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☆ショートストーリー☆

小舅戦争 1

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「フィン・マナカール」

 黒髪の小隊長は、厳しい声で部下の名前を呼んだ。
「ちゃんと質問に答えなさい」

 小さな机を挟んで向い合って座っている栗色の髪の騎士は、むっつりと唇を結んで視線を逸らしたままだ。机に置かれた拳の指の付け根は、赤く腫れ上がっている。

「フィン」

 小隊長アイリーネ・グラーニは、どうしたらこの入隊して半年の〝懐かない仔犬〟のような部下の口を割らせることができるのか、全く見当がつかなかった。

「何か理由があるんでしょう?」

 親しげに接してはくれないし、言葉遣いも乱暴だが、この年下騎士が筋の通らないことはしないというのは、入隊時から見守ってきたアイリーネにはよく分かっている。

「このまま聴取に応じないと、否応なしに一週間も懲罰房ちょうばつぼうにいることになるんだよ? ――ね、経緯を話して」

 はなから話すつもりはないとでもいうように、フィンは不愛想な顔をして沈黙を続ける。隊員たちの間でも『可愛いのは外見だけ』と言われているだけあって、かなりの強情ぶりだ。

「ねえフィン、仲間内でも時にはいさかいが起こるものだけど、オスレンは鼻の骨を折って顎もおかしくして、ガイムは歯を三本も折ったんだよ? いくら腹が立ったとしても、私闘は許されることじゃない」

 あいつらを仲間だなんて思ったことはねえけどな、と思いながらフィンは吐き捨てる。
「クッソうるせえイビキと歯ぎしりが治るかも知れねーし、もっとやってやれば良かった」

「フィンッ!」

 頑なな水色の瞳が、アイリーネを見据える。
「――懲罰房に入ります」

「簡単に言うけど、牢屋と同じだよ?」
「構いません」

 アイリーネは自分の上官としての力不足を痛感し、大きなため息をついた。

   ◇  ◇  ◇

「生きてるか」

 厚い扉に付けられた格子つきの窓の外から、聞き覚えのある穏やかな声がした。

 半地下の黴臭い湿気を吸い込んだ藁の上に膝を抱えて座っていたフィンは、薄暗がりの中から鋭い目つきでその銀髪の男を見上げる。

「腹減っただろう」

 食事は一日に一度、小さな硬いパンと水しか与えられていない。

「動いてないから別に。――何の用っすか」

 懲罰房に入って三日目のフィンを訪ねてきたのは、別の隊の小隊長を務めるキールト・ケリブレだった。

「面会は許されてないはずでしょう」
「基本的にはな。でも、情状酌量の可能性が出てきたから、特別に入れてもらった」

 フィンは眉を顰める。
「……カノートさんですか」

 宿舎の部屋で暴力沙汰が起きたとき、同室の一年先輩のカノート・クニオルもそこにいた。
「黙ってろって言ったのに」

〝被害者〟とされるオスレンとガイムが自ら詳細を語れるはずもないし、カノートさえ沈黙を守っていればそれで済むはずだった。

「懲罰房に一週間ってのはさすがにきつすぎるって、こっそり僕のところに相談に来てくれたんだ。アイリにはまだ話してないし、隊長にも『少し疑問点があるので聴取させてください』って言ってここに入る許可をもらった」

 フィンは少しほっとしたような表情になる。
「蒸し返さなくても、俺はもうこのままでいいですから」

「――証拠もあるのに?」
 窓越しにキールトが一枚の紙をひらひらとさせると、フィンの顔色が変わった。

「あんた、それ、見っ……」
 フィンは慌てて立ち上がり、扉のところまで駆け寄る。

「ひっどい絵だよなあ」
 口調はのんびりとしているが目は笑っていないキールトに向かって、フィンは声を張り上げた。
「捨てろよ、そんなもんっ」

「今すぐ焼き捨てたいし、できることなら僕も奴らをぶん殴りたい」

 キールトが冷ややかに眺めているその紙に何が描かれているのか、フィンは知っていた。

 そこには稚拙な線で、一糸まとわぬ長い黒髪の女性と、その身体にまたがる大きな図体をした男、そして女性の腕を押さえている手が描かれているはずだ。
 下手な文字もごちゃごちゃと書き添えられていて、ご丁寧なことに、大きな男の横には〝オスレン〟、手のあたりには〝ガイム〟と記されているだろう。

「ガイムは絵心がないな。オスレンをちゃんとデブに描いたのは評価するけど」

 その絵が、いつも威張り散らしているオスレンの腰巾着のガイムの手によるものだということも、キールトは聞き及んでいるようだ。

「『キールトなんかより、ずっといいわあ』か……」
 女性の頭の横あたりに書かれた台詞を読み上げ、アイリーネの婚約者であるキールトは複雑そうな表情を浮かべる。

 オスレンたちが「あんなのでも、許嫁の下では股おっ広げてアンアン言ってるのかねえ」などと笑い合っていたのを思い出し、フィンは更に苦々しい顔になる。

「あいつら、剣の扱いについてアイリに厳しく叱責されたらしいな」
「……あれは叱られて当然でした」

 稽古中に二人でふざけ合っていて、オスレンの剣が他の隊員の首のあたりをかすめたのだ。

「それが気に入らなかったからって、これはないよな。本気で企てたわけじゃないにしても、『アイリーネ・グラーニ襲撃計画』なんて……」
 キールトは呆れたように、紙の上の方にでかでかと書き込まれた題字のようなものを指差す。

 確かに、腹立ちまぎれの下品な妄想を絵や文字にしただけで、実際に行動に移そうなどとはオスレンたちも考えていなかっただろう。
 しかし、「ガイム、お前があの女の腕を押さえろよ?」「そしたらオスレンが脚衣を素早く下ろして」などと愉快そうに笑いながら下卑た絵を描いているのを目にしたら、フィンは怒りを抑えられなくなった。

「こんなにはっきりと文字にしてあったら、たとえ冗談だろうと共謀の疑いありだ。『高潔であれ』という騎士団の信条にも大きく反してる。あいつらこそ懲罰房に長く入らなきゃいけないぞ」

 キールトがそう言うと、フィンは奥歯をぐっと噛み締めた。
「……あんたは、グラーニ小隊長にこんなことを話せるんですか」

 キールトは溜め息をつく。
「気は進まないけど、アイリはこんなことで取り乱したりはしないと思う。……内心傷つきはするだろうけどな」

 フィンはしばらく黙った後、格子の向こうの先輩騎士に切り出した。
「――あのっ、俺、これからもずっと騎士を続けていくつもりなんすけど」

「うん?」
 よく呑み込めないと言った様子でキールトは相槌を打つ。

「そうすると、そんな目に遭いたいわけじゃないけど、この先もしかしたら敵の捕虜になるような事態に陥ったりするかも知れませんよね?」
「あ、ああ……?」

「だ……だから、そういうときの訓練だと思って、ここで一週間過ごしてみたいんです」
 キールトは驚いたようにフィンをじっと見た。

「お願いします。このままにしておいてください……!」
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