年下騎士は生意気で

乙女田スミレ

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26 フィンの想い 後

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「アイリ様、もしかしてご存じではなかったのですか……?」

  おろおろと訊ねたルーディカに、戸惑いながらアイリーネは訊き返した。

「……フィンが、私を火の中から助けてくれたの?」
「ご静養中にキールト様からお聞きになったのだとばかり……」

  アイリーネは首を横に振る。
「キールトは、私には『誰が救出したのか分からない』って。他の隊員たちやフィンにも訊いてみたけど、みんな同じ答えだった」

  ルーディカは思案顔になった。

「……フィン様が口止めされたのでしょうか」
「どうして」
「それは……」

  ルーディカはためらうように大きな瞳を揺らし、大聖堂の出入り口のあたりを眺めた。
 建物の外まで溢れた列の進みは遅く、フィンがこちらへやって来るような気配はまだない。

  ルーディカは、何かを決心したような顔でアイリーネに向き直る。

「ご本人が伏せておくことを望んでいらっしゃるのなら、私が話してしまうのは出過ぎたことなのでしょうが、アイリ様にきちんと想いが伝わっていないようで、なんだかフィン様がお気の毒に思えてきましたので……」

  そう前置きすると、ルーディカはキールトから聞いたという話を語り始めた。

   ◇  ◇  ◇

 あの日、火の手が上がった作物小屋から少し離れたところで作業していたキールトは、第三中隊の救護班と共に現場まで駆けつけた。
 すると、すでに消火活動を始めていたアイリーネの小隊の者たちの間には、動揺が広がっていたのだという。

「幼い兄妹は小屋から出て来たのに、救出に向かわれたアイリ様は戻られず、フィン様が中に飛び込んで行かれたきりだと聞かされて、キールト様はひやりとなさったそうです。子供たちが言うには『黒髪の騎士さまの上に燃えた木が落ちてきた』とのことでしたし、当時のフィン様はまだ少年のように細身で、背丈だってアイリ様の方が高いくらいだったとのことで……」

  助けに向かおうとキールトが急いで水をかぶったとき、作物小屋からアイリーネを抱いたフィンが飛び出してきた。

「お二人ともすすだらけで、フィン様の手ははりを除けたときに痛々しい火傷を負われていたらしいのですが、意識を失われたアイリ様を両腕でしっかりと抱きかかえ、物凄い勢いで駆け出て来られたのだそうです」

  できるだけ火元から離れたい気持ちが働いたのか、フィンは必死の形相でキールトたちの横を走り抜けていってしまいそうになった。

「キールト様が慌てて『救護班はここにいるぞ』と大きな声を掛けられると、フィン様は立ち止まり、担架の上にアイリ様を下ろされて……」

  背中に水をかけられているアイリーネの傍らにひざまずき、フィンは繰り返しアイリーネの名を叫び続けた。

「キールト様が私に話してくださった通りにお伝えしますね。フィン様は、何度も何度もアイリ様のお名前を呼ばれながら……泣きじゃくっていらしたそうです」

  アイリーネは目を見開いた。フィンが泣いたところなど見たことがない。

  兄であるクロナンが「決して涙を見せない」と言っていた通り、フィンの筋金入りの負けん気の強さは隊の誰もが知っている。
 多くの新入隊員が訓練の厳しさや実戦の過酷さに涙をにじませていたときも、喧嘩して懲罰房に入れられたときも、親しい同僚が隊を去ったときも、自隊が武術大会の団体戦で辛勝して仲間たちが感涙にむせんでいたときも、もちろん喜怒哀楽は豊かに表すが、涙するようなことはなかった。

「ご自身の火傷を早く治療してもらうように言われても、フィン様はなかなかアイリ様のお傍から離れなかったと……」

  思ってもみなかった話を耳にして呆然とするアイリーネに、ルーディカは穏やかに語り続けた。

「アイリ様がフォルザでご静養されているときに、私はその話をキールト様から聞きました。だから、私はアイリ様が火傷を負われる前に時々こぼしていらした〝懐かない仔犬みたいな後輩〟の〝フィン〟というお名前の方が、本当はアイリ様をお慕いしていたことをそこで知っていたんです。――けれど、レクリン男爵邸で初めてフィン様にお会いしたとき、ひと目でアイリ様とお似合いだとは思いましたが、最初はその後輩の騎士様と同じ方だと気がつきませんでした」

  確かに、ルーディカはフィンと初対面の挨拶を交わしたときに、「名前を聞くまでは気づかなかった」というようなことを言っていた。

「髪や瞳の色が狼犬のグロートの特徴と一致しているとはいえ、今のフィン様はどこから見ても頼もしげな青年で、とても〝仔犬〟のようには見えませんでしたから」

  半年ぶりにフィンに会ったときの驚きをアイリーネも思い出す。

「……フィン様が目覚ましく変化されたのは、並大抵ではない精進あってのことだったそうですね」

  どういうことかとアイリーネは不思議そうに瞬きをした。

「男爵邸で、『以前のお話から想像していた〝フィン〟様とはずいぶん違いました』と言った私に、キールト様が教えてくださったんです。アイリ様がご静養に入られてからのフィン様は、両手の火傷がある程度癒えるとすぐに、小隊長代理のお務めをこなされながら鬼気迫る勢いで日々鍛錬に励まれたのだと」

  ルーディカは「細かく挙げたらきりがないと、キールト様もおっしゃっていましたが……」と微笑んだ。

「わずかな空き時間も修練に費やされ、それぞれの分野に長けた先輩方に熱心に教えを請い、たまの休日には練達の剣の使い手がいる余所の駐屯地まで出向いて指南を受け、体格に恵まれた隊員の方の鍛え方や食事を参考にされるなど、あらゆる努力を惜しまれなかったそうです」

  遅めの成長期が来たというだけではあそこまで変わらないだろうとは思っていたが、語られたフィンの奮闘ぶりはアイリーネの想像をはるかに超えていた。

「アイリ様を救出された際に、フィン様は『もっと素早く助けることができていたら』とひどく悔やんでおられたそうです。キールト様は、そのお気持ちがフィン様の原動力になったのではないかと」

  鼓動が速まるばかりで言葉が出てこないアイリーネを、ルーディカは陽だまりのような柔らかいまなざしで見た。

「フィン様は、アイリ様がお考えになっているよりもずっと長く深く、アイリ様のことを想っていらっしゃるんじゃないでしょうか」 
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