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☆ショートストーリー☆

年下女騎士は生意気で 4

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 二回目の聴取は、翌日の午後から行われることとなった。

 午前中に部下たちと近隣の巡回を終えたアイリーネは、一足先に面談室に入り、他の二人が来るのを待っていた。

 窓からそそぐ早春の陽光は暖かく、睡眠不足ぎみのアイリーネは大きなあくびをする。

「どうするかなあ……」

 前日の聴取のさい、フィンとティアーナは少し険悪な雰囲気になってしまった。
 どうやって二人の間を取り持とうかとアイリーネが考えを巡らせていると、廊下からフィンの声がした。

「だから、変なクセがついてるんだって」
「え~っ、でもあたし、ずっとあれでやってきたんですよお」

 女性の弾んだ声が響くと同時に、扉が開く。

「おっ、リーネ、早いな」

 明るい表情を浮かべたフィンとティアーナが揃って中に入ってきて、アイリーネは虚を衝かれたような顔になった。

「アイリ先輩、巡回お疲れさまでしたあ」

 二人はそれぞれ前日と同じ席に着く。

 ティアーナはにこにこしながら、向かい側のアイリーネに告げた。
「午前中、フィン先輩の小隊の剣の稽古に交ぜてもらってたんです」

「あ、そうなんだ」
「もう、厳しい厳しい」

 ティアーナが冗談めかして嘆いてみせると、フィンも笑う。

「あれくらいで音を上げてどうする。グラーニ小隊長の訓練なんか、もっときついんだぞ」

 なあ、と、笑顔を向けられたアイリーネは、慌てて微笑み返した。
「わ、私はそんなに厳しくないよ」

「いや、元部下の俺が言うんだから間違いない」
「わあ、じゃあ、あたしだったらついていけないかも~」
「もっと体力つけねえとな」

 前日とは打って変わって友好的な二人の様子にアイリーネは内心驚きながらも、打ち解けたのは良いことだと思い、手許の書類をめくった。

   ◇  ◇  ◇

 初回の停滞感が嘘のように、ティアーナの聴取は順調に進んでいった。

 三回目の面談を終えたころには、彼女から見た二人の男性隊員との関係性や、騒動の経緯などが、ほとんどつまびらかになった。

「リーネ、今日の聞き取りが終わったら、おまえか俺のどっちでもいいから内容を報告に来るようにって隊長が言ってたんだが――」

 総まとめのための四回目の聴取が行われる日、アイリーネとフィンはティアーナよりも先に面談室に着いていた。

「あ、じゃあ私が行くよ。備品のことで相談もあるし」
「助かる。この後、ストイムに稽古をつけるよう頼まれてるんだ。悪いけど、よろしくな」
「ティアーナ、頑張ってるもんね」
「ああ。意外と根気あるんだよなあ」

 初めてフィンの小隊の剣の訓練に加えてもらって以来、ティアーナは毎日フィンの空き時間を確かめ、熱心に教えを請うようになっていた。

「あいつ、やっと剣術が面白くなってきたらしい」
「ここのところ、手にできたマメの手当てが終わると、『心地よく疲れましたあ……』って、倒れ込むようにしてすぐ眠っちゃうよ」

 そのとき扉を叩く音がし、ティアーナが「失礼しまぁす」と入ってきた。

「あれっ、お待たせしちゃってました? すみませー……」
「ストイム」

 横を通り過ぎようとしたティアーナの手を、フィンがいきなり掴む。

「え……」
「見せてみろ」

 目を丸くしたティアーナの様子には頓着せず、フィンは後輩騎士の手のひらをぐっと引き寄せると、じろじろと眺めた。

「よし、ちゃんと剣を握れてるな。正しい位置にマメができてる」

 満足そうに頷き、ようやくフィンは手を放した。
「しばらくは痛いだろう。化膿させないように、手当ては欠かすなよ」

   ◇  ◇  ◇

「『ガレムアの指南書』だと……?」

 四回分の聴取の内容をまとめた書類に目を通していた隊長オスカー・エングスは、胡散臭さそうに顔をしかめ、報告者であるアイリーネを見た。

「はい。あの日の昼間、当番だったティアーナが一人でブレッグ小隊長のもとへ行った際に、なかなか剣の腕が上がらないことを相談したんだそうです。そしたら小隊長は、実は自分は騎士になったばかりの頃に幻の指南書を入手して上手くなったのだと打ち明けてきたと」

「ブレッグの剣の腕前はかなりのものとはいえ、にわかには信じがたいな……」

 アイリーネの脳裏に、第二中隊の小隊長、ノイル・ブレッグの姿が浮かぶ。
 口元に洒落た髭をたくわえ、自信に満ちた表情をした二十代半ばの男性だ。

 一昨年、アイリーネは各駐屯地の精鋭を集めた剣術大会でブレッグと対戦したことがある。
『〝漆黒のハヤブサ〟と手合わせができるなんて光栄だなあ』と、余裕の笑みを浮かべていたブレッグの剣さばきは確かに巧みだったが、特に珍しさを感じさせる戦い方というわけでもなく、繰り出す技は現在主流の剣術そのものだったように思う。

「それで、『他の隊員には秘密だけど、お前になら貸してやる』なんて甘言に乗ったティアーナは、指示された通り、消灯後にブレッグを訪ねちまったんだな?」
「はい」

 隊長は、深々とため息をついた。
「軽はずみだ」

「ティアーナも反省していました。『どうしても上達したくて、目がくらんでしまった』って」

「それで……」
 聴取内容を読んで、オスカーは眉間の皺を深くする。
「自室から出てきたブレッグは手ぶらで、『本は部屋の中にある』と言ったのか」

「ティアーナは、廊下で待っているから持ってきて欲しいと頼んだそうですが、小隊長は『少々説明することがあるから、中に入るように』と」

「怪しすぎるだろう!」
 娘が五人もいる熱血漢は、憤慨したような声を上げた。
「俺には下心があるとしか思えんぞ!? 万が一下心はなかったとしても、大いに問題がある誘導だ」

「そうですよね」
「そのときに、相部屋からティアーナをけてきたアーク・コリードが飛び出してきて、二人の間に割って入ったんだな?」
「はい」
「俺はよく知らない隊員だが、お手柄だ」

 アイリーネも、入隊二年目だというアークとは面識がない。ティアーナが語ったところによると、同期で同室だというその若い騎士とは、休日に一緒に外出するような仲の良い友人関係だったのだという。

「しかし、それなのになぜ、アークまでティアーナから頭突きを食らったんだ?」
「ブレッグ小隊長とアークが口論からつかみ合い寸前になったので、ティアーナは横からそれを止めようとして、勢い余って暴力に及んだのだと言っていました」

「ほう……?」
 オスカーは無精髭をさすりながら首を傾げた。
「それはちょっとおかしいな」

「おかしい……?」

 書き付けられた一文を、隊長はなぞる。
「ティアーナは、アークの鼻面には頭突きを、ブレッグの股間には膝蹴りをしたと言ったんだよな?」
「ええ。第二中隊の報告書でもそうなっています」
「どちらも、かなり接近した上で真正面から繰り出す技だ。ティアーナが彼らと正対してないとできないことだろう?」
「あ……」

「取っ組み合いを始めそうなほど距離を詰めて血気盛んになっている両者を止めようとするなら、身体ごと割って入るか、肩をつかむか、どちらかを後ろから引きはがすか……。横から仲裁に入ったティアーナがそれぞれの正面から一撃ずつ食らわして制止したというのは、どこか不自然だ」

 アイリーネは「確かに……」と呟く。
「顔面への頭突きや股間への膝蹴りなんて、まるで自分自身の目の前に敵が迫ってきたときの護身術のようですよね」

「第二中隊からの報告書によると、あちらで行われた聴取では、ティアーナは二人に危害を加えた理由を語りたがらなかったという。本当に、仲裁のためにやったことなんだろうか……?」

 しばらく黙って考えた後、隊長は口を開いた。

「――アイリ、明日の定例連絡会議は、第二中隊の駐屯地であるんだったよな?」
「あ、はい」
第一中隊うちからはお前が出席する予定だったな」
「ええ」
「第二中隊でもブレッグとアークの再聴取を進めているはずだ。俺からの手紙を持たせるから、フィンと一緒に行って、会議の後にでも向こうの担当者と聴取の状況や内容について突き合わせてきてくれ」

   ◇  ◇  ◇

 春先はまだ日が短く、あたりがどんどん薄暗くなってくる中、アイリーネは隊長からの指示をフィンに伝えるため鍛錬場を目指した。

 大きな鍛錬場には誰もいなかったので、用具小屋の脇にある少人数で使う練習場の方にアイリーネが向かうと、低い煉瓦塀越しにふたつの人影が見えた。
 稽古を終えたばかりで暑いのか、空気は冷たくなってきているのにフィンとティアーナは上着も羽織らずに立ち話をしていた。

 ティアーナに何か言われたフィンが、袖まくりをしてむき出しになっている自分の腕をじっと見つめる。

「フィ……」
 遠くからアイリーネが声をかけようとしたそのとき、ティアーナの手がすっと伸びて、その指がフィンの手首に巻きついた。

 そのまま二人は笑みを浮かべて何やら言葉を交わす。

 ようやく手を放したティアーナがまた何か言うと、フィンはなぜか少し顔を赤くして、ティアーナの頭を軽く小突いた。
 肩をすくめたティアーナは、少し乱れたふわふわの金髪を整えながら、けらけらと笑う。

――その光景は、アイリーネの目にはとても親しげなものに映った。
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