上 下
1 / 56

1 騎士を辞めさせていただきます

しおりを挟む


 デイラ・クラーチは顔が怖い。

 正確に言えば目鼻立ちは美しく整っているのだが、表情が乏しいため端正なつくりが却って冷ややかな印象を与えてしまう。

 つけられた異名は〝鋼鉄の氷柱つらら〟。
 氷柱なのに鋼鉄とはどういうことかと思うが、冷静で切れ味鋭いの戦いぶりを言い表したものらしい。

 女だからと侮られるよりは恐れられたほうがいいだろうと、本人もそう呼ばれることを受け容れてきた。

「は……?」

 第三中隊隊長キャフ・トリウは、銀灰色の短髪の女騎士に怪訝そうな眼差しを向けた。

「クラーチ、今なんて言った」

 執務机の向こう側に姿勢よく立ち、腰掛けている隊長を氷河の水のような色合いの瞳で見下ろす三十四歳の女騎士は、静かな口調でもう一度申し入れた。

「ですから、隊を退きたいと。早急に引き継ぎを済ませ、一週間後にはこちらを去りたいと思います」

 聞き間違いではなかったことを知った隊長トリウは、眉根を寄せる。

「おい、分かりにくいから、冗談はもっとふざけた顔で言えよ」
「冗談ではないので」

 隊長は困惑したように真顔のデイラを見上げた。
「いったい何があった、副隊長」

 北の国境を護るエルトウィン騎士団に所属する同期たちの中でも、二十代後半から中隊の副隊長を務めているデイラはかなりの出世頭だ。

「責任感の強いおまえが唐突にそんなことを言い出すなんて、余程のことだろう。これまでは脇目もふらずに騎士道ひとすじでやってきたんだからな」

 隊長はそう言うと、ふと何か思い当たったような顔をした。

「もしかして……結婚でもすることになったのか?」

 デイラの表情は全く変わらなかったが、身体の横で軽く握っていた拳がかすかにぴくりと動いた。

「そういうめでたい話なら、出産や育児のために休暇が取れる制度だってあるんだし、それを利用して騎士を続けてる女性隊員もいるんだから、いま慌てて辞めようとしなくても――」
「そのようなことが理由ではありません」

 デイラはきっぱりと否定すると、少し声の調子を落とした。

「……独り暮らしをしている年老いた大叔母の世話をすることになりまして」

 胸の奥がちくっと痛む。
 一番の理解者だった大叔母と目の前にいる旧知の隊長に、デイラは心の中で謝った。

 世話をするどころか、大叔母はもうこの世にはいない。
 二年前の休暇中に身まかってそのまま葬儀に参列したので、隊には知らせていなかった。

「そうだったのか……」

 隊長は赤みがかった無精髭をさする。そう多くはないが、家庭の事情によって騎士を辞めざるを得なかった者はこれまでにもいた。

「他の親族に頼むなり、誰かを雇うなりして、任せることはできないのか……って、できないからこその決断なんだろうな」
「……ええ」
「休職扱いにしてもいいんだぞ?」
「どのくらいお休みをいただいていいのか見当がつきませんし、ご迷惑をかけたくはありませんので」

「そうか……」
 隊長は深く息を吐いた。

「残念だが、受理するしかないようだ。おまえが抜けるのは痛手だし、何より寂しくなるな……」

 長いあいだ苦楽を共にしてきた隊長トリウの心からの呟きが、デイラの胸にも染みてくる。
 ほんの数日前までは、騎士を務め上げるつもりで精進を重ねていたのだ。

 叙任されてからのさまざまな思い出が押し寄せてきそうになるが、感傷に浸っている暇はないのだと自分に言い聞かせ、デイラは表情を引き締める。

「今まで、本当にお世話になりました」

 こうしてデイラ・クラーチは、きっちり一週間で引き継ぎを済ませ、多くの仲間たちに惜しまれつつ駐屯地を去った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】うっかりな私のせいで大好きな人が媚薬で苦しんでるので、身体を張って助けようと思います!

夕月
恋愛
魔女見習いのミリアムは、騎士のイヴァンのことが昔から大好き。きっと彼にとってミリアムは、手のかかる妹分でしかないけど。 ある日、師匠に言われて森の中へ薬草を採りに行ったミリアムは、護衛でついてきてくれたイヴァンに怪我を負わせてしまう。毒にやられた彼を助けるため、急いで解毒剤を調合したものの、うっかりミスで、それが媚薬化してしまって…!? それなら、私が身体を張ってイヴァンの熱を鎮めるわ!と俄然やる気を出すミリアムと、必死に抵抗するイヴァンとの、ひとつ屋根の下で起きるあれこれ。 Twitterで開催されていた、月見酒の集い 主催の『ひとつ屋根の下企画』参加作品です。 ※作中出てくるエリーとその彼氏は、『魔女の悪戯に巻き込まれた2人〜』の2人を想定してます。魔法のおかげで痛くなかった2人なので、決してエリーの彼氏が…、な訳ではないのです(笑)

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

処理中です...