あれは媚薬のせいだから

乙女田スミレ

文字の大きさ
上 下
52 / 56

52 ぼくだけに見せて

しおりを挟む


 ふたりの唇が、引き寄せられるように重なる。

「ん……」

 最初は優しく触れ合うだけだった口づけは、やがて互いに求め合うままに深くなっていった。
 熱い吐息を分け合い、柔らかく唇でついばみ、滑らかに舌で抱き合う。
 痺れる頭の片隅で、どうしてさっきまでこうせずにいられたのだろうとデイラは思った。

「は……」

 キアルズは濡れた唇をそっと離すと、まなじりを薄赤く染めたデイラの腰に手を回し、掠れた声で打ち明ける。

「媚薬をられたときなんかよりも、ずっとドキドキしてる……」

 デイラも同じだった。苦しいほど胸が高鳴っている。

「今夜は……ここに泊まっていってほしい」

 キアルズの願いに、デイラは黙って小さく頷いた。

   ◇  ◇  ◇

 キアルズの長い指が、デイラの頭髪を束ねていた素朴な麻紐をほどく。
 亜麻のシャツの肩に流れるように落ちた銀灰色の髪を、七番棟の寝室の窓から入ってくる遅い午後の橙色の陽射しが柔らかく照らした。

「きれいだな……」

 大きな寝台の上に向かい合って座っているキアルズから眩しそうに眺められ、気恥ずかしくなったデイラは視線を下げる。

「あの……どうして」
「ん?」
「強気な私のことを好きになってくださったはずなのに、引け目だらけで臆病な私を知っても心変わりなさらなかったんですか」

 少しきょとんとした後、キアルズはふっと笑った。

「あなたに関しては、ぼくはかなりの欲張りだからね」
「欲張り……?」
「勇敢でかっこいいところばかりじゃなくて、いろんなあなたを知りたいんだ。ぼくだけに見せてくれる顔があると、嬉しくてたまらない」

 キアルズは銀灰色の髪をひと房手に取り、毛先に優しく口づける。

「今はもう〝ぼくだけに見せてくれる顔〟なんて、ほとんどないのかも知れないけどね。あなたはずいぶん表情豊かに人と接するようになったから」

 アイオンといるとつられて笑顔になることは多いが、デイラ本人はそこまで変わったとは思っていなかった。

「エニアさんといったかな? あなたたちと親しいあの金髪の従業員の女性から、『デイラさんのほうは子供と仕事以外は全く眼中にないようでしたけど、同僚や出入り業者の中には、ふとしたときに見せるデイラさんの微笑みに魅了されて、言い寄る機会を狙ってた人も多かったんですよ』なんて、恐ろしいことを聞かされたよ」
「そ、そんなことは――」
「『だから、誠心誠意しっかり口説き落としておいたほうがいいですよ』と、親切な忠告もしてくれた」

 デイラの頬に軽く唇を落としたキアルズは、彼女の脚衣からシャツの裾をするりと引き抜く。

「あ……」

 たくし上げていた手を途中で止め、キアルズはデイラの胸を覆う肌触りの良さそうな下着をじっと見下ろした。

「鈴蘭邸でもそうだったけど、もうここには布を巻いてないんだね」
「は……はい。夜会の護衛を仰せつかったときに、こういったものまで夫人が用意してくださって。絞めつけ感はないのに機能的なので、それから自分でも取り寄せるようになったんです」
「へえ……確かに、立体的に作られていて苦しくなさそうだ」

 まじまじと視線を注がれて恥ずかしさがこみ上げてきたデイラに、キアルズはさらっと告げる。

「エルトウィン奪還記念日にあなたが路地裏でぼくの腕に巻いてくれたあの布は、今でも大切に持ってるよ」
「え……?」

 デイラが反芻する前に、キアルズは素早く下着の裾に通されている紐を緩めた。ぐいと持ち上げると、ふたつの膨らみがふるんと露わになる。

「っ……!?」

 めくり上げられた下着に上部を押さえられてつんと上向いた胸の先端に、キアルズは唇を寄せた。

「あっ」

 舌でなぞられただけで、デイラの身体はびくっと震える。
 そのままキアルズは頂を口に含み、もう片方も指の腹で愛撫し始めた。

「ん……っ」

 胸の先にだけ与えられた甘やかな快感は、すぐさま下腹部のあたりにまで走る。
 たちまち芳醇な蜂蜜酒に浸けられたかのような感覚に包まれたことに、デイラはおののいた。
 気持ちが通い合った上での触れ合いとは、これほどまでに心地良いのか。

「ああ……。ごめん」

 そう言いながら顔を離したキアルズも、どこか甘い酒気さかけにでもあてられたような表情をしていた。

「口づけずにはいられなくて……。窮屈だったよね?」

 中途半端に脱がされかけていた衣類が、キアルズの手で一枚一枚取り去られていく。
 一糸まとわぬ姿にされたデイラは、もう少し外が暗くなっていたら良かったのにと素肌を腕で覆った。
 頬を薄く染めて睫毛を揺らすデイラを見て、キアルズは嬉しそうに言う。

「――ぼくだけに見せてくれる顔だ」

 キアルズは自身の襟元を緩め、さっと生成り色のシャツを脱ぎ捨てた。
 鍛錬を続けてきたらしいその上半身はまばゆいほどに精悍で、デイラは思わず身体を隠す腕の力をぎゅっと強める。

「あ、あの……」
「うん?」

 再び近づいてきたキアルズに、デイラはおずおずと告げた。

「私は、その、いろいろと変わってしまって……」

 デイラも日常的に鍛えてはいるが、出産を経た身体が以前と違うことは実感している。

 キアルズは優しく目尻を下げた。

「どこもかしこも大好きだよ」

 その言葉通りに、頬に、首筋に、胸元に愛おしさのこもった口づけが落とされる。
 デイラの強張った腕がほどけ、ふたりは大きな寝台の上にゆっくりと身体を倒した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

年下騎士は生意気で

乙女田スミレ
恋愛
──ずっと、こうしたかった── 女騎士のアイリーネが半年の静養を経て隊に復帰すると、負けん気は人一倍だが子供っぽさの残る後輩だったフィンは精悍な若者へと変貌し、同等の立場である小隊長に昇進していた。 フィンはかつての上官であるアイリーネを「おまえ」呼ばわりし、二人は事あるごとにぶつかり合う。そんなある日、小隊長たちに密命が下され、アイリーネとフィンは一緒に旅することになり……。 ☆毎週火曜日か金曜日、もしくはその両日に更新予定です。(※PC交換作業のため、四月第二週はお休みします。第三週中には再開予定ですので、よろしくお願いいたします。(2020年4月6日)) ☆表紙は庭嶋アオイさん(お城めぐり大好き)ご提供です。 ☆エブリスタにも掲載を始めました。(2021年9月21日)

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

処理中です...