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2 年下騎士は偉そうで
しおりを挟む「アイリ、やっぱり目に余るよねえ」
アイリーネが隊に復帰して一週間ほどが過ぎたころ、食堂でアイリーネがキールトと隣り合って昼食を取っていると、傍を通りがかったヴリアンが、困ったものだというように眉尻を下げて切り出した。
「君に対してのフィンの態度や言葉づかいだよ。もともと物言いは丁寧な方じゃなかったけど、君のことは『おまえ』呼ばわりまでして……」
ヴリアンは王家とも縁続きの侯爵家の出身で、騎士たちの中でも目立って物腰が柔らかい。
「うん……。まあ小隊長同士だし、いいよ」
「そう? あんまりひどいようなら、僕がガツンと言ってあげるからねっ」
立ち去るヴリアンの背中を横目で見やりながら、キールトがぼそっと訊ねた。
「……本当は、ちょっとムカついてるんだろ」
アイリーネはパンをちぎりながらため息をつく。
「まあね」
フィンは、正式に小隊長の任に就いたばかりとは思えないほど良くやっている。
受け持つ隊員たちのこともよく見ているし、剣の腕は目を瞠るほど磨かれていた。
図書室で熱心に調べ物や勉強もしているようだし、言葉づかいは相変わらずだが、会議などでの発言も筋は通っている。
訓練の合間には他の騎士たちと楽しそうに笑い合ったりしていて、関係も良好なようだ。ただ、ことアイリーネに対しては、明らかに当たりが強い。
「呼ばれ方とか口調なんかは、いちいち気にしないようにしてるけど……」
会議中での話し合いや訓練のやり方などでも、すでに幾度となく衝突している。
アイリーネが復帰したときフィンは「同等」だと言っていたが、それどころか、上からものを言われているように感じることもたびたびある。
「戦闘中でもないのにしくじっちゃったから、見くびられてるのかもね」
再び嘆息したアイリーネを、キールトは「そんなことないと思うぞ」と励ました。
「むしろ、あいつは君のこと」
「――アイリーネ」
ふいに背後から割って入ってきた声に、アイリーネはぎくりとする。隊の中で自分のことをそう呼ぶ人物は、現在一人しかいない。
振り返ると、予想した通りに無愛想な顔をしたフィンが立っていた。
「厩舎に、おまえと俺の新しい馬が届いたから、見に来いって」
◇ ◇ ◇
「こちらが、グラーニ小隊長の体格にはよろしいかと」
厩舎係から優しい目をした栗毛の馬を引き合わされ、アイリーネは顔を輝かせた。
「うわあ、いい馬だね」
人の言葉が分かるかのように若駒は耳をピンと立てる。アイリーネが手を差し出すと、ゆっくりと鼻先を近づけてきた。
「よろしくね」
そっと鼻面を撫でると、馬は「もっと」とせがむようにすり寄ってくる。アイリーネは目を細めた。
「ふふ、かわいい。私、初めて乗った馬も栗毛だったんだ。懐かしいなあ」
背後から忍び笑いのようなものが聴こえてきてアイリーネが振り返ると、フィンが声を押し殺しながら肩を揺らしていた。
「な、何?」
フィンはいかにも可笑しそうに言った。
「いや……ガキみてーだなと思って」
年下に言われたくないよとムッとしつつもアイリーネは言い返すのをこらえ、フィンの傍で別の厩舎係に轡を引かれて立っている艶々とした黒い馬に視線を向けた。
「そっちは見事な青毛だね」
こちらも均整の取れた良い馬だとひと目で分かる。
「……でも、フィンにはちょっと大きくない?」
アイリーネの率直な感想に、今度はフィンがカチンときたような顔になった。フィンは数歩踏み出し、アイリーネのすぐ目の前に立った。
「俺は伸びざかりだからな」
少し高い視点から挑戦的にアイリーネを見下ろし、不敵な笑みを浮かべる。
「おまえはもう伸びないだろうけど」
アイリーネは眉を顰めた。なるべく受け流そうと心掛けてはいるが、一矢報いてやりたい気持ちが抑えられない。
「そうだね」
アイリーネはできるだけ余裕ぶった笑顔を作ってみせた。
「私はもう子供じゃないから」
フィンは一瞬目を見開くと、不愉快そうに唇を噛んだ。
二人の険悪な雰囲気に耐えられなくなったのか、厩舎係の一人が遠慮がちに提案した。
「あ、あのう、試しに少し走らせてみてはいかがですか?」
◇ ◇ ◇
栗毛の馬はすぐに馴染んで、アイリーネを乗せて軽快な速歩で訓練場周りの木々に囲まれた小径を進んでいった。
「おい、あんまり飛ばすな」
黒い馬に跨ったフィンが追いついてきて、怒ったような声で言う。
「馬に乗るのは久しぶりだろ。調子づくと落とされるぞ」
完全に勘を取り戻したつもりの乗馬にまで口出しされるのかと、アイリーネはうんざりした。
「静養先でキールトと何度か遠乗りしたから、もう感覚は戻ってる!」
そう言い放ち、さらに速度を上げて駈歩に切り替える。
「ちょっ……」
慌てて後から来るフィンを後目に風を切って馬を駆っていくと、くすぶっていた気分が吹き飛んでいく。頬を滑る冷たい空気が心地よくて、アイリーネは思わず笑みをこぼした。
「――ねっ? 大丈夫だったでしょ?」
フィンが追いつくのを大きな樫の木の下で待っていたアイリーネは、得意げに胸を張る。
「ほんと、ガキかよ……」
フィンは眉根を寄せて、呆れたように息を吐いた。
確かに少し大人げなかったが、それを認めるのも悔しくてアイリーネが何も言い返さないでいると、フィンは不機嫌そうな顔のまま馬の方向を切り替えた。
アイリーネも手綱を操り、ゆっくりした速度で小径を先に進んでいたフィンの横に馬をつけ、足並みを揃える。
しばらく黙っていたフィンが、独り言のように呟いた。
「――なんで婚約解消したんだ」
アイリーネは目を丸くする。
「『くっだらねー話』じゃなかった?」
騎士見習いになる前から結ばれていたキールトとの婚約が破談になったのは、アイリーネが静養休暇に入ってひと月が経ったころだった。二人が許婚だというのは隊でも周知のことだったので、その時点でキールトが皆に報告してくれたのだという。
「おまえたち相変わらず仲いいのに、おかしいだろ」
「んー……」
早駈けした後の開放感からか、アイリーネはあまり深く考えずに表向きの理由をのんびりと口にした。
「背中にでっかい火傷の痕が残っちゃったからね」
驚いたようにフィンはアイリーネを見た。
「そんなことで……?」
そういうことになっているので、アイリーネは笑顔さえ浮かべて頷く。
「傷モノってことで」
フィンの表情が険しくなったところで、アイリーネはようやく自分の発言のまずさに気がついた。
「……キールト・ケリブレ、最低じゃね……?」
不穏なフィンの声に、アイリーネは慌てる。
「い、いや、復帰のための鍛錬にも協力してくれたし、いい友達だよ」
なんで自分が睨まれなきゃならないんだと思いながら、アイリーネは元婚約者を弁護した。
「ほ、本当にキールトのせいじゃないから。お互いに納得して決めたことだし」
フィンの眉間の皺がさらに深くなる。
「……こんなことになってもまだ庇うのかよ」
「な、何か誤解があると思う」
おたおたするアイリーネに向かって、フィンは語気を強めた。
「素直になっときゃ良かったんだ……。どうせ恰好つけて、やせ我慢したんだろ」
「え……」
「その煙水晶みたいな目をきらきら潤ませて、『捨てないで』ってすがりついたら、なんとかなったのかも知れないのに」
「な、何それ」
フィンは視線を逸らして正面に向き直ると、低い声で言った。
「……おまえは、本当にバカだ」
「な、なんでそこまで言われなきゃ――」
抗議しながら横を見たアイリーネは、はっと言葉を呑み込む。
どうしたことか、フィンは全身から怒りの炎が立ち上っているのが見えそうなほど激しく憤っていた。
「復帰なんかしないで騎士を辞めて、そのまま結婚しちまえば良かったんだ……!」
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