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8 九年ぶりの再会

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「デイラ……!」

 美しさと精悍さを兼ね備えた若者は颯爽と歩み寄ってくると、女性としては長身のデイラを嬉しそうに見下ろした。

「久しぶりだね」

 きらきら光る翠玉色の瞳も、さらさらと揺れる淡褐色の髪も、確かにキアルズのものだが、成長した姿をいきなり見せられたデイラは言葉を失う。

「あちこちで手柄を立ててるって聞いたよ。すごいね!」

 笑うと幼いころの面影が浮かび上がり、デイラはそこでようやく自分がまだ一言も返していないことに気がついた。

「――キアルズさま、お帰りなさいませ。ご健勝で何よりです」

 キアルズは「堅苦しい挨拶なんか要らないよ」と朗らかに言う。

「デイラ、あなたが忙しい役職についてるのはよく分かってるけど、負荷が増えないよう隊長が調整してくれるとのことだし、ぜひぼくの護衛を引き受けて欲しいんだ」
「しかし……」
「あなたが適任なんだ。そうですよね? 母上」
「ええ、そうね。デイラさんしかいないと思うわ」

 そこまで言われてしまうと、デイラも固辞するわけにはいかなくなった。

「――では、力を尽くしてお護りいたします」

 母と息子は、揃って声を弾ませる。
「良かったわ」
「デイラ、ありがとう」

 静観していた隊長トリウがうっすらと苦笑したように見えたが、デイラにはその理由が分からなかった。

「帰りは夜遅くになることが多いでしょうから、辺境伯邸うちにもデイラさんが朝まで仮眠できる部屋を設けるつもりよ」
「夜遅く……ですか?」

 デイラは夫人の言葉を不思議そうに繰り返す。以前は、護衛につく時間帯は昼間ばかりだった。

「帰郷したとたん、ありがたいことにあちこちから社交のお誘いがあってね」
「あ……」

 成人した貴族や名士たちが夕刻から夜にかけて社交場に集う季節がもうすぐ始まることを、デイラは思い出した。

「夜会に出席される際の護衛ということですか」
「うん、そう。一緒に晩餐会や舞踏会の会場に行って、ぼくのそばにずっとついていて欲しいんだ」

 エルトウィンの治安は比較的良好に保たれているが、やはり夜間は気をつけなくてはならない。酔っ払い同士の喧嘩や強盗事件などもあるし、隣国の犯罪者が国境を越えてきて悪さを働くこともある。

「かしこまりました」

 キアルズを九年前のような恐ろしい目に遭わせてはならない、とデイラが気を引き締めたそのとき――。

「デイラさんは背が高いから、きっとわたくしのドレスじゃ丈が足りないわね」
「母上、必要なものなんですから、いくつか新しく作ってくださいね」
「もちろんよ。すぐに仕立て屋を呼ばないと。楽しみねえ」
「生地もできるだけ上等のものをお願いします」
「ええ、リンダール産のがいいわね。デイラさんに似合う色は……」

 うきうきと相談を始めた母子おやこを見て、デイラは訝しげに訊ねた。

「あの……どういうことでしょうか?」

 辺境伯夫人とキアルズはきょとんとしてデイラを見る。

「えっ、デイラは晩餐会や舞踏会に一緒に来てくれるんでしょう?」
「は、はい……でも……?」

 なんだか話がかみ合わないと思っていると、隊長がこらえきれなくなったかのように吹き出した。

「クラーチ、キアルズさまは夜会の間じゅうずっとお前についていて欲しいとおっしゃってるんだぞ」
「はあ、それは分かっているつもりですが……」
「晩餐会や舞踏会に出席されるキアルズさまの一番そば近くにいることができるのは誰だ?」
「それは、同伴される女性ですが……」

 通常、夜会には異性の身内や友人などを伴って二人一組で出席することになっている。

「――え?」

 デイラは「まさか……」と眉間に皺を寄せる。

「私はキアルズさまの同伴者のふりをするのですか……?」

 このとき、辺境伯邸に程近い第三中隊の駐屯地に所属する女性の騎士は、デイラ・クラーチただひとりだった。
 母子おやこから「適任」「デイラさんしかいない」と言われた理由を、デイラはようやく理解する。

 困惑の色を浮かべたデイラに、美青年は屈託のない笑顔を向けた。

「そうだよ、デイラは同伴の貴婦人としてぼくにしっかり付き添っていて欲しいんだ」
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