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17 邪魔しないでね
しおりを挟む「――足首なんて傷めてないよね?」
楽団が休憩に入り、客人たちも小休止して軽食をつまんだり会話を楽しんだりする時間に入ると、キアルズはデイラのもとへやってきて小声でそう訊ねた。
「申し訳ありません」
見透かされていたことを知ったデイラは、素直に謝る。
「プロウ侯爵令嬢がおっしゃった通り、他の方と踊られても良いのではないかと思ったので……」
キアルズは面白くなさそうに眉をひそめた。
「ぼくの相手は、ぼく自身が決めるよ」
「差し出がましいことをしてすみませんでした」
でも、とデイラは続ける。
「侯爵令嬢と踊られたら、場がぐっと華やぎましたよね」
「あなたとだって、息がぴったりで素晴らしいっていつも称賛されるけど」
「にこやかな笑みをたたえた若くて美しい女性がお相手を務めたほうが、盛り上がるものですよ」
訳知り顔での物言いが気に入らなかったのか、キアルズは不満そうにデイラを見た。
「――ねえ、ぼくがあの令嬢たちの中から結婚相手を決めることにしたらどう思う?」
突然の質問に、デイラは少し視線を下げて答えた。
「どなたも素晴らしいお嬢さまですから、喜ばしいことだと」
「本当に?」
「ええ」
「じゃあ、もしぼくが誰かを妻に迎えても、あなたは変わらず夜会の護衛をしてくれるの?」
一拍置いて、平板な声でデイラは返事する。
「盛装して同伴するのは奥さまになるでしょうが、ご依頼があればご夫婦に付き従ってお護りします」
キアルズはむっとしたような表情をすると、デイラの耳許に顔を近づけて囁いた。
「――フェイニア嬢に、化粧直しから戻って来たら夕涼みを兼ねて外のあずまやで休もうって誘われてるんだ。あなたの仕事なんだから、もちろん見張っててもらって構わないよ。でも……」
何か含みを持たせるような口調でキアルズは言う。
「少しくらい親密な雰囲気になったとしても、邪魔しないでね」
◇ ◇ ◇
この季節は、なかなか日が沈まない。
舞踏会が始まってからずいぶん時間は経っているが、領民会館の庭園はかがり火を灯さなくてもまだ散歩できるほど明るかった。
「へえ、王都のプロウ侯爵邸の庭園はそんなに広いんだね」
「ぜひ一度お越しくださいませ。ただ、優美さにかけては辺境伯邸のお庭にはかないませんわ。四季折々の植物が一番美しく見えるようにキアルズさまのお母さまがいつもお心を配っていらっしゃるんですもの」
「母は本当に草花が好きだからね」
「わたくしも大好きですわ」
キアルズとフェイニアは、小さなあずまやの中心に据えらえた小机を挟んで腰掛け、楽しそうに話をしていた。
庭園をそぞろ歩く他の招待客たちは、興味を引かれたようにふたりを横目でちらちらと見ながら通り過ぎていく。
一方のデイラは、息をひそめて少し離れた木の陰から様子をうかがっていた。
夜会に同伴するようになって何年も経つが、こんなふうにいかにも護衛らしく物陰に身を隠して見張っているのは初めてだ。
「ああ、そうそう……」
表情の和やかさはずいぶん違うが、キアルズは先ほどデイラにしたようにフェイニアのほうに顔を寄せ、何やらひそひそと耳打ちする。
「まあっ、キアルズさまったら……!」
令嬢は少し頬を染め、弾けるように笑った。
なるほど、これは〝親密そうな雰囲気〟に見える。
今までのキアルズは、令嬢たちと気さくに接してはいても、誰かと長くふたりきりになるようなことはしなかった。
やはりフェイニアが花嫁の最有力候補なのかも知れないとデイラが考えていると、再び弾んだ声が聴こえてきた。
「ねえキアルズさま、ずっと踊ってらしたから少しお腹が空いていらっしゃるのでは?」
「そうだね。屋内に戻って、何か軽食でも……」
侯爵令嬢は満面の笑みを浮かべ、いそいそと何かを小机の上に出す。
「よろしかったら、こちらをどうぞ」
あたりは徐々に薄暗くなってきていたが、その小さな白い布包みは、離れたところにいるデイラの目にもはっきりと映った。
「これは……?」
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