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5 王配殿下は頭が痛い

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「――ロゼ」

 王配レンスロットは苦りきった表情を浮かべ、深いため息をついた。

「聞けば聞くほど呆れた話だ……」

 執務机を挟んで座るロゼルタは、叱られた犬のような顔をして父親を見た。

「母上に言う?」
「当たり前だろう。そのための聴き取りなんだから」

 別室では、フォルタがピアから話を聴いている。

 渋い焦げ茶色の口髭を生やした王配殿下は、眉間を指で押さえながら我が子に言った。

「ロゼ、『いつかピアと一緒になりたい』という君の希望に、私たちが反対したことはあったかい?」
「なかった……けどさ」

 ロゼルタは不満そうに口を尖らせる。

「答えはいつも『お互いが十九になってから話を進めなさい』ばかりだったし」
「適した時期というものがあるだろう」
「それまでは僕が婚約できないから?」
「そうだね。ピアは王宮うちで預かっている年若いお嬢さんなんだから、正式な約束もなしに好き勝手に手出しをしていいはずがない」
「だから、最後まではしてないよ」

 どこか誇らしげにロゼルタは言った。

「神の御前で永遠の愛を誓うときまではと、くちづけだって我慢してる」
「――唇にしてないってだけだろうっ」

 聴き取り内容が書かれた紙をバサバサと振りながら、レンスロットは声を大にする。

「もっとすごいところには、くまなく君の唇が触れちゃってるじゃないか!」

 ロゼルタは頬を赤らめて父親を睨んだ。

「じゃあ、もし父上が僕だったら耐えられた?」
「んん?」
「父上なら、大大大好きな女の子が毎日そばにいて、ふたりっきりで着替えやお風呂の世話もしてくれて、寝るときだって薄い扉一枚隔てたところにいて、全く何もしないで十九になるまでやり過ごせる自信ある?」
「……うう……む」
「無理だよねえ?」

 レンスロットはゴホンと咳払いをする。

「だからといって、嘘をついてはいけません」
「そりゃ、出会って間もないころに僕がとっさについた嘘が発端だけど、まさかその後もピアがずっと僕のことを女性だと思い込み続けるなんて、想像もしなかったんだよ」

 ロゼルタは、珊瑚色のドレスに包まれた自分の平らな胸を手のひらで叩いてみせた。

「この体つきや『それって裏声ですよね?』みたいな発声の仕方から、もうほとんどの国民が僕の本当の性別に気づいてるっていうのにさ。ピアはよく気が回るし知的好奇心も旺盛なのに、そういうことにだけは疎すぎるんだ」
「信頼を寄せている君の言うことだから疑わなかったんだろう」

 レンスロットは手元の走り書きを呆れ顔で見下ろす。

「それにしても〝王位継承者のしるし〟だなんて、よく思いついたものだ……」

 ロゼルタは気まずそうに視線を逸らした。

「……王宮に来たばかりでまだおどおどしてたピアが、初めて着替えを担当してくれたときに『できものでしょうか?』って心配そうに訊いてきたから……」
「その時点で、王家の習わしと男性の体の特徴について話してあげれば良かったじゃないか。側仕えの補佐であるピアには、性別を明かして構わないと言ってあっただろう」
「でも、あのころのピアは男性への苦手意識がかなり強くて……」

 父親から冷たく突き放された経験や、修道院の近隣に住む悪童たちの粗暴なふるまいから、八歳のピアは王宮の廊下で男性とすれ違うだけで身を固くしていた。

「同い年の王女に仕えてるんだと信じて『ここで働くことができて、とっても幸せです』って安心しきってるピアに、本当のことなんて打ち明けられなかったんだよ」

 王配殿下は再びため息をつく。

「私たちは、ピアが事情をしっかりと理解した上で務めを果たしてくれているのだと思っていたよ」

 前任の側仕えだった乳母が「万が一にも本当の性別を洩らしてしまわぬように」と、日常生活でもできるだけロゼルタのことを王女として遇する方針だったため、ピアもそれに倣っているのだと女王夫妻は考えていた。

「家族しかいない場所でも君を完璧に王女扱いするピアの用心深さと口の堅さには、つねづね感心していたんだ」
「ピアの口が堅いのは事実だけどね」
「まあ確かに。長い間〝しるし〟を育成する手伝いをさせられていても、誰にも何も言わなかったんだから……って、育成って何だ!?」

 レンスロットは非難の声を上げる。

「どうしてそんなバカなことを始めたんだっ」
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