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7 夢のなか
しおりを挟むデイラがまぶたを開けると、翠玉色の瞳が心配そうに見下ろしていた。
「デイラ……」
さっきまで可愛らしい少年だったキアルズは、なぜか立派な青年の姿になっている。
夢から覚めたかと思ったらそれもまた夢だった――という入れ子式の夢を何度か見たことがあるが、きっと今もそうなのだとデイラは思った。
「気分はどう?」
どうやらこの夢の中では、心地良い寝台の上に寝かされているらしい。傍らに腰掛けているキアルズに、デイラは薄く微笑んだ。
「昔……キアルズさまに……求婚された夢を見ました」
「へえ……何度目の?」
「最初です……。エルトウィン奪還記念の日……」
「――ああ」
キアルズは苦笑いを浮かべる。
「ぼくの真剣な願いを、あなたは『めっそうもない。さあ、露店のおかみさんに無事を伝えたら、お邸に帰ってちゃんと傷の手当てをしましょう』なんて言って、あっさりと受け流してくれたよね」
「……あれから間もなく、キアルズさまは予定を何年も繰り上げて留学に行ってしまわれて」
「傷心だったのもあるけど、何よりも早く大人になってあなたに追いつきたかったんだ」
それから二十歳のときに辺境伯夫妻から呼び戻されるまで、キアルズは一度もエルトウィンに戻ってこなかった。
「……留学先では、学問を修めただけではなく、元騎士団長から稽古をつけてもらっていたんでしたね」
「ああ、そのおかげで体力がついたよ。背もすごく伸びたしね」
「こちらに帰ってこられたときには……見違えました……」
「かっこよくなってた?」
再び眠気が襲ってきて、デイラは目を細める。
「……そう……ですね」
「だったら、どうしてぼくの二度目の求婚を断ったの?」
「それは……」
うとうとしはじめたデイラの短い銀灰色の髪を、長い指が優しく撫でた。
「――もう少し、おやすみ」
◇ ◇ ◇
九年ぶりに留学先から帰国した二十歳の貴公子は、さっそく王都に住む女性たちを色めき立たせた。
国の最北端にあるエルトウィンは、都から遠く離れた〝辺境〟には違いないが、長いあいだ緊張状態にある隣国と接する重要な地域を国王から任せられている領主は、他の伯爵よりも上の位にある。
そのような高位貴族の後嗣であるキアルズ・サーヴは、港に着いて領地に向かう前に国王陛下のもとへ挨拶に上がり、半月ほど王都に留まって他の貴族と交流を持った。
すると、均整の取れた長身に淡褐色の長い髪と翠玉色の瞳、甘さと精悍さが混ざり合った容姿と誠実で洗練された物腰は、たちまち王都の女性たちを魅了してしまった。
その人気ぶりは「たとえ北の果てで暮らすことになっても、あの方となら結婚したい!」と、多くの独身女性がキアルズの花嫁候補に名乗りを上げるほどだった。
王都からエルトウィンに向かう旅の途中でも、宿を提供してくれた貴族や地方の名士の娘たちの心を次々に捉えてしまい、実家に本人が到着するよりも先に、縁談を打診する手紙が数えきれないほど届いていたのだという。
「――それでね、あなたに息子の護衛をお願いしたいの」
「は……?」
デイラは一瞬、十一年前に時が遡ったのかと思った。
数年前に隊長になったキャフ・トリウに呼び出されて応接室に来てみたら、あのときと変わらぬ若々しさを保った辺境伯夫人が無骨な武器を背景に優雅な微笑みをたたえていて、あのときと同じ言葉を口にした。
「ご子息の……ですか?」
デイラもまた、当時と同じように訊ねてしまう。
「そうよ。キアルズが帰国したのはご存じかしら?」
「あ……はい。聞き及んでおります」
辺境伯の跡取り息子が外国から戻って来たとたん激しくモテているらしいというのは、騎士の間でも話題になっていた。
「かの国の元騎士団長から鍛えていただいて、以前よりはずいぶん逞しくなったのだけど、親からするとまだまだ危なっかしくて」
逞しく成長したキアルズの姿をデイラは想像しようとしてみたが、浮かんできたのはまだ華奢だった十一歳のころの姿だった。
「しかし、私は九年前にご子息を護り切れず、お怪我まで……」
「その件に関しては、あのときもわたくしたちは言ったはずよ。あなたはきちんと使命を果たして息子を護ってくれたって」
「ありがたいお言葉ではありましたが、そもそも私の軽挙が招いたことで……」
夫人は可笑しそうに笑みをこぼす。
「デイラさんったら、相変わらず真面目ねえ」
「――母上、そろそろ本人の口からお願いさせてもらえませんか?」
続き間から待ちかねたような若い男性の声が響いてきて、十一年前と同じようにデイラはぎくっとした。
「いいわよ。こちらにいらっしゃい」
開け放たれた扉から、すっかり大人になったキアルズ・サーヴが姿を現した。
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