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☆ショートストーリー☆
恋は遠い夜空で輝く星 3
しおりを挟む「よっしゃあぁー! 週末だああぁ」
晩鐘とともに訓練が終わると、オルボー・コーレッグが歓喜の雄叫びを上げた。
「今日は野薔薇館が月に一度の割引日だぞ! 当番じゃねえやつは繰り出そうぜ!」
オルボーは、「なんなら俺が先に行って予約を入れといてやるぞお」と張り切って希望者を募り出した。
「割引あるんすか? 行きたいっす」
「オルボー、俺も頼む」
「ブルーラちゃん、空いてっかなあ」
「あー、俺は海猫館の方に行くわ」
休前日の高揚感から、同僚たちの声は一様にうきうきと弾んでいる。
野薔薇館や海猫館は、駐屯地近くの花街にある娼館の名前だ。
騎士となってエルトウィンに配属されて二度目の初夏。アイリーネはこのような週末の雰囲気にもすっかり慣れていた。
周辺の治安を守るため夜の街を巡回することもあるので、野薔薇館には愛嬌たっぷりのぴちぴちした可愛らしい娘さんが多く、海猫館には大人の色気あふれるお姉さんが多いということまで知っていたりもする。
「ヴィルさんに、プルーズ、イリーさんも行きますよね? あとは、ヤルヴィ、メッツァ、それからキールトは――」
片っ端から呼び掛けていた勢いで、目に映った同期の騎士の名前もつい口にしてしまったオルボーは、すぐに半笑いで打ち消した。
「行くわけねーよな」
アイリーネと一緒に後片づけをしていたキールトは、軽く微笑みながらオルボーの方を向く。
「そうだな」
オルボーはアイリーネをちらりと見て、からかうような口調で言った。
「怖え婚約者がいつも一緒ってのも、考えもんだなあ」
「誰が怖いって?」
構って欲しいのが見え見えの同僚をアイリーネが大げさに睨んでやると、オルボーは嬉しそうにガハハと笑う。
「アイリ、キールトが浮ついた奴じゃなくて良かったな。実は、巡回のときにキールトに秋波を送ってくる花街のおねーさんも結構いるんだぜ?」
「へえ……」
思わず感心したようにアイリーネが幼なじみに目をやると、キールトは困ったように視線を逸らした。
「野薔薇館で一番人気のレフティネちゃんだって、『あの若い銀髪の騎士さまを連れてきてよお』って、しょっちゅう俺におねだりしてくるくらいだしな」
オルボーの発言を聞きつけた隊員たちが、一斉にどよめく。
「あのレフティネちゃんが!?」
「うーわー、レフティネさんて面食いなのかよー」
「いつも指名がいっぱいで、なかなか手合わせしてもらえねえのに」
「いいなあ、キールト」
キールトは煩わしそうな顔をして、皆を急き立てた。
「ほら、早く片づけて出かけろよ。道具置き場の鍵当番は僕らだから、モタモタしてると施錠しちまうぞ?」
隊員たちがぞろぞろと道具をしまいに行く中、オルボーはそこに残り、アイリーネたちに「なあ」と声をかけた。
「実際のところ、おまえらってどうしてるんだよ?」
「どう、って……」
「宿舎では同室とはいえ、四人部屋だから何もできねーだろ? 毎日婚約者と寝起きを共にしてて、よく抑えがきくよなあ」
オルボーが訊きたいことは解ったが、上手い返答が浮かばないアイリーネの隣で、キールトは涼しい顔をして答えた。
「公私はきっちり分けたいからな。僕たちが風紀を乱さないと信じて上の人たちは相部屋にしてくれたんだから、駐屯地にいるときは良き同僚として過ごそうと決めてるんだ。な、アイリ」
「う、うん」
「おお、意識高え……! 二人ともさすが同期の星だな」
称賛の声を上げた後、オルボーはニヤリと意味ありげな笑みを浮かべた。
「――てことは、休暇のときに一気に発散してるってことか」
「え……」
「長い休みに入ると、嬉しそうに連れ立って温泉保養地の別荘に行くもんなあ。再来週から始まる夏期休暇も、待ち遠しくてたまんねえんだろ?」
アイリーネはうんざりした表情になったが、キールトは如才なく「まあな」と笑ってみせた。
「オルボー、もうこのくらいで勘弁してくれよ。娼館の予約に行くんだろう?」
「あっ、いけね」
立ち去ろうとしたオルボーは、ふと「そうだ」と声を出して足を止め、訓練場に残っている隊員たちをきょろきょろと見回した。
「アイリ、キールト、ちょっと待っててくれよ」
オルボーはそう言い残し、ひょろりと背が高い暗褐色の髪の騎士に小走りで近づいていく。
「よう、ルフ!」
オルボーは、ルフと呼ばれた青年の肩に太い腕を回した。
「今夜は一緒に出掛けようぜえ」
ルフは、明らかに迷惑そうな顔をする。
「オルボー、知ってるよね? ぼくは……」
「女も強い酒も嗜まねえのは、よおく分かってるって!」
耳許で大声を出されたルフは、うるさそうに眉間に皺を寄せた。
彼は信仰心が篤く、生涯貞操を守ることを公言している。
「でも腹は減るだろ? 俺も野薔薇館に予約を入れたら、先に腹ごしらえがしてえんだよ。おごってやっから、〝碧のカワセミ亭〟でメシ食おうぜ?」
「えぇ……」
気が進まなそうなルフをオルボーはなんとか説き伏せると、今度は赤毛を後ろで束ねた先輩の方へと寄っていった。
「セティオさーん、メシ行きましょうよ!」
「えっ、おまえ娼館に行くんだろう?」
セティオと呼ばれた先輩は、さっと青ざめる。
「わ、分かってるよな? オレは巡回以外で花街に近づくわけには……」
セティオには、郷里に残してきた許嫁がいる。
嫉妬深く、疑り深く、行動力抜群の許嫁が。
セティオは業務日報よりも細かく日々の行動を記録してまとめたものを一週間ごとに婚約者宅に送ることを課せられているのだが、少しでも矛盾点があると、彼女はそれを追及するために遠路はるばるエルトウィンにまでやってくるのだ。
常に身を慎んで暮らすように心がけていたセティオの品行が買われ、新しく入ってきたアイリーネの同室者のひとりに選ばれてしまったときには、「その女性隊員を検分させてもらいたい」と許婚が駐屯地まで押しかけてきて、ちょっとした騒ぎになったこともある。
「一戦交える前に、まずは腹を満たしときたいんっすよお。花街の反対側にある〝碧のカワセミ亭〟ならいいでしょう?」
「えー……」
「あそこの二階は、婚約者さんがエルトウィンに来たときの定宿っすよね? 日付つきで『本日、セティオ・トゥントは確かにうちで食事しました』って主人に一筆書いてもらえば、きっと大丈夫っす! 牛肉の煮込みに貝の白葡萄酒蒸し、旨いっすよお?」
半ば強引にセティオとも約束を取りつけると、オルボーは満足げにアイリーネたちのもとに戻って来て、珍しく声を潜めた。
「――これで、部屋にはしばらくおまえら二人だけだぞ?」
セティオと同じく、敬虔なルフも、アイリーネたちと同室だ。
手柄でも立てたかのように、オルボーは得意満面の笑みを浮かべる。
「駐屯地から出たときだけなんて堅えこと言わずに、たまには宿舎でイチャついてスッキリしとけよ」
◇ ◇ ◇
「――まあ、気兼ねなく休暇の話ができるのは助かるよね」
宿舎の部屋に戻ると、アイリーネは奥行きのある窓枠にひょいと腰を乗せた。
「私、今回のルーディカへのお土産は、ちょっと大きめの乳鉢にするつもりなんだ」
床から浮いた足を揺らして楽しげに語るアイリーネの隣に、キールトも腰掛ける。
成長期を経て、アイリーネも女性としては長身の部類になったが、キールトの背丈はさらに伸びて、高めの窓枠に座っても足先は床についている。
「思い出したんだよね。ルーディカが『ありがたいことに頼りにしてくださる方が増えて、時間があるときはずっと薬草をすり潰してるんですよ』って言ってたのを」
アイリーネたちが騎士に叙任された年に、ルーディカも地方薬師の審査に合格した。今は、近所の人たちの求めに応じて薬を作りながら高等薬師を目指している。
「あの……」
少し言いにくそうに、キールトは切り出した。
「僕はこの夏、フォルザに行かないでおこうかと思ってるんだ」
「そうなの? 実家の方で何か用事でもあるの?」
「いや、その……」
キールトは少し俯く。
「前回の休暇のとき、フォルザを発つ前日にルーディカと意見が食い違って……」
アイリーネは記憶を辿った。そういえば向こうを離れる際、ふたりは言葉を交わしていなかったような気がする。見送りの場にはルーディカの祖父母であるケニース夫妻もいたので、わざとそうふるまったのだとアイリーネは思っていた。
「喧嘩したの?」
「……てことになるのかな」
「珍しい」
引き合わせてから十年近くになるが、会うたびにふたりはとても幸せそうで、小さな言い争いをしているところすらアイリーネは見たことがなかった。
「エルトウィンに戻ってきてから一度手紙を送ったけど……ルーディカから返事は来なかった」
「えっ……」
アイリーネの方は、ごく普通にルーディカと便りを交わしている。
あの温和なルーディカがそこまで頑なになっているのかと、アイリーネは驚いた。
「こんな状態になったのは初めてで、正直、会うのが怖いんだ」
「――でも、会わないと、謝ったり話し合ったりすることもできないんじゃない?」
些細な喧嘩が原因で恋人と別れたなどという話も同僚たちからは聞いたりするが、アイリーネには、幼いころから秘密の恋を一途に守り続けてきたふたりの仲がそう簡単に壊れるとは思えなかった。
「直接顔を合わせたら、仲直りできるような気がするよ」
励ますようにそう言ったアイリーネの方に、キールトは顔を向ける。
「……なあアイリ、女の人って……」
そこでキールトは沈黙すると、「――やっぱりいいや」と呟いた。
◇ ◇ ◇
詮索するようなことはしなかったルーディカとキールトの仲違いの理由を、アイリーネはフォルザに着いてから知ることとなる。
「あの……」
別荘の敷地内に作られた薬草園で、せっせと雑草取りを手伝っていたアイリーネに、ルーディカは思い切ったように訊ねた。
「ア、アイリ様は、結婚前の男女が肌を重ねることについて、どう思われますか?」
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