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9 金色の髪の王子さま

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 頬を涙で濡らしたまま、ピアは昔の夢を見た。

「ピア、お仕事中かしら? お疲れさま」
「あっ、ロゼルタさま」

 青い花模様をちりばめたドレスを着た王女が、美少女然とした笑みをたたえて近づいてくる。
 ピアの前にある大きな机の上には、十二歳になった王女の誕生日を祝うため国の内外から贈られてきた品々がずらりと並べられていた。

「品目を書き留めていたのですが、こちらのご本の表紙があまりにもきれいで、つい見とれてしまっていました」
「それは……リブロー王国からいただいたものね」

 王女は本を手に取り、興味深そうに眺める。

「確かに、色づかいが幻想的で惹きつけられるわ」

 表紙には、木々に囲まれた白亜の城を背景に、ピアたちと同じような年頃の少年と少女が微笑み合っている姿が描かれていた。

「『リラと秘密のお城』……」

 異国の言葉で書かれた題字を、王女は声に出して読む。

「きっとこの女の子がリラね? ハシバミ色のかわいらしい瞳がまるでピアみたい。金髪の男の子は……服装からして王子さまかしら?」

 王女はピアからもよく見えるように机の上で本を開くと、ゆっくりとページをめくっていった。
 本文もリブロー語で書かれていたが分量は少なく、王女と共に外国語を学んでいるピアも途中で引っかかることなく読み進めることができた。

「あら、冒険ものかと思ってたら……」

 物語の終盤、悪漢の魔の手から逃れたリラと王子さまは互いの恋心を打ち明け合い、花々が咲き乱れる庭園でしっかりと抱き合って大団円を迎えた。
 紙の上で結ばれた年若い恋人たちを嬉しそうに眺めているピアの横顔を見て、王女は微笑む。

「ピアはこういうお話が好きなの?」
「えっ……」

 ピアはハッとして、恥ずかしそうに頬を染めた。

「もう男嫌いは治ったのかしら?」
「き、嫌いというか、以前はなんとなく苦手だっただけです。こちらに上がってからは、王配殿下はじめ宰相さま、お医者さまやご進講の先生方も、皆さま温かく接してくださるので、そんな意識は薄れました」
「よかったわ」

 王女は満足げに目を細める。

「でも、今あなたが挙げたのはずいぶん年上の男性ばかりよね。もっと若い、同年代の男の子についてはどうなの?」
「同年代の方ですか……。ほとんど接する機会がないのでよくわかりませんが……」

 少し照れくさそうに、ピアは『リラと秘密のお城』に視線を落とした。

「このご本に出てくる王子さまは、素敵だと思いました」
「そうなの!?」

 王女の顔がパッと輝く。偶然にも、物語の中の王子さまは王女と同じ金髪に藍色の瞳の持ち主だった。

「ピアは、こういう王子さまが好きなのねっ!?」

 声を弾ませた王女に、ピアは少しはにかみながら答えた。

「どんなときも諦めずにリラを助けようとしてくれるところが、とっても格好よかったです」

 王女はうんうんと何度も嬉しそうに頷く。

「ねえ、ピアが将来結婚するお相手って、この王子さまみたいな人なんじゃない?」
「えっ……」
「きっとそうよ! そんな予感がしてならないわ……!」

   ◇  ◇  ◇

 楽しいはずなのになぜか切ない夢からピアが目覚めると、室内には灯した覚えのないろうそくの火が揺れていた。
 その明かりに照らされ、金の髪に藍色の瞳の、あの絵物語の王子さまがピアの顔を覗き込んでいる。

 まだ夢の中にいるのかしら……などと考えながら、ぼんやりと姿を眺めていると、王子さまはどこか不安そうに口を開いた。

「ピア……」

 わたしの名前をご存じなのねと、ピアはゆったりと微笑む。すると、金色の髪の王子さまはホッとしたように表情を緩めた。

「よかった。まだ近くにいてくれて」

 王子さまの指が優しくピアの頬を撫でる。不思議なことに、実際に触れられているようなその感触は、何やらとても馴染み深いもののように思えた。

「王……子さま……?」
「そうだよ。ロゼルだよ」

 嬉しそうに応えた彼を見て、ピアはハッと息を呑んだ。
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