる芸術家たちだという。
 今日の集まりは、伯爵夫人が誰かから頼まれて特別に催したものなのだろう。

 その誰かとは――。
 ピアの脳裏に、やる気に満ちた女王の笑顔が浮かぶ。

 フォルタは、ピアには「素敵な方たちとの出会いを楽しんで」としか言わなかったが、外国に住む叔母から届いた手紙には「女王陛下から至急のお便りをいただきました。光栄なことに、陛下はあなたの強力な後ろ盾となり、最良の伴侶を見つける手助けをしてくださるとのことで……」と、したためられていた。

 おそらく、女王が自ら組んでくれているピアの社交日程のすべてが、花婿探しを意図したものなのだろう。

 身に余る心づかいだとは思うが、ピアの胸は少しも弾まなかった。
 ずっと〝ロゼルタ王女〟のそばにいることしか望んでいなかったので、社交界で知り合った男性と一生を共にすることを想像しようとしてみても、濃い霧に包まれたかのように何も見えてこない。

 とりあえず深くは考え過ぎず、老若男女を問わずさまざまな人たちとの交流を純粋に楽しもうと考え、ピアは参加者の顔ぶれをそっとうかがった。

 大きな黒い瞳が印象的なエスト侯爵令嬢と、少し下がった目尻が優しげなオーヴェス子爵令嬢。
 この二人の同世代の女性とは、他の社交の場でも挨拶を交わしたことがある。

 女性参加者と数を合わせるかのように、同じ年頃の男性も三人招かれていた。

 伯爵夫人のすぐそばの席には、初めての舞踏会でピアにダンスを申し込んだリオーネ王国のザンテ王子が腰掛けている。
 王子は、女装をしたロゼルトが登場する演出にピアも協力していたと思ったらしく、あの後「すっかり乗せられてしまいました」と恥ずかしそうに笑っていた。

 その隣にいる長髪を束ねた青年とは初対面だが、儀典長のスード伯爵によく似ているので、跡取り息子のノルド子爵に間違いないだろう。

 そして三人目の男性は――。
 視線が合ったピアは、はっと目を見開く。

 申し訳なさそうに少し微笑んだのは、職務停止中の黒髪の騎士だった。
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