あれは媚薬のせいだから

乙女田スミレ

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21 ひるんでいる場合では

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 ようやく得られたらしい愉悦に、翠玉色の瞳が蕩ける。

「……はぁ、あ……」

 キアルズの手が上下するさまを呆然と眺めていたデイラは、はっと我に返り、慌てて目を逸らした。

 誰にもこんなところを見せたくないから、キアルズはひとりになりたがっていたのだ。考えなしに居座っていたことが申し訳なく、デイラは唇を噛む。

「く……っ」

 顔をそむけていたデイラの耳に、もどかしそうな声が聴こえてくる。寝具がしきりに擦れるような音も続いた。
 不審に思い遠慮がちに視線を戻すと、屹立を握るキアルズの手がわなわなと震えていた。

「……はやく……っ、きたい……のに」

 キアルズは眉間に皺を寄せ、焦れたように腰をよじる。
 媚薬の影響なのか、思うように手に力が入らなくなっているようだ。 

 しばらく立ち尽くしていたデイラは、やがて意を決したかのようにキッと顔を上げた。
 桶に入った水で手を洗い、さっとドレスの裾を持ち上げて寝台に上がる。

「――はばかりながら」

 キアルズの傍らに腰を下ろすと、デイラは神妙に告げた。

「私がお手伝いさせていただきます」

 今は非常事態で、これからすることは必要な応急処置なのだとデイラは自分に言い聞かせ、露をまとって光る昂りに手を伸ばす。

「う、っあ……」

 握ったとたん硬く張りつめたものがびくんと撥ね、デイラは思わず身をすくめた。
 だがすぐに、ひるんでいる場合ではないと気持ちを奮い立たせ、キアルズの手の動きを再現しようと試みる。

「――痛くないですか?」

 騎士として鍛えてきた握力を全力で発揮しなくても良いということは、なんとなくデイラにも分かった。

「……ちょうど、い……ぁ、その、まま……」

 反応を道しるべに、デイラは懸命に手を動かす。
 キアルズの呼吸は乱れたままだが、心地良いということは何となく伝わってきた。

「……これが夢なら……」

 吐息まじりの呟きが漏れる。

「もう目覚めなくていい……」

 胸の奥が甘くくすぐられたような感覚に、デイラの手が一瞬止まる。
 しかし、媚薬が言わせているうわごとをいちいち気に留めている場合ではないと、再びキアルズを慰めることに力を注いだ。

「……ん……っ……!」

 キアルズが腰をぐっと突き出す。
 デイラの手の中で何かが駆け上がっていくような感触がして、屹立の先端から勢いよく白濁が噴き出した。

「あぁ……」

 身体を震わせて放出し切ったキアルズは、胸で息をしながら申し訳なさそうに謝った。

「ごめん……。あなたの顔にまで……」

 頬のあたりを生温かい液体で濡らしたままデイラはしばらく固まっていたが、キアルズの様子が落ち着いたことを見て取ると、ほっと表情を和らげた。

「いいんです」

 寝台から降りて水で濡らした布をキアルズに手渡し、別の布で自分の顔を拭っていると、デイラの胸の中にはじわじわと達成感のようなものが広がってきた。

 キアルズの助けになれて良かったと思いながら寝台のほうに向き直ったデイラは、怪訝そうに眉根を寄せる。

「え……?」

 上掛けを胸のあたりまで引っ張り上げたキアルズは、再び息を弾ませていた。
 頬は火照り、額には新たな汗が浮かんでいる。
 
「キ……キアルズさま……?」

 呼び掛けると、少し前のような熱っぽい眼差しがデイラのほうを向いた。

「デイラ……」

 キアルズは苦しそうに願いを口にする。

「抱きしめて欲しい……」

 綺麗な形の唇が小刻みに震えているのを見て、デイラはキアルズが悪寒に襲われているのだと思った。

「お、お待ちください」

 早く暖めなくてはという一心で、デイラは急いで背中の紐をゆるめ、雨で湿った薔薇色そうびいろの衣装を脱ぐ。下着はやや薄手の生地でできた丈の長いドレスのような形をしていたため、あまり抵抗感はなかった。

 デイラは寝台に上がると躊躇することなく上掛けに潜り込み、添い寝するようにしてキアルズの身体を横からぎゅっと抱いた。

「ああ、デイラ……」

 キアルズはデイラのほうに身体を向け、力強く抱きしめ返す。
 雨の匂いに混じって、妙に惹きつけられる香りがデイラの鼻腔をくすぐった。

「なんていい香りなんだ……」

 同じように匂いを嗅がれていることを知り、気恥ずかしくなったデイラは少し身体を離そうとする。しかし、それを封じるかのようにキアルズの腕はしっかりと背中に回されていた。

「あ、あの……?」
 
『抱きしめて欲しい』と請われた理由を取り違えていたのではないかとデイラが疑い始めたとき、キアルズは小さく呟いた。

「ん……。また……」

 何のことを言っているのかは、デイラにもすぐ分かる。
 物腰柔らかな本人には似つかわしくないほど猛々しいキアルズの分身が、ドレス型の下着越しにぎゅうぎゅうと下腹のあたりを押してきていた。

 密着した身体を通して、苦しげな声が響いてくる。

「もう……耐えられない……」

 さっきのように鎮めなくてはと思い「では……私がもう一度」とデイラが申し出ると、キアルズは切なそうにこいねがった。

「デイラ……今度は手じゃなくて、あなた自身に包まれたいんだ」
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