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4 空色の飾り紐
しおりを挟む「デイラ、あっちに面白そうな店があるよ!」
たくさんの露店が並ぶ大通りの人込みの中を、嬉しそうに〝姉〟の手を引っ張って歩いていく〝弟〟を、デイラはどこか不思議な気持ちで眺めていた。
初めて顔を合わせたときからずっと、キアルズは全く物怖じすることなくデイラと接してくれている。
もしや辺境伯邸では荒々しい猟犬や鷹などをたくさん飼育していて、キアルズは幼いころから恐ろしい顔つきを見慣れていたのでは……などと考えたこともあったが、実際にあの邸で飼われていたのは愛嬌たっぷりの小型犬だけだった。
屈託のないキアルズと一緒にいると、表情が乏しいはずのデイラにも自然と微笑みが浮かんでくる。それこそ可愛い弟に持つような親しみを、デイラはキアルズに感じるようになっていた。
十五歳で成人を迎えたら、キアルズは海峡の向こうにある国に留学することになっている。こうして姉弟のふりをして出かけられるのもあと数回だろう。
「デイラ、見て!」
「え……?」
キアルズが立ち止まった屋台の前で、デイラは意外そうな声を漏らした。
「キアルズさ……キアルズは、こういった品物に興味があるんです……あるの?」
その店の陳列台には、髪飾りや首飾りなど、多くの女性が好みそうな装飾品がずらりと並んでいた。
「ぼくのじゃなくて、デイラのものを選んで欲しいんだよ」
「私の……?」
キアルズは目をきらきらと輝かせて頷く。
「いつものお礼に、ぼくからあなたに何か贈りたいんだ」
「えっ……」
デイラが困惑していると、派手な首飾りをいくつもじゃらじゃらとつけた中年の女性店主が台の向こうから声をかけてきた。
「へえ、こんなに姉さん思いの弟さんがいるなんて、お嬢ちゃんは幸せもんだね! 坊や、少しくらいならおまけしてあげるよ」
「ありがとう。――ほらデイラ、これなんてどう?」
キアルズは、繊細な銀細工に紫色の石がはめこまれた首飾りを指さす。
「あの、私は……」
「こっちの耳飾りも、透きとおった緑色の石がついててきれいだよ」
店主は感心したような声を出した。
「坊や、まだ小さいのにずいぶん目が高いじゃないか。そのふたつは、うちの店でも一、二を争うほどのいい品物なんだよ」
値段が書かれているわけでもないのに、キアルズはしっかりと良品を見極めたらしい。
得意げな笑みを浮かべたキアルズに向かって、店主は「でも」と続けた。
「そういう値が張るのは、大人が意中の人に思い切って渡すようなものだからね。ほら、坊やにはこっちの飾り紐あたりがおすすめだよ」
店主からすると親切な忠告だったが、キアルズは少しムッとして自分の腰帯から下げた革製の重そうな巾着袋を持ち上げた。
「大丈夫だよ。今日はぼく、かなり多めにお金を――」
「キアルズ!」
袋の口を開けてみせようとしたキアルズの手を、デイラは慌てて押さえる。
「わ、私はこれがいいな」
デイラは店主が薦めてくれた飾り紐の中から、青い糸と白い糸を組み合わせて編まれたものを指した。
「これ?」
「うん、髪を束ねるのにちょうどいいでしょう?」
キアルズは真剣な表情でその紐とデイラを交互に眺めると、「――悪くない」と、まるで大人のように呟いた。
「秋の空みたいに爽やかな色だから、きっとデイラに似合うよ! おかみさん、これください」
店主はおそらくかなり値引きしてくれた上に、「坊や、ここでお姉ちゃんに結んであげたらどうだい?」と提案した。
「そうだね。デイラ、少しかがんで」
内心戸惑いながらも、デイラは言われたとおりにする。
「――できたよ」
しばらくしてキアルズがデイラの髪から手を離すと、店主が手鏡を向けてくれた。
「坊や、上手に結べたじゃないか」
デイラは鏡の中の自分をまじまじと見つめる。
いつもは洒落っ気のない麻紐で結わえているだけの銀灰色の髪が、なんだかとても輝いて見えた。
「ありがとう、キアルズ」
礼を言われたキアルズは、満足そうに翠玉色の目を細める。
「すごくきれいだよ」
その瞬間、デイラは胸の奥を羽毛でひと撫でされたような不思議な感覚を覚えた。
訝しそうにデイラが自分のみぞおちのあたりを見下ろしたとき――。
「あっ!?」
キアルズが鋭い叫び声を上げた。はっと顔を上げたデイラの肩に、勢い余ったかのように何者かがぶつかり、素早く走り去っていく。
「盗られた!」
見ると、キアルズの腰帯についていた革紐が鋭利な刃物のようなもので切られ、ぶら下げていた巾着型の財布がなくなっていた。
「あの男だ……!」
キアルズが指し示した方向に、のんびりとそぞろ歩く人波をかき分けて、一人だけ急いたように前に進もうとしている焦げ茶色の髪の小柄な男の後ろ姿が見えた。
「――ここで待ってて!」
そう言い残すと、デイラは素早く駆け出した。
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