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☆ショートストーリー☆
年下女騎士は生意気で 2
しおりを挟む――四日前の深夜、第二中隊の駐屯地でその騒動は起きた。
突然、消灯後の静寂を切り裂くような悲鳴が宿舎内に響き渡った。
甲高いが、男性のものだと判る叫び声だった。
非常事態かと寝床を飛び出した隊員たちが駆けつけると、廊下の突き当たりでは異様な光景が広がっていた。
窓から射し込む月光に照らし出されていたのは、三人の男女。
白い寝衣に身を包んで立ち尽くす女性、少し離れて鼻から血を流している男性、床にうずくまり呻き声を漏らしている男性の姿があった。
寝間着の女性は、入隊二年目のティアーナ・ストイム。
鼻血の男性は、ティアーナの同期で同室のアーク・コリード。
床に伏した男性は、彼らが所属する小隊をまとめるノイル・ブレッグ。
アークは顔面に頭突きをされ、ブレッグ小隊長は股間を蹴られたらしい。――どちらも、ティアーナから。
幸い二人とも軽傷で済んだため翌朝から聴取が始まったのだが、三人別々に事情を聴いた上層部は、あまりの食い違いに首をひねることとなった。
小隊長であるブレッグは、「自分の恋人であるティアーナが部屋を訪ねてきたところ、横恋慕をしているアークが乗り込んできて揉めた」と証言した。
アークは、「自分の恋人であるティアーナをブレッグが部屋に誘い込もうとしていたので、守ろうとして揉めた」と主張した。
そして、二人に暴力をふるったことを素直に認めたティアーナは、きっぱりとこう告げた。
「あたしは、どちらの恋人でもありません」
なぜ二人に危害を加えたのか訊ねられると、ティアーナは頑なに口をつぐみ、「あの人たちに訊いてください」と言うばかりだった。
困った上層部は、今度は三人を同席させて再度詳しく事情を訊ねようとしたのだが、それが裏目に出た。
初っ端から「あなたたちと恋人として交際していたつもりはこれっぽっちもなかった」と言い放ったティアーナを、ブレッグとアークは聞くに堪えない言葉で口汚く罵り始め、収拾がつかなくなってしまったのだ。
判断を逸った上層部は、この騒動を〝男女の三角関係のもつれによる痴話喧嘩〟として片づけようとしたのだが、それに対してティアーナは激しく反発した。
二人に怪我を負わせたことへの処分は甘んじて受けるつもりだが、事実を捻じ曲げて処理するつもりなら、そのずさんな対応ぶりを全ての騎士団の最高指揮権を持つ国王陛下に訴え出ると言い出したのだ。
大事になるのを恐れた上層部は精査を続けることとし、その間ティアーナの身柄は第一中隊に預け、本人の希望もあって彼女の聴取もそちらに任せることにしたのだった。
◇ ◇ ◇
「――ということで、明日の午前中から話を聴かせてもらうことになったから」
「はあーい」
ティアーナは、隣に横たわるアイリーネに向かって元気に返事をした。
小隊長の個室にある寝台は大きめなので、二人で一緒に使っている。
「聴取の担当が、アイリ先輩とフィン先輩で良かったあぁ」
安堵したような声を上げて寝衣に包まれた身体をぐっと伸ばしたティアーナに、アイリーネは言った。
「だから今夜は、夜更かしせずに早く寝……」
「――アイリ先輩、いやらしい話はもうお腹いっぱいですかあ?」
ぐっと言葉に詰まったアイリーネを、ティアーナはからかうような横目で見る。
「毎晩『早く寝なさい』って言いながらも、アイリ先輩だって興味津々でしたよね?」
「わ、私は別に……」
ティアーナは、ふふっといたずらっぽく笑った。
「もしかして、アイリ先輩ってフィン先輩が初めての人だったんですか?」
「は……?」
「最初は、アイリ先輩の方が年上だから、フィン先輩に手取り足取りいろんなことを教えてあげたのかなーなんて思ってたんですけど、いちいち反応が初々しすぎて」
アイリーネの顔が赤く染まる。
「別の婚約者がいたアイリ先輩をフィン先輩が奪ったなんて噂もあるみたいですし、親が決めた許婚がいたところを、フィン先輩が情熱的に抱いて掻っ攫ったって感じですか?」
「ティ、ティアーナ!」
アイリーネはうろたえながら後輩騎士を諫めた。
「い、以前、幼なじみの婚約者がいたことは事実だけど、そういう勘繰りは、騎士団の信条である『高潔であれ』に反するからっ」
ティアーナは「すみませ~ん」と謝りつつもひとしきり笑うと、ふっと柔らかく目を細めた。
「ほんと、アイリ先輩っていいなあ。強くて綺麗で可愛くて……。あたしも、アイリ先輩みたいな騎士になりたかったな」
「わ……私?」
ティアーナは小さく肩をすくめる。
「自然体でそうなってるアイリ先輩には理解してもらえないかも知れませんけど、あたし、最初に騎士を志したときからずっと、男だらけの中にいても女であることを忘れない、美しさと強さを兼ね備えた女性騎士を目指してるんですよね」
アイリーネは、どこか懐かしげに表情を緩めた。
「ああ……」
ティアーナはアイリーネの反応に目を丸くする。
「おかしな目標だと思われないんですか?」
「思わないよ」
アイリーネは嬉しそうに言った。
「私の修行先にも、〝いまだかつてない優美さと強さを併せ持つ女騎士〟になろうと頑張ってた女の子がいたんだ」
ティアーナの瞳が輝く。
「そんな方がいらしたんですか?」
「うん、言葉遣いも貴婦人然としててね。騎士としての鍛錬も、淑女らしくあることも、両方とも手を抜かずに励んでて、いつもすごいなって思ってた」
「その方は、今はどちらの隊に?」
「進路を変えて結婚して、男爵夫人として活躍してるよ」
たちまち落胆の色がティアーナの顔に浮かぶ。
「やっぱり難しいのかなあ……。アイリ先輩みたいな女性騎士って、本当に稀なんでしょうね」
「そんなに買い被られても……」
アイリーネは困ったように微笑んだ。
「私は、姉妹たちから『ほんと騎士脳なんだからっ』とか『年頃の淑女だってことを思い出して!』とか、しょっちゅう叱られてるくらいだから、ティアーナが憧れてるような騎士像とは程遠いよ」
「無意識なのにそんなに素敵だから羨ましいんですよ。言葉遣いだって自然だし。女性騎士の中には、限りなく男性のようにふるまおうとする人もいるじゃないですか」
「え、そんな人いる?」
「いますよお。あたし、第三中隊に預かってもらうことにならなくて、本当に良かったと思ってますもん」
「第三中隊?」
エルトウィンの東側を護っている中隊だ。
「あの〝鋼鉄の氷柱〟のところはキツいですよ~」
アイリーネの脳裏に、銀灰色の短髪のきりっとした麗人が浮かぶ。
第三中隊の副隊長は、デイラ・クラーチという腕利きの女性騎士だ。
その冷然とした態度や戦いぶりから、〝鋼鉄の氷柱〟の異名がついている。
「あの人なんて、完全な男言葉だし、髪もあんなに短くして、にこりともしないじゃないですか。アイリ先輩とは大違いです」
「クラーチ副隊長は、ああ見えて気さくなところもあるんだよ? それに私の場合は、騎士を志したときに『男言葉を使わない』『髪を短くしない』って両親に約束させられたのもあるから……」
ティアーナは軽く睨むような目つきでアイリーネを見た。
「安易に悪口に乗っからないとこも含めて、アイリ先輩ってほーんとに高潔ですね」
称賛半分、嫌味半分なのはアイリーネにも伝わった。かつて姉から言われた『あなたには難しいかも知れないけど、時には悪口に同調してあげることも社交術よ』という言葉を思い出し、アイリーネは苦笑する。
「ところでティアーナ、やっぱり布を巻いて胸を押さえる気にはなれない?」
ティアーナの鼻の根元に皺が寄る。
「……注意するよう言われたんですね?」
「隊員たちの目がそこに行っちゃうみたい。女の私でもつい見ちゃうし。それに、あんまり揺れると痛くない? 身体を動かすとき邪魔になるだろうし」
「慣れました」
「あんまりきつく巻かなきゃ、そんなに苦しくないよ」
「あたしさっき、女であることを忘れた騎士にはなりたくないって言いましたよね?」
少し苛立った口調になったティアーナに、アイリーネは穏やかに返した。
「胸のあたりを不必要にじろじろ見られたくないっていうのも、女の人にありがちな心情だと思うんだけど」
返答に詰まったティアーナは、拗ねたようにぷいっと寝返りを打ち、アイリーネに背中を向けた。
「検討しまーす。おやすみなさーい」
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