年下騎士は生意気で

乙女田スミレ

文字の大きさ
上 下
46 / 52

46 招かれざる訪問者

しおりを挟む


 状況を正確に把握しなくてはと、アイリーネは注意深く様子を探っていた。

「ルーディカお姉さま、とお呼びしても?」

  子供のものでもなければ大人のものでもない不安定な声が、ところどころキンと高く掠れて室内に響く。

「は、はあ……」
  ルーディカは困惑したように、目の前に立つ少年……と言うには、やや違和感がある立派な体格の彼を見上げ、曖昧な返事をした。

「ああ、それにしても、こんな春風のように愛らしいおかたが、ぼくの再従姉はとこだなんて……!」

  脂肪をたっぷりと蓄えた大きな身体を揺らしてルーディカを賛美しているのは、王弟コーヘリッグ公爵のただ一人の孫、イドラン・マコルウィンだった。

「ぼくは、なんという果報者でしょう!」

  フィンが再び部屋を訪ねてきたのだと思い、アイリーネが覚悟を決めて扉を開けると、そこに笑みをたたえて立っていたのは、この十四歳の〝末恐ろしき蕩児とうじ〟だった。

  悪名だけは遠くエルトウィンにまでとどろいていたが、実際にその姿を目にしたことはなかったアイリーネから「どなたですか」と訊ねられ、「ぼくを知らないのか!」と機嫌を損ねた蕩児は、アイリーネの後方にルーディカの姿を認めると、「ルーディカ姫ですね!?」と目を輝かせ、小柄な従者を従えてするりと室内に入り込んでしまったのだ。

 イドランは一方的に自己紹介を済ませると、再従姉はとことの距離をぐいぐいと縮めようとし始めた。

「瞳も髪も、ぼくたちって本当によく似ていますよね……! 青と金! 英雄オルウィンの色だ」

  共通するのはざっくりと分類した〝色〟だけだと、アイリーネは思う。

  確かにイドランの虹彩部分はルーディカと同じように青かったが、噂通りの不摂生がたたっているのか白目はどろりと濁っているし、大きな羽根飾りが何本も付けられた帽子からのぞく金髪も、ルーディカの輝きながらサラサラと揺れるそれとは異なり、やたら脂ぎってベタついて見える。

  豪華な衣装がはち切れそうなほど丸々とした体格やギトギトした顔面は、王との晩餐の前に現れたコーヘリッグ公爵を彷彿とさせ、これでもかというほど宝飾品をゴテゴテと身に着けているところは公爵夫人ベオーガを思い出させ、とにかくあの夫妻の孫であることに間違いはなさそうだった。

「あ、あの、イドラン様」
  ルーディカがそう呼び掛けると、イドランは笑顔で丸い肩をすくめた。
「イドラン、とお呼びください、ルーディカお姉さま!」
「イ……イドラン……は、なぜ今夜こちらへ?」

 「なぜですって?」
  イドランは目を大きく見開く。

「居ても立ってもいられなくなったのですよ! 美しい再従姉の姫君が見つかったと聞いて、一刻も早くお会いしたくてたまらなくなって……! 」

  感に堪えないといった様子で、イドランはムチムチとした両手を自分の厚い胸の上に重ねた。

「ぼくは一人っ子で、両親も既におりませんので、そのことを知らされたときの喜びは、海よりも深く、山よりも……」

「――恐れながら、イドラン様」

  調子よく謡っていたところに水を差され、イドランは驚いたような顔をして、ルーディカの傍らに立つ声の主であるアイリーネに視線を向けた。

「こちらの奥まった区域は、王弟である公爵殿下でさえご存じないと宰相閣下がおっしゃっていました。なのに、あなたがどうしてここに?」

  巡回中などに怪しい者を誰何すいかするときの習性なのか、アイリーネの訊ね方にはどこか相手を圧するような迫力があった。

  イドランは少しひるんだように口ごもった後、気持ちを奮い立たせるかのようにふんぞり返り、居丈高に訊ねた。

「く、黒髪の女、お前は誰だ」

「私ですか?」
  何と名乗れば良いのか少し考えてからアイリーネは答えた。
「ルーディカ姫の幼なじみです」

  ふん、とイドランは鼻から太い息を出す。
「ルーディカお姉さまの温情で、田舎娘が侍女に引き立ててもらったというところか。なるほど、王宮の貴婦人たちにも引けを取らぬ、ひなには稀なる美人だ。――だが、目つきと態度が良くない」

  イドランはルーディカに向き直り、薄笑いを浮かべた。

「お姉さま、宮廷向けにしっかりとしつけた方がよろしいですよ。なんなら、ぼくにしばらく預けてくだされば、きちんと分をわきまえた召使いに仕上げて差し上げます」
「そ、それには及びません」

  目つきも態度も変えることなく、アイリーネは再び蕩児に質問を浴びせる。
「――それで、イドラン様はなぜ王弟殿下さえ知らされていないというこの区域に? それと、まだお披露目も済ませていないルーディカ姫のことを、どうしてご存じなのですか?」

  イドランはアイリーネを鬱陶しそうに睨んだ後、ルーディカにしおらしそうな表情を向けた。

「あの……お姉さまは、お子さまと奥さまを見送られた国王陛下が、たいそう孤独な日々を過ごされていたのはご存じですよね?」
「え……。ええ……」
「その寂しさを埋めてきたのが、何を隠そうこのぼくなのです……!」

  イドランは、王との絆を得意げに強調する。

「足繁くお伺いするぼくのことを、陛下は『実の孫のようだ』と可愛がってくださり、弟である祖父にさえ明かさないようなことも、ぼくにだけはそっと教えてくださるのですよ。この秘密の区域の存在や、ルーディカお姉さまのことだって」
「そ……そうだったんですか」
「ああ! 分かっていただけたようで良かった!」

  イドランは満面の笑みを浮かべると、後ろに控えていた従者に「ニーヴン」と声を掛け、彼が両手で大事そうに持っていた美しい小箱を受け取った。

「ルーディカお姉さま、初めてお会いした記念にこれを贈らせてください」
「えっ……」 

  恭しく捧げられたその横長の箱は、きらびやかな金箔に縁取られ、蓋や側面には七宝で表現された花々が彩り豊かに咲き乱れていた。

「い、いただけません」
「何をおっしゃいます」

  イドランはルーディカに箱を押し付けるようにして渡し、「さあ、開けてください!」と促した。

「こ、困ります」
「とりあえず中をご覧になって」

  ルーディカは怖々こわごわといった様子で箱を机まで運んで置くと、強く勧められるがままに二つの掛けがねを外して蓋を開けた。

「まあ……」

  底に敷かれた光沢のある赤い布の上には、繊細な草花模様が刻み込まれた木製の小刀のようなものが横たわっていた。

「これは……」
「封書を開けるための開封刀です」

 うきうきした様子でイドランは言う。

「これからたくさんのお手紙がお姉さまのもとに届くでしょうからね! ぜひご愛用ください」

「こ……こんな立派なもの、本当にいただけません」
「そうおっしゃらず。熟練の職人に徹夜で模様を彫らせたのですよ。さあ、手に取って、握り心地を試してみてください」
「いいえ、そんな……」

  再従姉弟はとこ同士が押し問答をしているところに、突然アイリーネのよく通る声が被さった。

「――従者どの?」

  ルーディカたちがやりとりを中断して顔を向けると、アイリーネはイドランの従者に視線をまっすぐ注いでいた。

「お帽子がどうかされましたか? ……しきりに気になさっているようですが」

「は……」
  従者は、自分の帽子に伸ばしかけていた片手をなぜか慌てて下ろす。

「あ、あの、羽根飾りの角度がおかしいような気がしましたので……」

  イドランと同じく従者も頭に帽子を乗せていた。しかし、主人のものにはいくつもの色や飾りが使われているのに対し、彼のものは濃い灰色一色で、折り返されたような形のつばの右側にくすんだ色の羽根が一本挿してあるだけだった。

「角度が……そうですか?」

  アイリーネが不思議そうにじっと見つめると、イドランが大きな声で口を挟んだ。
「ニ、ニーヴンは洒落者なので、細かいこだわりがあるのだ」

  アイリーネは、帽子と同じように闇にたやすく溶け込めそうな色味で統一された従者のいでたちを眺め下ろす。

「――ああ、同系色だけでまとめておられるのも、お洒落ゆえでしたか」

  羽根飾りに視線を戻したアイリーネは、「……言われてみれば、ほんの少し前の方に傾いているような。お直ししましょう」と申し出ると、従者に近づいた。

「い、いいえ、自分でやりますから」

  固辞されて一旦手を止めると、アイリーネは首をかしげた。

 「ん……? 下のふわふわしたところに、何か汚れがこびりついているような」
  そう言いながらごく自然な動きで、帽子からするりと羽根を抜き取る。

「あっ」

  羽軸うじくには、太い鉄針のようなものがしっかりと固定されて差し込まれており、本来の羽柄うへいよりも長めに作られたその端は、とても鋭利に尖らせてあった。

「なるほど、このように加工すれば、帽子に挿しやすくなるのですね……」

  アイリーネは手に持った羽根飾りを興味深そうに眺めながら、ゆっくりとルーディカのそばへと歩を進め、独り言のように呟いた。

「そして、人にも刺しやすくなる……」
 
 アイリーネはルーディカをさっと自分の背中の後ろに回し、イドランと従者の方を向いた。

「――羽根についているのは、血のようですが」

  煙水晶の瞳が、訪問者たちを鋭く射抜く。

「一体、どなたのものですか? それともこれは、つい先ほど憐れな鳥から無理やり引き抜いてきたばかりだとでも?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

あれは媚薬のせいだから

乙女田スミレ
恋愛
「ひとりにして……。ぼくが獣になる前に」 銀灰色の短髪に氷河色の瞳の女騎士、デイラ・クラーチ三十四歳。 〝鋼鉄の氷柱(つらら)〟の異名を取り、副隊長まで務めていた彼女が、ある日突然「隊を退きたい」と申し出た。 森の奥で隠遁生活を始めようとしていたデイラを、八歳年下の美貌の辺境伯キアルズ・サーヴが追いかけてきて──。 ☆一部、暴力描写があります。 ☆更新は不定期です。 ☆中編になる予定です。 ☆『年下騎士は生意気で』と同じ世界が舞台ですが、うっすら番外編とリンクしているだけですので、この物語単独でもお読みいただけるかと思います。 ☆表紙は庭嶋アオイさまご提供です。

宮廷魔導士は鎖で繋がれ溺愛される

こいなだ陽日
恋愛
宮廷魔導士のシュタルは、師匠であり副筆頭魔導士のレッドバーンに想いを寄せていた。とあることから二人は一線を越え、シュタルは求婚される。しかし、ある朝目覚めるとシュタルは鎖で繋がれており、自室に監禁されてしまい……!? ※本作はR18となっております。18歳未満のかたの閲覧はご遠慮ください ※ムーンライトノベルズ様に重複投稿しております

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】【R18】女騎士はクールな団長のお役に立ちたい!

misa
恋愛
アマーリエ・ヴェッケンベルグは「脳筋一族」と言われる辺境伯家の長女だ。王族と王都を守る騎士団に入団して日々研鑽に励んでいる。アマーリエは所属の団長であるフリードリッヒ・バルツァーを尊敬しつつも愛している。しかし美貌の団長に自分のような女らしくない子では釣り合わないと影ながら慕っていた。 ある日の訓練で、アマーリエはキスをかけた勝負をさせられることになったが、フリードリッヒが駆けつけてくれ助けてくれた。しかし、フリードリッヒの一言にアマーリエはかっとなって、ヴェッケンベルグの家訓と誇りを胸に戦うが、負けてしまいキスをすることになった。 女性騎士として夜会での王族の護衛任務がある。任務について雑談交じりのレクチャーを受けたときに「薔薇の雫」という媚薬が出回っているから注意するようにと言われた。護衛デビューの日、任務終了後に、勇気を出してフリードリッヒを誘ってみたら……。 幸せな時間を過ごした夜、にわかに騒がしく団長と副長が帰ってきた。何かあったのかとフリードリッヒの部屋に行くと、フリードリッヒの様子がおかしい。フリードリッヒはいきなりアマーリエを抱きしめてキスをしてきた……。 *完結まで連続投稿します。時間は20時   →6/2から0時更新になります *18禁部分まで時間かかります *18禁回は「★」つけます *過去編は「◆」つけます *フリードリッヒ視点は「●」つけます *騎士娘ですが男装はしておりません。髪も普通に長いです。ご注意ください *キャラ設定を最初にいれていますが、盛大にネタバレしてます。ご注意ください *誤字脱字は教えていただけると幸いです

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

坊っちゃまの計画的犯行

あさとよる
恋愛
お仕置きセックスで処女喪失からの溺愛?そして独占欲丸出しで奪い合いの逆ハーレム♡見目麗しい榑林家の一卵性双子から寵愛を受けるこのメイド…何者? ※性的な描写が含まれます。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...