上 下
18 / 56

18 さあ召し上がれ

しおりを挟む


 包みの結び目がほどかれると、いくつかの果実を乾燥させたものが現れた。

「いま王都で注文が殺到しているというお店の商品ですのよ。早馬で取り寄せましたの」

 フェイニアは得意げに説明する。

「こだわり抜いて選んだ素材を少し軟らかめに仕上げてあるのが人気で、すぐに売り切れてしまうのですって」
「へえ……。確かに、見るからにおいしそうだね」

 感心したようにキアルズが眺めていると、フェイニアは広げた布ごとぐいっと押し出した。

「さあどうぞ! 干し果物はかなりお好きだとうかがっておりますわ」

 領主の後継者として育ったキアルズは、個人から提供された飲食物をすぐには口にしないよう教育されている。木の陰から見守っているデイラは、いつものようにさりげなく断るのだろうと思った。

「ああ、好物だよ」
 キアルズはにっこり笑う。

「だから、いつもこんなふうに忍ばせてるんだ」

 刺繍の縁かがりが美しい布包みをキアルズは懐から取り出し、小机の上で開いてみせた。

「……っ」

 言葉に詰まったフェイニアの前で、キアルズは包みの中身を見比べる。

「リンゴの薄切り、イチジク、赤ブドウに白ブドウ……種類はほとんど君のと同じだね。静養先に発つ前に母が作っておいてくれたものだから、ぼくは自分が持ってきたほうを食べ――」
「ナッ、ナツメヤシはいかがですか?」

 フェイニアは声を上ずらせながら、少し皺が寄った褐色に光る果実を指差した。

「キアルズさまのほうにはないですわよ?」

「――ああ、ほんとだね」
 キアルズはのんびりと頷く。

「じゃあ、お言葉に甘えて、ひとつお土産にいただいていこうかな。ずいぶん値打ちがあるもののようだから、帰ってからじっくり味わわせてもらうよ」

 長い指につまみ上げられた一粒のナツメヤシがキアルズの布の上に移動するのを、侯爵令嬢はどこか残念そうに見つめた。

「こ……こんなにいくつもあるんですから、ぜひこの場でもご賞味くださいませ。ねっ?」

 気を取り直したようにフェイニアは笑顔を浮かべ、ぱっと褐色の果実を手に取って自らかじってみせる。

「んん、甘くて滋味に溢れていて本当に美味ですわ。さっ、キアルズさまもご遠慮なく、何粒でもどうぞ!」

 あまりの押しの強さに、デイラは偶然通りかかったふりをして勢いを削ぐべきか迷い始めた。

 キアルズが日ごろから他人に提供された飲食物に気をつけているのは、毒殺や誘拐を警戒してのことだが、彼の妻になることを切望しているフェイニアがそんなことを企てるとは考えづらい。
 それに、先ほど彼女がナツメヤシを口にしたときも、無作為に取ったように見えた。

 となると、あの干し果物の危険性は低そうだし、キアルズならいつも通り自分で穏便に回避できるだろう。

「邪魔しないでね」と言われていることもあり、デイラが静観を続けようと決めたそのとき、フェイニアは更に攻勢をかけた。

「これがキアルズさまの好物だというのは、クラーチさまが教えてくださったんですのよ!」

 デイラは困惑する。好きかと訊ねられたので「そのようですね」と答えはしたが……。

「――デイラが?」
「ええ。クラーチさまはどうやら、キアルズさまとわたくしがもっと親しくなるのを望んでいらっしゃるようで、いろいろと気を回してくださって」

 そんな憶えはないとデイラが戸惑っていると、「へえ……」というキアルズの低い声が聴こえてきた。

「彼女がそこまで世話焼きだったとはね……」

 次の瞬間、キアルズはナツメヤシをさっとつまみ上げ、ためらうことなく自分の口に放り込んだ。
「えっ」と声が出そうになったのを、デイラは呑み込む。

「――なるほど、君が言ったとおり、芳醇で味わい深いな」

 続けてもうひとつキアルズが手を伸ばすと、フェイニアは嬉しそうに声を弾ませた。

「お口に合ったようで、良かったですわ!」
「ああ。ぼくたちは食の好みが似ているのかも知れないね」

 キアルズは口許を柔らかくほころばせ、翠玉色の瞳でフェイニアをじっと見つめる。

「キアルズさま……」

 侯爵令嬢はしっとりとした声で名前を呼び、美麗な笑みに引き寄せられるかのように若き辺境伯のほうへとゆっくり顔を寄せていった。

 まるでくちづけでも始まるような雰囲気に、デイラはぎょっとする。
「邪魔しないでね」の範囲がどこまでなのか、きちんとすり合わせをしておかなかったことを後悔した。
 危害を加えられる可能性は低いのだから、護衛としては黙って見過ごすべきなのかも知れない。でも――。

 考えあぐねていたデイラの手の甲に、ぽつりと小さな雫が落ちる感触がした。

「あ……」

 見上げると、薄暗くなりつつあった空はいつしか黒い雲に覆われていた。

「――雨ですわね」

 まさに水をさされた侯爵令嬢は、がっかりしたように姿勢を戻した。

 ぱらぱらと雨粒が降ってくる中、庭園を散策していた人々は急ぎ足で建物に戻っていく。簡素な屋根しか付いていないあずまやにも、雨が吹き込んできていた。

「大変、濡れてしまいますわ」

 ふたりは急いで干し果物をしまい、立ち上がる。

「キアルズさま、こちらへ」

 自然な仕草で、フェイニアはキアルズの背中に手を添えた。
 するとキアルズも、少しもたれかかるようにしてフェイニアの肩に手を置く。
 身体を寄せ合うような体勢になったふたりを目にして、デイラは思わず息を呑んだ。

 そぼ降る雨の中、そのままキアルズとフェイニアは領民会館の出入り口とは別の方向に向かっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。

入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。

【R18】今夜、私は義父に抱かれる

umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。 一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。 二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。 【共通】 *中世欧州風ファンタジー。 *立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。 *女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。 *一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。 *ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。 ※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25

【R18】うっかりな私のせいで大好きな人が媚薬で苦しんでるので、身体を張って助けようと思います!

夕月
恋愛
魔女見習いのミリアムは、騎士のイヴァンのことが昔から大好き。きっと彼にとってミリアムは、手のかかる妹分でしかないけど。 ある日、師匠に言われて森の中へ薬草を採りに行ったミリアムは、護衛でついてきてくれたイヴァンに怪我を負わせてしまう。毒にやられた彼を助けるため、急いで解毒剤を調合したものの、うっかりミスで、それが媚薬化してしまって…!? それなら、私が身体を張ってイヴァンの熱を鎮めるわ!と俄然やる気を出すミリアムと、必死に抵抗するイヴァンとの、ひとつ屋根の下で起きるあれこれ。 Twitterで開催されていた、月見酒の集い 主催の『ひとつ屋根の下企画』参加作品です。 ※作中出てくるエリーとその彼氏は、『魔女の悪戯に巻き込まれた2人〜』の2人を想定してます。魔法のおかげで痛くなかった2人なので、決してエリーの彼氏が…、な訳ではないのです(笑)

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

大嫌いなアイツが媚薬を盛られたらしいので、不本意ながらカラダを張って救けてあげます

スケキヨ
恋愛
媚薬を盛られたミアを救けてくれたのは学生時代からのライバルで公爵家の次男坊・リアムだった。ほっとしたのも束の間、なんと今度はリアムのほうが異国の王女に媚薬を盛られて絶体絶命!? 「弟を救けてやってくれないか?」――リアムの兄の策略で、発情したリアムと同じ部屋に閉じ込められてしまったミア。気が付くと、頬を上気させ目元を潤ませたリアムの顔がすぐそばにあって……!! 『媚薬を盛られた私をいろんな意味で救けてくれたのは、大嫌いなアイツでした』という作品の続編になります。前作は読んでいなくてもそんなに支障ありませんので、気楽にご覧ください。 ・R18描写のある話には※を付けています。 ・別サイトにも掲載しています。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...