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☆ショートストーリー☆

年下女騎士は生意気で 9

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「――あの」
 謹慎中とは思えないほど弾んでいたブレッグの一人語りを中断させたのは、フィンだった。

「なんだ? 
 ブレッグは、にこやかにフィンを見る。

っすけど……って、そこはもうどうでもいいや」
 フィンは肩をすくめた。

「ブレッグさんが『ガレムアの指南書』を持ってるって嘘をついて、夜中にストイムが訪ねて来るよう仕向けたってのは良く分かりました。――てことは、それまではストイムと部屋を行き来したり、私的に二人きりになるような仲じゃなかったってことですよね?」

「だからさっきも言っただろう? 好感を持っている者同士がちょっとした言い訳をしながら、大きく仲を進展させようとしてたところだったと」

 フィンは不思議そうに目を眇める。

「お互いに好意があるんなら、そんなまどろっこしいことをしなくても、はっきりと二人だけで会いたいって言えばいいんじゃないっすか?」

 ブレッグは一瞬言葉に詰まったが、すぐに口の端に余裕めいた笑みを浮かべた。

「はは、やっぱり君はまだ若いなあ……! いたずらっぽい合図を送り合って距離を縮めていく愉しみを知らないのか」

「あ、あの、すみません」
 アイリーネも、おずおずと質問を挟む。
「その合図というのを、ティアーナからもブレッグ小隊長に送っていたとおっしゃるんでしょうか……?」

 ブレッグは半笑いで呆れたように「ハヤブサ……」と言った。

「婚約者と同様に、君もこういうことに関しては修行不足なのか? 明確な言葉なんてなくても、仕草や表情から確かに伝わってくるものがあるんだがなあ。――そうだオルボー、既婚者の君なら解るんじゃないか?」

「へっ!?」
 いきなり水を向けられたオルボーは、おたおたしながら答える。
「お、俺は、相手の気持ちを読み違えてばっかなんで、結局、真正面から言葉を尽くして確かめるしかねえっていうか……」

「参ったなあ……!」
 ブレッグはいかにも可笑しそうに声を上げて笑った。

「揃いも揃ってこういうことには疎いときたか。無骨者揃いと言われるエルトウィンの騎士とはいえ、さすがに情けな……」
「結論としては」

 再びフィンがブレッグの話の腰を折った。

「ブレッグ小隊長はストイムの恋人じゃなかった、ってことっすよね?」

「は?」
 ブレッグは慌てたようにフィンの方を向く。
「おい、俺の話を聞いてたのか?」

「よく聞いてましたよ」
 フィンは面倒くさそうに栗色の髪をくしゃりとかき上げた。

「ストイムとブレッグさんは、部屋を行き来して二人っきりになるような関係でもなかったし、はっきりとした言葉で双方の気持ちを確認し合ったこともなかった。そうですよね?」

「う……だからそれは」
 
 ブレッグが口ごもったところで、アイリーネも畳み掛ける。

「ティアーナの方は、『恋人ではない』と一貫して訴え続けています。失礼ですが、お互いの認識にかなりのズレがあったのではないでしょうか?」

「ハヤブサ……!」
 自尊心を傷つけられたのか、ブレッグは語気を荒らげた。
「君は、この俺が憐れなモテない男どものように、空回りな勘違いをしてたって言うのか!?」

「そんなことは……」

 横からフィンが口を挟む。
「まあ、モテる男の慢心も、時には独りよがりな勘違いにつながるんじゃないっすか?」

 取りなすつもりがあるのかないのか分からないような言葉は、さらにブレッグの神経を逆撫でてしまったようだった。
「なんだその言い草はっ。立場をわきまえているのか、フィン・マナカール!」

 余裕をなくしたブレッグに、フィンはニヤリとする。
「――ああ、ちゃんと知ってるんじゃないっすか、俺の名前」

「なっ……」
「立場はわきまえてるつもりですよ? 先輩だろうと忖度することなく、聴取担当者として公正に事実を引き出さなきゃならないって肝に銘じてます」

 顔を真っ赤にしたブレッグは、「本当に生意気な奴だっ……!」と、いまいましげに吐き捨てた。
「いきなり出てきて陛下の目の前で優勝をかっさらったときから、遠慮を知らないふてぶてしい小僧だと思っていたが……」

 ブレッグが御前試合での敗北を未だに執念深く引きずっていたことを知り、アイリーネは目を丸くする。その遺恨から、わざとフィンの名前を憶えていないふりをしていたのだろうか。

「クソッ、どいつもこいつもバカにしやがって……!」

 憤りが収まらない様子のブレッグを眺めながら、今日のところはこれ以上話を聞くのは難しそうだとアイリーネが思ったとき、オルボーが遠慮がちに口を開いた。

「お、俺なんかは、独身時代ずっとモテなかったんで……」

 唐突に始まった自分語りに、ブレッグは訝しげに後輩騎士を見る。

「縁がないってことが分かっても、いつまでもウジウジと諦められなかったりしたんっすけど、ブレッグさんみたいに余裕のある人は、きっと全然違うんでしょうね」
「――なに?」

 険しい目つきをしたままのブレッグに向かって、オルボーは「へへっ」と照れたような微笑みを浮かべてみせた。

「正直うらやましいっすよお。モテる人には、後から後からいい女が寄ってくるんでしょう?」
「あ……、ま、まあな」
「恋愛に発展しなかった相手なんて、ちっとも惜しむことなくサラリと忘れて、次に行っちまう感じですか?」
「そ……そうだな」

「さぁすがっすよねえ……!」
 オルボーはいたく感心したような声を上げた。
「余裕がある人特有のさっぱりとした姿勢、モテねー奴からしたらすんげえ眩しいっす!」

「そ、そうか?」
 ブレッグの表情が和らいでいく。

 アイリーネとフィンは、驚きを含んだ横目でオルボーを見た。あの不躾なオルボーが〝持ち上げつつなだめる〟などという技をここまで身に着けているとは。

「そうやってブレッグさんがカッコよく去っていくと、相手は逆に『えっ、ちょっと待って』ってなっちまいそうですよね? ティアーナだって、後々『あのとき恋人になっておけばよかった……』なんて悔やんだりするかも知れませんね」
「まあ、そのときはもう遅いけどな」
「あっちから言い寄られたとしても、お断りっすか?」
「『初めからまるで縁がなかったんだ』って、はっきり言ってやるさ」

 語るに落ちたことに気づかず得意げに口角を上げたブレッグに、すかさずアイリーネが念を押した。

「ということは、やはりティアーナと恋人関係には至っていなかったんですね?」

 ブレッグはハッとする。すっかり見くびっていたオルボーに誘導されたことを自覚すると、洒落た髭の小隊長は悔しそうに顔を歪めた。

「……厳密に言えばな。何かが始まろうとしていたのも事実だが……」

 絞り出すような答えを耳にした聴取担当者たちの顔に、安堵の色が浮かぶ。
 アーク・コリードほどの潔さはなかったが、これでノイル・ブレッグもティアーナと交際していなかったことを認めた。ティアーナの望みどおり、騒動が痴話喧嘩として処理されることはなくなるだろう。

 静かに嬉しさをにじませるアイリーネたちに、ブレッグは面白くなさそうに吐き捨てた。
「欲しかった言質げんちは取れたんだろう? とっとと出てってくれ……!」

「すみません、もうひとつだけ」
「まだ何かあるのか」

 迷惑そうなブレッグに頓着することなく、アイリーネは訊ねる。

「なぜ、ティアーナはお二人に暴力をふるったんでしょうか?」

 詳細は自分の口から語れないとしながらも、怪我を負わされた側のアークが『ティアーナは悪くない』とまで言っていた。ブレッグも騒動の当事者の一人として、経緯や詳細を知っているはずだ。

 虚を衝かれたような顔をしたブレッグは、やがて片頬に意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「ハヤブサ、君たちがこの部屋に来て間もなく、俺はティアーナから聞き取った内容についていくつか質問をしたよな?」
「え、ええ……」
「彼女は暴力に及んだ理由を、俺たちがつかみ合いになりそうだったので止めに入って勢い余った、と証言したんじゃなかったか?」

 三人は自分たちの失態に気がついた。それは先にブレッグの耳に入れてはいけない情報だったのだ。

「ティアーナ自身が言ったことなんだから、それが真実なんだろうなあ」
「でも……」

 意趣返しでもしているつもりなのか、小気味良さそうにブレッグは言い放った。
「これ以上、俺からは何も言うことはない……!」

   ◇  ◇  ◇

 馬の帰り支度をしてもらっている間、聴取担当の三人は厩舎の外で立ち話をした。

「大事な発言を引き出すことができたのは、オルボーのおかげだよ」
「オルボーさんに、あんなすげえワザがあったなんて」

 アイリーネとフィンから口々に褒められ、オルボーは面映ゆそうな顔をする。

「ま、まあ、結婚してから色々あったんだよ。嫁さんの一族はみんな自己主張が激しくて、俺が言い分を聞いて調整する役みたいになっちまってるから、いつの間にか鍛えられたんだろう」

 オルボーは「でもよお……」と呟きながら、さっきまでいた宿舎の方に目をやった。

「ティアーナが暴力をふるった理由に迫れなかったのは残念だったなあ。また時間を置いて訊ねてみるつもりだけど、次はブレッグさんも用心深くなってそうだよな」

「俺はずっと、ストイムが語った状況と暴行の内容が噛み合わないのが不思議だったんっすよ」

 隊長と同じように、フィンもティアーナの証言の不自然な部分に気がついていたようだ。

「アークから話を聞いたことによって、やっぱりあれは〝勢い余った〟んじゃないって確信に変わりました」

「暴力について、たとえ厳しい処分を受けたとしても、ティアーナは本当のことを言いたくないってことだよね……」

 三人はそれぞれしばらく考え込んだ。

「あの、思うんだけどよ……」
 見たこともないような神妙な顔で、オルボーが切り出す。

「もしかしてティアーナは、表沙汰にしたくないほど不名誉なことを、あの二人からされたんじゃねえのか……?」
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