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6 鼓動
しおりを挟む「……あ……!?」
フルーラはハッとしたようにリシャードを見る。
「僕に花は出せないけど、これで判るだろ?」
手のひらから感じるリシャードの鼓動は、有事のときに撞かれる早鐘のように激しいものだった。
「一方的なんかじゃない……。ルラ、僕も君のことが好きなんだ」
口を半開きにして固まったままのフルーラに、リシャードはもう一度はっきりとした口調で告げる。
「僕の方がきっと、君よりもずっと前から好きだった」
ぶわっと派手に現れた新しい花たちがくるくると舞い始めると、突然リシャードは長椅子からフルーラを抱き上げた。
「きゃっ、リ、リシャード……!?」
いたずらっぽい眼差しでリシャードはフルーラの顔を覗き込む。
「……『さすがに、この応接間じゃ』」
これからどこに向かおうとしているのかをフルーラが理解すると、顔の色にそっくりな赤い小花がどっと降ってきた。
扉を開け、人気のない廊下を歩きながら、リシャードは腕の中のフルーラに向かって少し誇らしげに言う。
「難なく君を運べるようになっただろう?」
きょとんとしたフルーラは、やがて何か思い当たったような顔になった。
「――私が池に突き落とされたときのことね?」
リシャードは不本意そうに眉根を寄せる。
「止められなくて悪かったとは思ってるけど……。あれは僕が突き落としたんじゃない」
「えっ」
「池に浮かんでる葉っぱに君が手を伸ばそうとして足を滑らせて、危ないと思って駆け寄った僕が君に触れたときには、もう間に合わなかったんだ」
「……そうだったの?」
ついでに言わせてもらうと、とリシャードは続けた。
「カエルも毛虫も当時は最高の贈り物のつもりだったし、マイアが憶えてたら証言してくれると思うけど、〝苦い草のしぼり汁〟の件だって、風邪気味の君が薬湯を嫌がるから、『甘い飲み物だ』って言って飲ませようとしたんだ」
フルーラの中で、いたずらが過ぎる男の子だったあのころのリシャードが、不器用ながら姫君のために奮闘する小さな騎士へと変わっていく。
「誤解しててごめんなさい……。じゃあ、あのときも本気で私を運ぼうとしてくれてたのね?」
少しきまりが悪そうにリシャードは答えた。
「……そうだよ」
マイアによって池から引き上げられたびしょ濡れのフルーラを、リシャードは自分が部屋まで運ぶと言って聞かなかったのだ。
「あなたがあまりにも主張するから、マイアが『じゃあ、お願いいたしましょうか』って言って……」
リシャードは苦笑いを浮かべる。
「でも僕は、少しも君を持ち上げられなかった」
「腕を思いきり引っ張られたり、抓るみたいに腰を掴まれたりしたから、悪いけど更なる嫌がらせかと思ったわ……」
「君は泣き止まないし、マイアは『もうよろしいですか?』なんて冷ややかだし、散々だったな。それで僕は、いつか君を軽々と抱き上げられるようになってやるって心に誓ったんだ」
『熱心に鍛錬を続けてらして素敵ねえ』と、宮廷の女性たちがうっとりと囁き合っていたのをフルーラは思い出した。
確かに、一見すらりとして見えるのに、その腕は逞しく、胸板の感触は硬い。
そんなことが分かってしまうほど密着しているのだとフルーラは改めて意識した。
「ん……?」
うす紫の房咲きの小花が、ほどけるように散って細かい雨のように降りかかる。
「――何にドキドキした?」
楽しそうに訊ねられて、フルーラは真っ赤になった。
「い……いちいち訊かないでっ」
二人が通った寝室までの廊下には、彩りにあふれた花の小径ができていた。
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