年下騎士は生意気で

乙女田スミレ

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3 前途多難な任務

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 「だから、型ばっかりやっても強くならねえんだよ!」
 「型は基本だよ? 未熟な者同士を戦わせたら大怪我につながりかねない」

  その日も、フィンとアイリーネは訓練の方針について言い争いながら会議室に入ってきた。

 「はー、君たちまたやり合ってるの……?」
 「後輩たちの前ではやめといた方がいいぞ」

  先に着席していた呆れ顔のヴリアンとキールトに向かって、二人は口々に訴える。

 「こいつが頑固なんっすよ!」
 「こいつが無謀なんだって!」

  睨み合ったところでオスカーが入室してきたので、一時休戦となった。

 「白熱してたな」

  髭面の隊長は大らかに笑うと席に着き、切り替えるように表情を引き締め、四人の小隊長を見回した。

 「――このたび、国王陛下より密命を仰せつかった」

  室内の空気が変わり、緊張が走る。

 「諸君には、しばらく隊を離れて活動してもらうことになる」

  小隊長が四人とも駐屯地を空けるということは、かなり重要な任務なのだろう。自然とアイリーネの背筋が伸びる。

 「留守中は、各小隊に代理のまとめ役を置く。任務を帯びていること自体、他言無用だ。表向きは、ヴリアンは長めの休暇を取ることにし、他の三人は余所よその教区の駐屯地の視察にしばらく出掛けるということにしてもらう」

  この国の騎士団は、各地に配置された大聖堂の教区ごとに置かれており、アイリーネたちが所属する団はエルトゥイン大聖堂の教区内にある。

 「諸君の最終目的地は王都だ」

  エルトウィンは北端の要衝ようしょうなので王都とはかなりの距離があり、最短の経路で旅したとしても到着するまでに二週間前後は掛かる。

 「来月、国王陛下の六十五回目の誕生日に際して、王都で式典が開かれるのは知ってるな」

  アイリーネの脳裏に賢君と名高いオーシェン王の姿が浮かぶ。

 「それに間に合うように、陛下のもとへこれらを届けるというのが諸君の任務だ」

  オスカーは携えてきた布袋に入っていたものを出して机の上に並べた。
  見た目がそっくりな二冊の小型本と、革製の小さな巾着袋。四人の小隊長はそれらを不思議そうに眺めた。

 「密書と」

  書状の形をしたものではなく、茶色い革表紙の二冊の本をオスカーは指し示してそう言った。それぞれの小口側には、小さな鍵穴が穿たれた留め金が二つずつ付けられている。

 「その中身を見るための鍵だ」

  オスカーは巾着袋から四本の小さな鍵を手のひらに出して見せ、慎重に袋に戻した。

 「二冊のうちの一冊は、おとりのための偽物ですか?」

  フィンが訊ねると、オスカーはニヤリと笑う。

 「おもしろい推理だが、どちらも本物とのことだ。――ヴリアン」
 「はっ」
 「お前はこの鍵を王都まで運んで欲しい」

  オスカーは革の小袋を掲げた。

 「他の三人は素性を偽ってゆっくりと移動することになるが、お前は侯爵令息ヴリアン・レヒトのまま中央街道を通ってまっすぐ目的地に向かってもらう。王家の縁戚が、休暇に都を訪れるのは不自然なことじゃないからな。誰よりも早く到着するだろうから、不穏分子について探りながら皆が来るのを待っていてくれ」

 「了解しました」
  ヴリアンは優雅な笑みをたたえて応えた。

 「まだこちらの動向は嗅ぎつけられてはいないようだが、この任務が遂行されると都合が悪くなる勢力がいるのは確かだ。勘づかれたら妨害を仕掛けられる可能性が高い。そこで、着くまでに時間は掛かるが、他の三人は聖地を巡礼する旅人になりすまして、できるだけ安全に密書を運んでもらいたい。――キールト」

 「はっ」
 「お前、騎士を志す前は神学校にいたんだったな?」
 「そうですが……」

  基本的に長子が家督を相続するこの国で伯爵家の次男として生まれたキールトは、幼いうちに将来進む道を選び、七歳から寄宿制の神学校に入った。その後、アイリーネとの婚約を機に進路を変更して騎士を志し、現在に至っている。

 「お前は神学生として、西廻りの巡礼路を使って片方の密書を王都に届けて欲しい」
 「――了解」

  西廻りということは、キールトはアイリーネが静養のために滞在していたフォルザという温泉保養地を通ることになるだろう。
 思わずアイリーネの頬が緩んだが、隣に座るフィンの不審そうな視線に気がついて慌てて真顔を作った。

 「それから、アイリ、フィン。お前たちは、もう片方の密書を持って東廻りの巡礼路から王都に向かって欲しい」

 「は……?」
  まとめて名前を呼ばれた二人は、息ぴったりに訝しげな声を上げた。

 「お前たちには、夫婦になってもらう」

 「はあ!?」
  再び二人の発声が揃う。

 「結婚の記念に巡礼の旅に出る夫婦は少なくないからな。男女で組むことによって、ごくありふれた巡礼者を演出できるってわけだ。セアナから来た新婚夫婦になりきって、仲良く旅してくれ」

 「ちょっと待ってください……!」
  アイリーネが大きな声で物言いをつけた。

 「ふ、夫婦っていうのは、かなり無理があると思います!」
 「無理?」
 「そうですよ。こんな子供っぽい夫なんて……」

  ちらっと横に視線を向けると、半年前より明らかに大人びたフィンの姿が目に映り、アイリーネは途中で口ごもった。

 「まあ、少し前のフィンだったらさしずめアイリの弟ってとこだろうけど、今なら若い夫婦で充分通るだろ」

  さらりと言う隊長に、今度はフィンが慌てて提案した。

 「じゃっ、じゃあ、きょうだいって設定じゃダメなんすか? なんなら俺の方が兄貴でもいいし。夫婦ってのはちょっと……」

 「そこ、こだわるところ?」
  ヴリアンが不思議そうに口を挟んだ。

 「なんで夫婦じゃダメなの? あくまで〝ふり〟であって、本当に結婚しろって言われてるわけじゃないんだからさあ」

 「そ、そりゃそうだけど」
  アイリーネとフィンの言葉がまたもや重なる。

 「――僕も夫婦にしといた方がいいと思う」
  キールトも冷静に意見しはじめた。

 「独り身の若い姉弟だってことにすると、行く先々で結婚を世話してくれようとするお節介な人や、言い寄ってくる異性なんかが現れたり、素性を根掘り葉掘り探られたりして、面倒なことが多いんじゃないかな」

  アイリーネたちが言葉を詰まらせているうちに、隊長があっさりとまとめた。

 「じゃ、やっぱり夫婦ってことで。――次に、道中の連絡手段についてだが……」

  アイリーネが深いため息をついたのと同時に、隣のフィンも憂鬱そうに大きく息を吐いた。 
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