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14 馬車は容赦なく南へと向かう
しおりを挟む「いい加減、めそめそすんの止めてくれません?」
南海岸へとひた走る馬車の中、アルドは向かいの席に座る王子にうんざりしたように言った。
「アルドォ……」
ロゼルトは涙でぐっしょりと濡れた顔を上げる。
「ダソーロ城になんか行きたくないよぉ……」
「夏が来るたびに出掛けてたお気に入りのお城じゃないですか」
「ピアと一緒に行くから楽しみだったんだよう……」
「水泳着姿のピアさまが見られるからですか?」
切り立った白い崖の上に建つ小さな城の庭からは王室専用の海岸まで下りていける長い階段が伸びていて、ロゼルトはよくそこでピアと水遊びを楽しんだ。
「それは否定しない……」
ドレス型の水泳着の露出度は高くないが、明るい陽の下で濡れて肌に張りつくさまはやはり非常に魅力的だった。
「どすけべ王子ですね」
「それも否定しない……」
再びシクシクとロゼルトが泣き始めると、アルドはため息をついた。
「にしても、どすけべなのによく最後の一線は越えずに我慢できてましたね。あ、全然褒めてないですよ」
「それは……くちづけと同じように、本当の僕になって神様の前で永遠の愛を誓い合ってからだって決めてたから……。今思えば、嘘をついた時点でピアが僕との将来を考えてくれる可能性はなくなってたんだろうけどね……」
ロゼルトは目をしばたたかせてしゅんとする。
「大好きな人をあんなに傷つけて、本当に僕は最低だ……」
駄々っ子のようだった王子がようやく反省の色を見せたので、アルドは少しだけ励ますように言った。
「あっちに着いたら、海の幸が待ってますよ」
「海の幸か……。ピアは海老が好きだったな……」
王都の方向に目をやり、ロゼルトは寂しげに呟く。
「ピアはどうしてるかなあ……」
「お披露目の準備に大わらわでしょうね。なにしろあの女王陛下が『この社交の季節が終わるまでにピアが最高の花婿を見つけられるよう、あらゆる協力を惜しまないわ!』とおっしゃってるんですから」
女王フォルタ一世は〝有言実行の君主〟と名高い。
「ささ、〝最高の花婿〟なんて、そんなに簡単に見つかるものかなあ……?」
震え声のロゼルトに、アルドは忖度なしで答えた。
「自国の名家の子息から留学などで滞在されている外国の王族や貴族まで、めぼしい未婚男性にはすべて会わせると陛下は張り切っておられましたよ。その中には、ピアさまが心を許せるような男性もいるんじゃないですか」
ロゼルトの発声はさらに不安定になる。
「ど、どど、どうだろう? ピッ、ピアは人見知りなところがあるから」
「あらゆる面で優れた貴公子から誠意を込めて口説かれたら分かりませんよ? きっと、多くの男性がピアさまに好意を寄せるでしょうしね」
絶望したように眉を下げてしばらく固まっていたロゼルトは、ふと何かに引っかかったように表情を変え、幼なじみを不審そうにじっとりと見た。
「ねえ、アルド……」
「はい」
「まさかとは思うけど、アルドもピアのことが好きになっちゃったんじゃないよね?」
「は?」
ぽかんとしたアルドに、ロゼルトはぐっと顔を近づける。
「前は、僕がいくらピアのことを熱く語っても『あーはいはい良かったっすねー』みたいにまったく関心がなさそうだったのに、西の塔を警護してからは、ピアへの評価がめちゃくちゃ高くなってない?」
「それは……、実際にご本人と接してみて想像以上に素晴らしい方だと分かったからであって、恋心を抱いたわけじゃないですよ」
「ほんと?」
「ええ」
「本っ当ーに、ほんとう?」
アルドは心底面倒くさそうな表情になった。
「大丈夫ですよ。俺には他に大切な人がいるんで」
「えっ」
ロゼルトは目を丸くする。長いつき合いだが、アルドのそういった話を耳にしたのは初めてだった。
「ア、アルド、恋人ができたの?」
ロゼルトより一年ほど先に生まれた幼なじみは、少し迷ってからあまり面白くなさそうに打ち明けた。
「年上の未亡人に手ほどきしてもらおうとしたら、こっちが本気になっちまって。ちゃんとした恋人になりたくて、ジタバタしてるところです」
「えーっ!?」
ロゼルトは驚きの声を上げる。
「き、君の母上は知ってるの?」
ノーヴィエ侯爵夫人が末の息子のアルドを人並み外れて溺愛しているのは有名な話だ。アルドが早くから騎士を志したのも、過保護で過干渉な母親とできるだけ距離を置きたかったからだという。
「んなわけないじゃないですか。バレたら大ごとですよ」
息子のささいな交友関係にすら神経を尖らせているあの夫人が、おとなしく許すはずがないだろう。
「君も苦労してるんだねえ……」
ロゼルトは、いたわるような眼差しでアルドを見た。
「旅の道のりはまだまだ長いんだし、僕には話を聞くくらいしかできないけど、よかったら思う存分切ない胸の内を吐き出して?」
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