年下騎士は生意気で 番外編ショートストーリー集

乙女田スミレ

文字の大きさ
上 下
28 / 43
☆ショートストーリー☆

恋は遠い夜空で輝く星 3

しおりを挟む


「よっしゃあぁー! 週末だああぁ」

 晩鐘とともに訓練が終わると、オルボー・コーレッグが歓喜の雄叫びを上げた。

「今日は野薔薇館のばらかんが月に一度の割引日だぞ! 当番じゃねえやつは繰り出そうぜ!」

 オルボーは、「なんなら俺が先に行って予約を入れといてやるぞお」と張り切って希望者を募り出した。

「割引あるんすか? 行きたいっす」
「オルボー、俺も頼む」
「ブルーラちゃん、空いてっかなあ」
「あー、俺は海猫館の方に行くわ」

 休前日の高揚感から、同僚たちの声は一様にうきうきと弾んでいる。
 野薔薇館や海猫館は、駐屯地近くの花街にある娼館の名前だ。

 騎士となってエルトウィンに配属されて二度目の初夏。アイリーネはこのような週末の雰囲気にもすっかり慣れていた。
 周辺の治安を守るため夜の街を巡回することもあるので、野薔薇館には愛嬌たっぷりのぴちぴちした可愛らしい娘さんが多く、海猫館には大人の色気あふれるお姉さんが多いということまで知っていたりもする。

「ヴィルさんに、プルーズ、イリーさんも行きますよね? あとは、ヤルヴィ、メッツァ、それからキールトは――」

 片っ端から呼び掛けていた勢いで、目に映った同期の騎士の名前もつい口にしてしまったオルボーは、すぐに半笑いで打ち消した。
「行くわけねーよな」

 アイリーネと一緒に後片づけをしていたキールトは、軽く微笑みながらオルボーの方を向く。
「そうだな」

 オルボーはアイリーネをちらりと見て、からかうような口調で言った。
こええ婚約者がいつも一緒ってのも、考えもんだなあ」

「誰が怖いって?」

 構って欲しいのが見え見えの同僚をアイリーネが大げさに睨んでやると、オルボーは嬉しそうにガハハと笑う。

「アイリ、キールトが浮ついた奴じゃなくて良かったな。実は、巡回のときにキールトに秋波を送ってくる花街のおねーさんも結構いるんだぜ?」

「へえ……」
 思わず感心したようにアイリーネが幼なじみに目をやると、キールトは困ったように視線を逸らした。

「野薔薇館で一番人気のレフティネちゃんだって、『あの若い銀髪の騎士さまを連れてきてよお』って、しょっちゅう俺におねだりしてくるくらいだしな」

 オルボーの発言を聞きつけた隊員たちが、一斉にどよめく。

「あのレフティネちゃんが!?」
「うーわー、レフティネさんて面食いなのかよー」
「いつも指名がいっぱいで、なかなか手合わせしてもらえねえのに」
「いいなあ、キールト」

 キールトは煩わしそうな顔をして、皆を急き立てた。

「ほら、早く片づけて出かけろよ。道具置き場の鍵当番は僕らだから、モタモタしてると施錠しちまうぞ?」

 隊員たちがぞろぞろと道具をしまいに行く中、オルボーはそこに残り、アイリーネたちに「なあ」と声をかけた。

「実際のところ、おまえらってどうしてるんだよ?」
「どう、って……」
「宿舎では同室とはいえ、四人部屋だから何もできねーだろ? 毎日婚約者と寝起きを共にしてて、よく抑えがきくよなあ」

 オルボーが訊きたいことは解ったが、上手い返答が浮かばないアイリーネの隣で、キールトは涼しい顔をして答えた。

「公私はきっちり分けたいからな。僕たちが風紀を乱さないと信じて上の人たちは相部屋にしてくれたんだから、駐屯地にいるときは良き同僚として過ごそうと決めてるんだ。な、アイリ」
「う、うん」
「おお、意識たけえ……! 二人ともさすが同期の星だな」

 称賛の声を上げた後、オルボーはニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた。
「――てことは、休暇のときに一気に発散してるってことか」

「え……」
「長い休みに入ると、嬉しそうに連れ立って温泉保養地の別荘に行くもんなあ。再来週から始まる夏期休暇も、待ち遠しくてたまんねえんだろ?」

 アイリーネはうんざりした表情になったが、キールトは如才なく「まあな」と笑ってみせた。

「オルボー、もうこのくらいで勘弁してくれよ。娼館の予約に行くんだろう?」
「あっ、いけね」

 立ち去ろうとしたオルボーは、ふと「そうだ」と声を出して足を止め、訓練場に残っている隊員たちをきょろきょろと見回した。

「アイリ、キールト、ちょっと待っててくれよ」

 オルボーはそう言い残し、ひょろりと背が高い暗褐色の髪の騎士に小走りで近づいていく。

「よう、ルフ!」
 オルボーは、ルフと呼ばれた青年の肩に太い腕を回した。
「今夜は一緒に出掛けようぜえ」

 ルフは、明らかに迷惑そうな顔をする。

「オルボー、知ってるよね? ぼくは……」
「女も強い酒も嗜まねえのは、よおく分かってるって!」

 耳許で大声を出されたルフは、うるさそうに眉間に皺を寄せた。
 彼は信仰心が篤く、生涯貞操を守ることを公言している。

「でも腹は減るだろ? 俺も野薔薇館に予約を入れたら、先に腹ごしらえがしてえんだよ。おごってやっから、〝みどりのカワセミ亭〟でメシ食おうぜ?」
「えぇ……」

 気が進まなそうなルフをオルボーはなんとか説き伏せると、今度は赤毛を後ろで束ねた先輩の方へと寄っていった。

「セティオさーん、メシ行きましょうよ!」
「えっ、おまえ娼館に行くんだろう?」

 セティオと呼ばれた先輩は、さっと青ざめる。
「わ、分かってるよな? オレは巡回以外で花街に近づくわけには……」

 セティオには、郷里に残してきた許嫁がいる。
 嫉妬深く、疑り深く、行動力抜群の許嫁が。

 セティオは業務日報よりも細かく日々の行動を記録してまとめたものを一週間ごとに婚約者宅に送ることを課せられているのだが、少しでも矛盾点があると、彼女はそれを追及するために遠路はるばるエルトウィンにまでやってくるのだ。

 常に身を慎んで暮らすように心がけていたセティオの品行が買われ、新しく入ってきたアイリーネの同室者のひとりに選ばれてしまったときには、「その女性隊員を検分させてもらいたい」と許婚が駐屯地まで押しかけてきて、ちょっとした騒ぎになったこともある。

「一戦交える前に、まずは腹を満たしときたいんっすよお。花街の反対側にある〝碧のカワセミ亭〟ならいいでしょう?」
「えー……」
「あそこの二階は、婚約者さんがエルトウィンに来たときの定宿っすよね? 日付つきで『本日、セティオ・トゥントは確かにうちで食事しました』って主人に一筆書いてもらえば、きっと大丈夫っす! 牛肉の煮込みに貝の白葡萄酒蒸し、旨いっすよお?」

 半ば強引にセティオとも約束を取りつけると、オルボーは満足げにアイリーネたちのもとに戻って来て、珍しく声を潜めた。

「――これで、部屋にはしばらくおまえら二人だけだぞ?」

 セティオと同じく、敬虔なルフも、アイリーネたちと同室だ。
 手柄でも立てたかのように、オルボーは得意満面の笑みを浮かべる。

「駐屯地から出たときだけなんてかてえこと言わずに、たまには宿舎でイチャついてスッキリしとけよ」

   ◇  ◇  ◇

「――まあ、気兼ねなく休暇の話ができるのは助かるよね」

 宿舎の部屋に戻ると、アイリーネは奥行きのある窓枠にひょいと腰を乗せた。

「私、今回のルーディカへのお土産は、ちょっと大きめの乳鉢にするつもりなんだ」

 床から浮いた足を揺らして楽しげに語るアイリーネの隣に、キールトも腰掛ける。
 成長期を経て、アイリーネも女性としては長身の部類になったが、キールトの背丈はさらに伸びて、高めの窓枠に座っても足先は床についている。

「思い出したんだよね。ルーディカが『ありがたいことに頼りにしてくださる方が増えて、時間があるときはずっと薬草をすり潰してるんですよ』って言ってたのを」

 アイリーネたちが騎士に叙任された年に、ルーディカも地方薬師の審査に合格した。今は、近所の人たちの求めに応じて薬を作りながら高等薬師を目指している。

「あの……」
 少し言いにくそうに、キールトは切り出した。
「僕はこの夏、フォルザに行かないでおこうかと思ってるんだ」

「そうなの? 実家の方で何か用事でもあるの?」
「いや、その……」

 キールトは少し俯く。

「前回の休暇のとき、フォルザを発つ前日にルーディカと意見が食い違って……」

 アイリーネは記憶を辿った。そういえば向こうを離れる際、ふたりは言葉を交わしていなかったような気がする。見送りの場にはルーディカの祖父母であるケニース夫妻もいたので、わざとそうふるまったのだとアイリーネは思っていた。

「喧嘩したの?」
「……てことになるのかな」
「珍しい」

 引き合わせてから十年近くになるが、会うたびにふたりはとても幸せそうで、小さな言い争いをしているところすらアイリーネは見たことがなかった。

「エルトウィンに戻ってきてから一度手紙を送ったけど……ルーディカから返事は来なかった」
「えっ……」

 アイリーネの方は、ごく普通にルーディカと便りを交わしている。
 あの温和なルーディカがそこまで頑なになっているのかと、アイリーネは驚いた。

「こんな状態になったのは初めてで、正直、会うのが怖いんだ」
「――でも、会わないと、謝ったり話し合ったりすることもできないんじゃない?」

 些細な喧嘩が原因で恋人と別れたなどという話も同僚たちからは聞いたりするが、アイリーネには、幼いころから秘密の恋を一途に守り続けてきたふたりの仲がそう簡単に壊れるとは思えなかった。

「直接顔を合わせたら、仲直りできるような気がするよ」

 励ますようにそう言ったアイリーネの方に、キールトは顔を向ける。

「……なあアイリ、女の人って……」

 そこでキールトは沈黙すると、「――やっぱりいいや」と呟いた。

   ◇  ◇  ◇

 詮索するようなことはしなかったルーディカとキールトの仲違なかたがいの理由を、アイリーネはフォルザに着いてから知ることとなる。

「あの……」

 別荘の敷地内に作られた薬草園で、せっせと雑草取りを手伝っていたアイリーネに、ルーディカは思い切ったように訊ねた。

「ア、アイリ様は、結婚前の男女が肌を重ねることについて、どう思われますか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

死神令嬢は年上幼馴染からの淫らな手解きに甘く溶かされる

鈴屋埜猫
恋愛
男爵令嬢でありながら、時に寝食も忘れ日々、研究に没頭するレイネシア。そんな彼女にも婚約者がいたが、ある事件により白紙となる。 そんな中、訪ねてきた兄の親友ジルベールについ漏らした悩みを克服するため、彼に手解きを受けることに。 「ちゃんと教えて、君が嫌ならすぐ止める」 優しい声音と指先が、レイネシアの心を溶かしていくーーー

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...