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1 フルーラの願い
しおりを挟むペントスの姫は持参金要らず
黄金の輝き 宝石の笑み
色とりどりの花が舞う
◇ ◇ ◇
「苦情でも言いに来たのか」
苛立った様子で応接間に入ってきた公爵令息リシャード・クルシュから開口一番そう言われ、ペントス王国第三王女フルーラは不思議そうに目を見開いた。
「苦情……?」
深夜の急な来客に慌てて寝間着から着替えたのか、リシャードの暗めの金髪は少し乱れている。
フルーラは少し考えた後、「そんな、苦情だなんて」と、寛容さに満ちた笑みをたたえた。
「全部許してるから安心して。五歳のときに池に突き落とされたことも、六歳のときにカエルがギッシリ詰まった箱をもらったことも、七歳のときに大きな毛虫を手に握らされたことも、八歳のときに甘い飲み物だと騙されて苦い草のしぼり汁を飲まされたことも、もうとっくにすべて水に流してるわ」
リシャードは訝しげに眉を顰める。
「――聞いてないのか?」
「何を?」
困惑の色を浮かべながら、リシャードはフルーラの向かい側の長椅子に腰を下ろした。
「だったらなんで来た」
「な、なんでって……」
リシャードが真正面から見つめると、フルーラは表情を硬くして視線をずらす。ほら、いつもこうなんだとリシャードは舌打ちしたくなった。
池に落ちるはめになろうが、カエルや虫に泣かされようが、しばらくするとニコニコして「あそぼー」と後ろをついてきていた幼なじみは、いつのころからか徹底的にリシャードを避けるようになった。こんなふうにまともに話をするのなんて、六、七年ぶりだろう。
「こんな夜中に」
「もう寝てたわよね、ごめんなさい」
「一国の王女が、供もつけずに」
「マイアと一緒に来たのよ。朝には迎えに来てくれるわ」
フルーラは、リシャードもよく知っている乳母の名を挙げた。
ほとんどの週末、遠乗りが好きなリシャードは、ごく少数の従者を伴って郊外に建つこの別荘に滞在している。
「マイアもマイアだ。僕とわずかな従者しかいない邸に、輿入れ前の姫をひとりで置いていくなんて……」
フルーラは傷ついたように目を伏せ、「輿入れ前……」と呟いた。
「そうだろう? いくら君が僕と……」
「――あのね、私に縁談が来たの」
深刻な様子で告げたフルーラに、リシャードは「知ってるんじゃないか……」と独りごとを言うと、怒ったような顔をして訊ねた。
「嫌なのか?」
「嫌に決まってる……!」
切実そうな即答を受けて、眉間の皺を深くしたリシャードは荒々しく立ち上がった。
「よく解ったから、もう帰ってくれ」
「リシャード、それでね」
「これ以上何を言うことがあるんだ?」
睨むようにフルーラの顔を見下ろしたリシャードは、はっと息を呑む。
フルーラの碧色の瞳には、今にも決壊しそうな涙の水面ができていた。
「お願いがあって来たの」
リシャードは煩わしそうに首を振る。
「なんでそっちが泣くんだ。もう君の気持ちは伝わったから、改まって言わなくてもいい」
フルーラはきょとんとした。
「私の気持ちが……伝わったの?」
「ああ」
リシャードは深いため息をつく。
「僕は受け容れるしかない」
フルーラは半信半疑といった様子で確かめる。
「受け容れて、くれるの……?」
「――仕方ないだろう。君の意向が何よりも大切なんだから」
「本当に……? いいの?」
リシャードは絞り出すように答えた。
「……いいよ」
フルーラは声を震わせる。
「そんなに嫌そうなのに……ありがとう」
「……礼なんて言わないでくれ」
二人の間をしんみりとした空気が漂う。
リシャードが乱れる心を必死で抑え、マイアの迎えを待たずにフルーラを速やかに王宮まで送り届ける手筈を考え始めたときだった。
「それで……あの、寝室はどこ?」
遠慮がちに発せられたフルーラの問い掛けに、リシャードは耳を疑う。
「……は?」
フルーラは気まずそうにあたりを見回した。
「さすがに、この応接間じゃ……」
「何を言ってるんだ?」
リシャードの厳しい口調に、フルーラはしょんぼりと肩をすぼめた。
「そうよね、ごめんなさい。……わがままは言わないわ」
そして、フルーラは思い切ったように顔を上げ、きっぱりと告げた。
「ここでいいから、抱いてください」
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