年下騎士は生意気で

乙女田スミレ

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17 王宮のうわさ

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 賢君と名高い国王が、いくら『民こそ国の宝』を提唱し、勲章まで授与しているとはいえ、平民女性を騎士や隠密に護衛させてまで式典に向かわせるというのは、何かよほどの事情があるはずだ。

  フィンから理由を問われたクロナンは、したり顔のまま「さあ?」と首を傾げる。

「おまえも知らねーのかよ?」

 拍子抜けしたようにフィンが言うと、クロナンも弟に対してはぞんざいな口調になって答えた。

「ああ。ルーディカちゃんが重要な保護対象になったってこと以外は、俺たちにも詳しい事情は明かされていない。隠密なんてのは、余計な詮索はせず王のめいにただ従うばかりだからな」

 顎に手を当て、独り言のようにクロナンは呟く。

「王立の薬学研究所が作られるって話があるから、もしかしたらそれ絡みだったりしてなあ……」

 「そうなんですの?」
  オディーナが身を乗り出すと、クロナンは慌てた。

「あ、あくまで私の思いつきで、確証はありません。私の中で、薬学とルーディカちゃんが繋がっただけで……」
「もう少し詳しく聞かせてくださる?」

 オディーナから催促され、「本当に、ルーディカちゃんの件とは関係ないかも知れませんよ?」と断ってからクロナンは話し始めた。

「今年のお誕生日式典で、以前から検討されていた国王直轄の薬学研究所の設立が、ついに発表されるのではないかと噂されているんです。陛下は、身分や性別を問わず、国じゅうから優れた人材を集めるおつもりらしいと……」

 珍しく全員が興味深げに自分の話に耳を傾けていることに気づいたクロナンは、急に張り切った声を出す。

「研究所で開発された新薬の品質は国が管理し、各地の医療機関や薬師とも連携して、できるだけ安価で国民に行き渡らせたいというのが、陛下のお考えのようですよ!」

「素晴らしいご構想ですね」

 感激したように言ったルーディカに、クロナンは「左様ですね」と微笑むと、少し皮肉な口調で続けた。

「しかし、それが気に入らない不思議な方々もいらっしゃるようで」

 「……コーヘリッグ公爵ご夫妻かしら」
  少しはばかりながらオディーナが口にしたのは、国王の弟夫婦の名前だった。

 否定せずにクロナンは薄笑いを返す。
 王と王弟の仲が芳しくないという話は有名で、ここにいる誰もが知っているはずだ。

「コーヘリッグ公爵の奥さまは、高価な輸入薬を扱う大きな薬問屋のご出身ですからね。国内で安全な薬が作られて安く流通するようになれば、ご実家が得る利益はずいぶん減ってしまうことでしょう」

  オディーナは、こめかみに手を当てる。
「あの強欲公爵夫妻の孫が次の王位に就くのかと思うと、暗澹あんたんたる気分になるわ……」

  アイリーネは王家の継承問題を思い出した。

  現国王オーシェンは今年の誕生日で六十五歳になるが、妻や息子に先立たれ、直系の後継者はいない。
 王弟であるコーヘリッグ公爵も六十歳を超え、この国の定めにより若い世代の血縁者よりも継承順位が下がることとなった。
 そのため、まだ成人していないこともあって公式に宣言されてはいないが、公爵の亡き一人息子の遺児が次代の国王になると目されている。

 「やっぱり、ゆくゆくは孫が継ぐことになるのか……」

  フィンが不満げに呟くと、クロナンは眉間に皺を寄せて笑った。

 「十四歳にして醜聞まみれの放蕩者だが、他に誰もいないからなあ。今年の誕生日式典で公に後継者だと認めるようにと、公爵が陛下に相当せっついてるらしい」

 〝末恐ろしき蕩児とうじ〟とあだ名される、公爵の孫イドランが引き起こした騒動の数々は、王都から遠く離れたエルトウィンにまで伝わってきている。

  賭博場で由緒ある城館を賭けて負けただの、相手になまくらな剣を持たせて卑怯な決闘をしただの、高級娼婦を次々に落籍ひかせては別荘に囲い込み、同居を強いられた女性同士が争って刃傷沙汰になっただの、どれもこれも眉をひそめるようなものばかりだ。

「ああ、王太子さまがご存命だったらどれほど良かったか……」

  嘆くように言ったオディーナに、アイリーネは訊ねた。

「陛下のご長男は、成人されてはいたけど未婚のままで亡くなられたんだっけ」

「そうよ。とはいっても、わたくしたちが赤ちゃんのころの話だから、当時のことを直接知ってるわけじゃないけど。ご両親から薫陶を受けられたダネルド王子は、国民からとても愛されていらしたとか」

「素晴らしい王子さまだったそうですね」
  ルーディカも笑みを浮かべて話に加わった。
「祖父母から聞いたことがあります。お優しくて聡明で、将来を嘱望されたお方だったと……」

  オディーナが心底残念そうに言う。
「叶わぬ願いだけど、せめて王太子さまが身まかられる前にお子さまを遺してくださっていたら……なんて思ってしまうわ」

 この国の王位は、直系の長子を優先して継承されることが定められている。もし亡くなった王太子に子供がいたら、女児だろうと男児だろうと正統な後継者となっていたはずだ。

 「――ここでとやかく言っても、どうにもならない話になってしまいましたわね」

 ため息まじりにオディーナは言うと、皆が食事を終えたことを確かめて召使いを呼び、何やら指示をして再び下がらせた。

 「寝室の準備を頼みましたので、少々お待ちくださいませ。小さな別館なもので、部屋数が限られていてごめんなさいね」

 オディーナは、客人たちに今夜の部屋割りを告げる。

「クロナン様は引き続き昨晩までと同じ客室を使ってくださいな。ルーディカさんが泊まられていたお部屋は、フィン様にお譲りいただけるかしら? アイリとルーディカさんは、主寝室でわたくしと一緒にやすんでいただいてもよろしくて?」

「もちろんいいけど、オディも別館に泊まるの?」

 アイリーネが不思議そうに訊ねると、オディーナは当然とばかりに頷いた。

「ルーディカさんたちがいらしてからは、ずっと別館こっちで寝泊まりしてるわよ」

  オディーナが「万が一にもがあったら困るもの」とクロナンを横目で見ると、赤毛の隠密は「信用ありませんねえ」と肩をすくめる。

 「それに、本館でずっと女主人の顔をしているのは肩が凝るのよ。たまには気の置けない者同士で楽しい時間を過ごしたいわ」

「あ、あの、すみません……」
 おずおずとルーディカが切り出した。

「私も、オディーナ様やアイリ様と同じお部屋を使わせていただいてよろしいのでしょうか……?」

  アイリーネは優しく笑った。
「他人行儀なこと言わないで。小さいころはよく一緒に昼寝した仲じゃない」

  オディーナも気安い調子で言う。
「そうよ、何も気になさらないで。身分のことをおっしゃってるのなら、商人の娘のわたくしだって結婚前は平民よ」

「あ……ありがとうございます」

  ふわりと微笑んだルーディカを見て、オディーナは目を細めて「はー……愛らしい」と声を漏らした。

「笑顔ひとつで人をこんなに幸せにできるなんて、アイリ、あなたすごい幼なじみがいたものね」
「いいでしょ。ルーディカは愛らしいだけじゃなくて、優しくて、聡明で、努力家で、手先が器用で、しっかり者で……」

  ルーディカが顔を真っ赤にして遮る。
「ア、アイリ様、もうお止めください!」

  召使いに準備ができたことを告げられ、各々が席を立って寝室へと移動しようとしたとき、クロナンがアイリーネに声を掛けた。

「アイリーネ嬢、実は暗号表に大幅な変更がありまして。私が持っている表を書き写して、こちらに滞在している間にすべて頭に入れておいて欲しいのですが」

 突然の依頼だったがアイリーネが了承すると、クロナンは顔を輝かせた。

「みだりに複製することは許されていませんので、一つの写しをフィンと共有し、順次暗記したあと破棄してください。……よろしければ、これから応接室に移動して、表を書き写されませんか?」

  促されるままにアイリーネがクロナンと一緒に食堂を出ていこうとすると、背後からフィンが口を出した。

「リーネじゃなくて俺でもいいんだろ。俺が写す」

  嫌そうな顔をしてクロナンが振り返る。
「おまえ、字汚いじゃんか」

「丁寧に書くから大丈夫だ」

  フィンは、クロナンとアイリーネの間に割って入るように歩み寄り、アイリーネを自分の後ろに庇うようにして言った。

「リーネは早く部屋に行ってやすめ」 
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