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26 困惑の同居

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 静かな朝の森に、かこん、からんと高くて乾いた音が響く。

 寝台の中で目を開けたデイラは、複雑そうな表情を浮かべて起き上がった。

 麻のシャツと脚衣に着替えて主寝室を出ると、台所の窓の向こうの裏庭では、髪をひとつにまとめたキアルズがせっせと薪を割っていた。

 高位貴族の令息として生まれ育ったはずなのに、その動作には無駄がなく、ずいぶんと手慣れて見える。
 これも留学先で身につけた技能のひとつらしい。

 かの国の元騎士団長から武術の指南を受けていたとはデイラも聞いていたが、その御仁ごじんが夏と冬に開催する合宿にも必ず参加し、生活に必要な家事や雑事まで習得していたことまでは知らなかった。

「あっ、デイラ、おはよう」

 デイラの気配に気づいたキアルズは、窓越しに爽やかな笑顔を向ける。

「調子はどう? 何か作るね」

 作業を切り上げて井戸のほうに歩いていくキアルズを眺め、デイラは溜め息をついた。

 心配だからと押し切られ、この家の小さな客室にキアルズが寝泊まりするようになって四日目。
 彼は、体調がすぐれないデイラのために実にまめまめしく世話を焼いてくれている。

 少し困ったような顔をしてデイラが立ち尽くしていると、裏口の扉が開いて手桶を持ったキアルズが入ってきた。

「そんなところに立ってないで、スープができるまで腰掛けてて」

 キアルズは朗らかに声を掛けると、てきぱきとかまどに火を入れ、彼にとってはかなり低めの調理台を使って少し背を丸めて手際よく材料を刻み、あっという間にスープを仕上げてしまった。

「どうぞ召し上がれ。パンは昨日焼いたものだけど」
「……いただきます」

 手製の丸いパンとスープ、チーズにハチミツ、干し果物、そして小ぶりの桃まで並べられた朝の食卓を、ふたりはまるで家族のように囲む。

「食欲が出てきたみたいで良かった」

 野菜ときのこがたっぷり入った味わい深いスープも、焼き上がってから時間が経っているとは思えないほどふっくらとしているパンも、驚くほど上手にできていた。

「……とてもおいしいです」

 デイラがそう言うと、キアルズは笑みをこぼす。

「口に合って嬉しいな。今朝は顔色もいいね」
「そ……そうですか」

 気まずさが募り、デイラは視線を下げた。
 こんなふうに甘えていていいはずないのにと心の中で呟く。

「もっと甘えて欲しいんだけどな」

 胸の内を読まれたかのようなキアルズの言葉に、デイラはびくっとした。

「ぼくの愛情も劣情もすべてあなたに知られてしまって、もはや隠すものは何もないからね。あなたのためにできることなら進んで何でもしたいんだ」

 やはりこのままではいけない、とデイラは強く思う。
 はっきり言わなくてはと意を決して切り出した。 

「――キアルズさま」
「うん?」
「おかげさまで、私はずいぶん元気になりました」

 実際にデイラの体調は上向きになっていて、立ちくらみや吐き気は昨日あたりから治まっている。

「もうお世話していただかなくても大丈夫です。領主代行を務められているお母上はご静養から戻られたばかりなのですから、キアルズさまもできるだけ早くお帰りになったほうが」
「あなたと一緒に?」
「それは無理です」
「どうして?」
「隊を退いた以上、私の帰る場所はエルトウィンではありません」
「辺境伯邸は、あなたの家にもなるんだよ?」

 このままでは埒が明かないと思ったデイラは、きっぱりと言い放つ。

「私は、あなたと結婚できません……!」

 しかし、キアルズは動じることなく穏やかに返事した。

「ああ、身分のことなら心配要らないよ。あなたは男爵の孫娘で、地方の上級官吏の娘でもあり、何より自身が功成り名を遂げた士官だったんだから、国王陛下は喜んでお許しくださるはずだ」
「そ……そういうことを言っているのではなくて」

 デイラは勇気をふるい、更に強い口調で告げる。

「私は、あなたと結婚したくないんです!」

〝できない〟ではなく〝したくない〟。
 ここまではっきりと拒絶したら、キアルズもさすがに引き下がるだろう。
 そうなることを望んでいるはずなのに胸が痛み、デイラは再び下を向いた。

「――分かった」

 予想に反して、やけに明るい声がデイラの耳に響く。

「だったら、もっとがんばって口説くね」
「は……?」

 デイラが顔を上げると、若き辺境伯の翠玉色の瞳は意欲に満ちて生き生きと輝いていた。

「あと数日、ぼくと一緒にいたらこんなに楽しいんだよってあなたに分かってもらえるように、さらに努力する!」

   ◇  ◇  ◇

――答えは変わらないのに。

 その晩、とこに入ったデイラは、なかなか寝つくことができなかった。

 あのキアルズの様子では、三日後に一旦エルトウィンに戻っても、しばらくしたらまた訪ねて来かねない。

――それは困る。

 どうすればいいのかとデイラが頭を悩ませていると、主寝室の扉を叩く音がした。

「はい?」
「デイラ、ごめん」

 どこか慌てているようなキアルズの声が聴こえてきたので、デイラは寝台から降りて扉を開けに行く。

「どうかなさいま――」

 そこには、上半身は裸で脚衣だけを身に着けたキアルズが立っていた。

「えっ……」

 キアルズは申し訳なさそうに微笑む。

「悪いけど、今夜は一緒に寝させてもらっていい?」
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