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8 ひとりぼっちの晴れの日

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「お、おはようございます、アレアティさま。いつもありがとうございます」

 長身の騎士は、ピアを見下ろして爽やかに微笑む。

「何度も言っていますが〝アルド〟でいいですよ」
「は……はあ」

 こちらこそ〝さま〟なんておやめください、といくら頼んでも笑顔で聞き流されることはもう分かっているので、ピアは朝食が載せられた盆をおとなしく受け取った。

「重いですよ。気をつけて」

 アルド・スィ・アレアティ。ノーヴィエ侯爵の次男で、城内の女性たちからも非常に人気が高い伸びざかりの騎士だ。
 ひとつ年下のロゼルトとは幼なじみで、長いあいだ武術の稽古相手を務めている。

 騎士団長自らが指導する〝王女〟のための特別訓練に加わることが許されていた唯一の人物だったため、ピアは「もしかして将来おふたりはご結婚されることになっているのかしら」などと、ちらっと思ったこともあった。

 その彼が女王陛下に命じられ、「万が一愚息が居場所を嗅ぎつけて乗り込んできても阻止できるように」と、ピアがいる部屋を警護している。

「ピアさま、今日は特別に午前中からレントと交代させていただきます」

 もう一人の警護担当者であるレント・セ・スコロも、アルドと同期の若い騎士だ。二交代制で、いつもならアルドが夜半から正午まで部屋の前にいて護ってくれている。

 不思議そうな顔をしたピアに、少し気まずそうに黒髪の騎士は告げた。

「その……私はの介添えを仰せつかっていまして」
「あ……」

 日付感覚がすっかり鈍ってしまっていたが、ピアは今日がロゼルトの十九回目の誕生日だということを思い出した。

   ◇  ◇  ◇

 澄んだ空に華やかな音楽が鳴り渡る。
 大きな喝采と激しいあられのような拍手が、西の塔にまで響いてきた。

「……今、戴冠されたのね……」

 ピアは寝台に腰掛けたままぽつりと呟く。
 今日は快晴なので、ロゼルトが女王から王太子の冠を授けられる儀式は、予定通り屋外で行われたはずだ。

「この後、お披露目のために馬車で城下町を巡るのよね……」

 行事の段取りは、すっかり頭に入っている。
 裏方のピアにとっても、今日は一世一代の晴れがましい日となるはずだった。

「それから、お衣装は……」

 先週の時点ではまだ出来上がってきていなかったが、もちろん間に合ったのだろう。

 ロゼルトは生地選びのときだけピアを立ち会わせてあれこれ意見を求めてきたが、それ以降は「当日驚かせたいから」と、仕立て屋が訪れるたびにピアを閉め出すようになってしまった。

「ひそかに男性用のものを作ってたのね……」

 彼の両親と乳母以外でロゼルトの真の性別を知らされていたのは、宰相と侍医、騎士団長と稽古相手のアルド、それから御用達の仕立て屋だけだったと、ピアはあの日女王から聞かされた。

「わたしにはぎりぎりまで隠しておきたかったんだわ……」

 いつも誰よりもそばにいたのに――。

 叔母が王宮を去るときに言い残していった言葉が、今さらながらピアの脳裏によみがえる。

『ロゼルタさまは王太子さまになられるお方なんだから、しっかりね』

 この国では、正式に立太子した王位継承者のことを男性なら王太子、女性なら王太女と呼ぶが、よく似た響きなのでピアは単に聞き間違えたのだと思っていた。

「あんな一言だけじゃ、わからなかったわ……」

 ピアの膝の上に、ぽたりと涙が落ちる。
 祝福の歓声を遠くに聴きながらピアはひとりで泣き続け、やがて疲れ果てて寝台に倒れ込むようにして眠ってしまった。
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