年下騎士は生意気で

乙女田スミレ

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22 再編成

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 応接室に集って夕刻を過ごした翌日、アイリーネたちがよく知る人物が、新しい指令を帯びて王都からやってきた。

 その金髪の美青年は、出迎えた面々に向かって羽根つき帽子をとり、優雅なお辞儀をした。

「初めてお目にかかる皆さま、私はエルトウィン騎士団第一中隊所属、ヴリアン・レヒトでございます」

  いかにも侯爵家令息といった洗練された衣装に身を包んだヴリアンは、初対面の人々と丁寧に挨拶を交わした後、なじみ深い同僚たちの方に目を向けた。

「やあ君たち、そんなに長い間離れてたわけでもないのに、なんだか懐かしいねえ。鍵は無事に陛下のお手許に届けてきたよ」

  ヴリアンはニコニコと仲間を見回し、一人一人に声を掛ける。

「キールト、大事に至らず密書を取り戻すことができて本当に良かった。フィン、しばらく見ない間にまた背が伸びたんじゃない? アイリ――」

  ヴリアンはハッと驚いたようにアイリーネを凝視した。

「アイリ……なんだか君、すごく綺麗になってない……?」

  ヴリアンは目をしばたたかせ、吸い寄せられるようにアイリーネの方へと歩を進める。

「もともと美人だったけど、内側から輝いてるみたいだよ? 珍しくご婦人用の服を身に着けてるからってだけじゃなくて……」
「え……」

  嬉しそうな顔をしてどんどん近づいてくるヴリアンにアイリーネがたじろぐと、オディーナが横からぴしゃりと口を出した。

「ヴリアン様、エルトウィン騎士団では性的な嫌がらせが許されているんですの?」

  ヴリアンは足を止め、心外そうに眉尻を下げてオディーナを見る。
「思いも寄らないご指摘だなあ。純粋に同僚の変化を褒め称えているだけですよ、レクリン男爵夫人」

  オディーナは呆れたようにため息をついた。

「騎士も本当にいろいろね……。ヴリアン様、お仲間との再会を喜ぶのはそれくらいになさって、早く新しい指示をお伝えくださいませ。ぼやぼやしてるうちに国王陛下のお誕生日が来てしまいますわよ」

    ◇  ◇  ◇

「――神学生キーレン・マロイドには、消えてもらうことになった」

  ヴリアンはそう言うと、持ってきた箱から従者の衣装のようなものを取り出した。

「密書を取り戻すためとはいえ、市街地でも派手に動いてかなり衆目を集めたらしいからね。キールトは僕の従者〝キース〟として、片方の密書と共に中央路から王都に向かってもらう」

  次に、ヴリアンは女性用の頭巾と、新しい巡礼証らしきものをルーディカに渡した。

「あなたには神学生の妹ではなく、寡婦かふの〝ボーディカ・ケラン〟になっていただきます。その人目を引く美しい金髪は、隠しておいた方が良さそうですからね」

  頭巾には、この国の慣習で喪中を示す黒い刺繍が施されていた。

「ケランって……」
  アイリーネが呟くと、ヴリアンは頷いた。

「そう。織物問屋の息子フィン・ケランの姉で、亡き夫の魂が安らかならんことを祈りつつ弟夫婦と一緒に東の巡礼路を回っているという設定だよ」

「考えましたなあ」
  クロナンが感心したように口を開く。

「それなら見事な金髪を頭巾で覆うこともできますし、喪に服しているとなると、皆あれこれ詮索せずにそっとしておいてくれるでしょうからね」

  華奢なルーディカに目をやりながら、オディーナが少し面白そうに言った。
「ルーディカさんは、フィン様の妹じゃなくて姉だという設定なんですのね」

「可愛らしい方ですが、実際にルーディカさんの方がフィンより年上ですからね。……そういえば、姉弟きょうだい役のお二人は、どことなく面差しが似ているような」

  ヴリアンは、ルーディカとフィンを見比べるように視線を動かす。

「……そうっすか?」
「そ、そうでしょうか?」

  両者がお互いを遠慮がちに見合うと、オディーナが「あら、言われてみれば、なんとなく」と声を上げた。

「髪や瞳の色は違いますけど、お二人ともお顔立ちが端正で、かわいらしいところが――」

  フィンに『かわいい』という言葉は禁句らしいということを思い出したオディーナは、途中で言葉を呑み込み、笑ってごまかした。

「――それでは」
  ヴリアンは、きりっと表情を引き締める。

「クロナン殿には諜報活動に戻っていただき、キールトと僕は片方の密書を持って最短の道のりで王都へ向かい、アイリとフィンは、もう片方の密書とルーディカさんを護りながら、東の巡礼路を通って王都を目指すということで。――陛下のお誕生日は近づいてきている。各々が気を緩めることなく、任務を全うしよう」

    ◇  ◇  ◇

「アイリーネ嬢、たいっへんお名残惜しいですが、いずれまた必ずお会いしましょう……!」

  クロナンはアイリーネの手を取ると、初めて会ったときよりもさらに濃厚にじっとりと指に口づけ、皆より一足早く男爵邸を去っていった。

「男爵夫人~。あれは性的な嫌がらせじゃないんですか?」

 腕組みをしたヴリアンに訊ねられ、隣に立っていたオディーナは不愉快そうに眉を顰めた。

「審議が要りますわね。――アイリ、手を洗うお水あるわよ?」

  従者の衣装に着替えたキールトは、まるで本物の召使いのようにアイリーネに薬草が浮かべられた器を差し出す。

「審議するまでもない。アイリ、洗っときな」
「えっ」
「なんならルーディカから消毒薬も塗ってもらうといい」

  ルーディカが、クロナンの弟であるフィンに申し訳ないとでもいうように「キールト様っ……」と小声でたしなめると、フィンはきっぱりと言い放った。

「ルーディカさん、俺への気遣いは全く不要です。やつは、身も心も不潔の塊のような男ですから」

  周りに勧められるままに本当にアイリーネが手を洗うと、後は各々が乗り込む馬車が別邸の前に来るのを待つばかりとなり、ルーディカとキールトは暫しの別れを惜しみ、少し離れた窓辺に腰掛けて二人で話を始めた。

「……もうすぐアイリたちも行っちゃうのね」

  オディーナからしんみりと言われ、アイリーネも寂しそうに微笑む。

「オディ、いろいろとありがとう」

  再会したときと同じように、二人はしっかりと抱き合った。
「健闘を祈ってるわ。くれぐれも気をつけて」

  アイリーネから身体を離したオディーナに、フィンも声を掛ける。

「男爵夫人、お世話になりました」
「フィン様、アイリが向こう見ずなまねをしそうになったら止めてくださいね」

  そのとき、横から眺めていたヴリアンが、目を輝かせながらアイリーネとフィンに向かって言った。

「なんだか君たち、そうしてると本物の夫婦みたいじゃない?」

  奇妙な短い沈黙の後、言葉を掛けられた二人はヴリアンをきれいに無視し、てんでにその場を離れた。

「私、部屋に忘れ物がないか確認してくる」
「馬車来たみたいなんで、荷物積んできます」

  ヴリアンとオディーナがそこに残される。

「――あれえ?」

  ヴリアンが不思議そうに首をかしげると、オディーナは可笑しそうに手で口許を押さえた。

「お互いむきになって、子供みたいな悪口をぶつけ合いながら全力で否定するとこだったんだけどなあ……」

  ヴリアンは何かに気づいたかのようにハッとすると、オディーナの方に勢いよく顔を向けた。

「えっ、もしかしてそういうことになっちゃったんですか?」

  オディーナはくすくすと笑いながら答えた。
「さあ……。どうなりますことやら」

    ◇  ◇  ◇

「フィン」

  別館の前に寄せられた馬車に荷物を載せていたフィンのもとへ、キールトがひとりで近づいてきた。
 その背後に見える開け放たれた扉の向こうの玄関室では、頭巾をつけて準備が整ったルーディカが、オディーナやヴリアンに出立の挨拶をしている。

「気をつけてな。よろしく頼む」
「ええ。ルーディカさんの安全に細心の注意を払います」
「ありがとう。アイリのこともよろしく」
「……はい」

  キールトは少し迷ったような顔をした後、小声で訊ねた。

「――なんだかずっと雰囲気がおかしかったけど、アイリと何かあったのか?」

  フィンの視線が不自然に逸らされたのを見て、キールトは訝しげに眉を寄せると、さらに声を潜めた。

「……なあ、アイリには絶対に欲情しない、んだったよな?」

  フィンからの答えはなかった。キールトはふうと息を吐くと、理解を示すかのように微笑んでみせた。

「嘘だって分かってたけどな。……まあ、無理やりとかじゃないならいいさ」

  フィンの頬にきゅっと緊張が走ったのをキールトは見逃さなかった。

「まさか……」
  キールトの声が硬くなる。
「言ったよな? 無体なことはしてくれるなって」

  フィンは、冷ややかな色をした瞳をキールトに向けた。
「――どういう立場で俺を責めてるんです?」

  大きさこそ抑えた声だったが、明らかな怒気が含まれていた。

「あいつの親友? きょうだい? それとも保護者ヅラっすか? 自分の恋路のためなら、友情の名のもとにクッソ長い偽装婚約で縛りつけたり、不名誉な破談理由をおっ被せるような奴に、偉そうなこと言われたくねえよ……!」

  しばらく厳しい視線をぶつけ合った後、先にキールトが表情を緩めた。

「……おまえの方がアイリのことを思いやってるってことなんだろうな」
「――言い過ぎました」

  言葉とは裏腹に不機嫌な表情のままでフィンが言うと、キールトは苦笑いを浮かべた。

「でもな、やっぱり僕にとってもアイリは大切な存在なんだ。悲しんだり苦しんだりする姿は見たくない」
「……分かってます」

  フィンが静かに答えたとき、皆が玄関口からぞろぞろと外に出てきた。 
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