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54 大切な宝物 前
しおりを挟む「アイオンは驚くだろうな……」
キアルズが心配そうに呟く。
「いきなりぼくが父親だなんて言ったら」
とうに日は暮れ、何度も愛を交わした後に身体を寄せて横たわるふたりを、寝台の傍らで揺れる蝋燭の灯りが照らしていた。
「喜ぶんじゃないでしょうか」
どこか確信がありそうなデイラを、キアルズは不思議そうに見る。
「小旅行に発つ前に、ミリーアさんが教えてくれたんです。ダン・エド商会のお子さんたちが、あの子にこっそり『髪も瞳もあんなにそっくりなんだから、〝しゅごさん〟はアイオンのお父さまなんじゃない?』と話していたことを」
「えっ……」
「まず〝母親譲りの慧眼〟と呼ばれているグラーナちゃんが言い出して、他のふたりもすぐに同調したらしいです。『何か深い事情があるかも知れないから、打ち明けられるまでアイオンは黙ってなきゃだめだよ』と神妙に忠告されていたのも、ミリーアさんが聞いていらしたとのことで」
キアルズの脳裏に、何やら言いよどんで「ひみつ……」と、もじもじしていたアイオンが浮かぶ。
「アイオンは『そうだったらいいなあ』と、目を輝かせていたそうですよ」
ほっとしたようにキアルズは表情を緩め、デイラの肩を抱き寄せた。
「エルトウィンの人たちに、新しい家族を紹介するのが楽しみだな」
覚悟を決めたとはいえ、デイラの顔にはうっすらと緊張が走る。
「何も心配しなくていいのに」
今度はキアルズが自信ありげに言った。
「母たちも領民の皆さんも、大喜びであなたとアイオンを迎えてくれるはずだよ」
「そうでしょうか……」
「ぼくは『ただひとり心に決めた女性以外とは結婚しない』と公言してるしね」
「えっ」
キアルズはにっこりと笑う。
「国王陛下から持ちかけられそうになった縁談をお断りしたとき、ぼくの意向をはっきり公に示しておくべきだと思ったんだ」
デイラは目を丸くしてキアルズを見た。
「あなたの無事を信じて『今、その素晴らしい女性は遠いところにいるけど、いつかぼくのもとへ来てもらえるように努力している』とも言ってあるよ。――ぼくの片想いなのか、別れたのに諦められないのか、それとも想い合ってるのに事情があって離れてるのかは、皆さん訊きづらいようで曖昧になってるけど」
さらにキアルズは朗らかな口調で「最近では、慰問先の小さな子たちから『辺境伯さまの恋がうまくいきますように!』って声を掛けられるほど浸透してるんだ」と報告する。
「夜会で顔を合わせていた人たちは、その女性が誰なのかすぐに見当がついたらしく、『やっぱりお似合いだと思っていました』『クラーチさまとご一緒のときのキアルズさまは心から楽しそうでしたからね』『願いが叶うように祈っています』と、温かく励ましてくれたよ」
翠玉色の瞳がデイラの顔を覗き込んだ。
「これでも、まだ不安?」
「あ……」
安心したとは言い切れないデイラに、キアルズは優しく微笑む。
「負担をかけてごめんね。でもぼくは、あなたの大叔母さんとその恋人のように、遠くから大切に想い合ってるだけじゃ我慢できないんだ」
話がつかめずデイラが不可解そうな表情をすると、キアルズは少し改まったように告げた。
「実は、大叔母さんに謝らなきゃいけないことがある」
「え……?」
「譲ってくれた書き付けを、あなたは最後まで見たことはなかったようだね」
「は……はい」
目次と初めの数頁をめくって、デイラは薬や石鹸などの材料や作り方が記されているものだと判断した。
「あの帳面の後ろのほうには、心のこもった恋文が何十通もきれいに折り目を伸ばして綴じ込まれていたんだ」
「恋文……?」
キアルズは頷く。
「今はその部分だけ外して別に保管してある。母に書き付けを渡す前に何気なく中身に目を通してたら、明らかに筆跡の違う文字が並んだ頁が始まったんだ。申し訳ないけど、引き込まれるようにして勝手に全部読んでしまったよ」
「それって……」
「すべて、ラナントさんという男性からレイーサさんという女性に宛てた私信だった」
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