年下騎士は生意気で

乙女田スミレ

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1 漆黒のハヤブサ、騎士隊に復帰する

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 春が終わろうとしていたある日、装飾のない馬車が検問を済ませエルトウィン騎士団第一中隊の駐屯地に入ってきた。

 馬車は司令部が置かれている堅牢な石造りの棟の前で停まり、御者が客車の扉を開けると、黒地に金糸の刺繍が施された隊服に身を包んだ騎士が姿を現した。

 漆黒の長い髪をひとつに結んだその騎士は馬車を見送ると、建物の天辺で風に煽られてはためく隊旗を仰いだ。

 青い空によく映える、金色の地に黒い剣が描かれたその旗を、騎士は磨き抜かれた煙水晶けむりすいしょうのような瞳でじっと眺め、実に嬉しそうに破顔した。

「ただいま」

 小隊長のうちの一人で、〝漆黒のハヤブサ〟の異名を取る十九歳の騎士、グラーニ中尉の半年ぶりの帰還だった。

 颯爽とした足取りで建物に入っていく強者つわものの正式な名は、アイリーネ・スーリア・グラーニ。ドミナン伯爵家の三女である。

   ◇  ◇  ◇

「アイリーネ・グラーニ、ただいま戻って参りました」

 隊長執務室に入ったアイリーネがそう告げると、第一中隊の隊長、オスカー・エングスは髭面をほころばせ立ち上がった。

「おう、アイリ、待ってたぞ」

 久しぶりに見る大男の気さくな笑顔に、アイリーネも表情を和ませる。

「ご迷惑をお掛けしました」
「もう大丈夫なようだな。おおよそのことはキールトから聞いているが……」

 水を向けられ、執務机の傍らに立っていた銀髪の小隊長キールト・ケリブレも嬉しそうに口を開いた。

「アイリ、おかえり。って言っても、ついこの前まで一緒だったんだけどな」

 キールトは休暇を取ってアイリーネの静養先にしばらく滞在し、複帰に向けての鍛錬に付き合ってくれた。

「助かったよ。婚約者殿」

 爽やかに礼を述べるアイリーネに、キールトも「たいしたことはしてないけどな」と笑顔で返したが、他の者たちの間には若干おかしな空気が流れた。

「――ねえっ、君たち本当に婚約解消しちゃったの!?」

 もう一人の小隊長、きらめく金髪が印象的なヴリアン・レヒトが黙っておられず声を上げた。隊長が無言で睨むが、ヴリアンはお構いなしに続ける。

「小さい頃に親同士がまとめた縁談だから恋人らしい雰囲気はなかったけどさ、とにかく君たちずっと仲良しだったじゃない」

 アイリーネは動じる様子もなく、笑みを浮かべたまま答えた。

「友情は続いてるよ」

 キールトも穏やかに頷くが、ヴリアンはまだ納得がいかない様子だった。

「でもさあ、〝漆黒のハヤブサ〟に引けを取らない男性なんて、そうそう……」
「――もういいっすか」

 ヴリアンの隣にいた男が、気だるげな声で遮った。

「俺、剣の訓練があるんで」

 アイリーネは声の主に目をやった。

 端正な顔立ちに退屈そうな表情を浮かべたその若者は、皆と同様に黒地に金刺繍の隊服を身に着けていた。
 横に立つ長身のヴリアンほどの背丈はなく、騎士にしては細身な方だが、均整の取れた体型をしている。
 知己の隊員ではないようだと思いながらも、栗色の髪と水色の瞳にアイリーネはどことなく既視感を覚えた。

「ヴリアンさんのくっだらねー話で時間潰したくないんですよね」

 ふてぶてしい物言いにも何やら憶えがあるような気がして、アイリーネは室内にいる面々を改めて見回す。
 隊長の〝エルトウィンの荒熊〟オスカー、小隊長で元婚約者のキールト、同じく小隊長を務めるヴリアン、そしてこの栗色の髪の青年。

 青年といっても、どこか少年のような……とアイリーネがまじまじと眺めたとき、ヴリアンが彼を咎めた。

「フィン、またそういう言い方して」

 アイリーネは目を見開き、思わず大きな声を出した。
「フィン!?」

 薄く晴れた冬空のような水色の瞳が、アイリーネを見る。

「フィン、なの?」

 不機嫌そうに唇を結んだまま、フィン・マナカールは軽く頷いた。
 アイリーネが静養前まで受け持っていた小隊にいた二歳年下の後輩騎士だ。物怖じしない態度と伯爵令息とは思えない言葉づかいは相変わらずのようだが、半年前はまだ幼さが残っていて身体もずっと小さかった。

「ああそうか、フィンはアイリの小隊にいたんだったな」

 隊長は頑丈そうな歯を見せて笑った。

「アイリの指導の賜でもあるぞ。フィン・マナカールは先日めでたく中尉に昇格し、四人目の小隊長に就任したんだ」
「えっ」
「増員に伴って小隊の再編成が検討されていただろう? わが第一中隊も四つの小隊を持つことになってな」

 以前は三つに分けられていて、アイリーネ、キールト、ヴリアンがそれぞれの隊をまとめていた。

「アイリが不在の間、フィンに小隊長代理を任せたんだが、なかなかよくやってくれてなあ。先月、国王陛下のエルトウィン行幸ぎょうこうに合わせて催された剣術大会でフィンが見事に優勝して、オーシェン王からも直々に昇格を進言されたんだ」
「フィンが……優勝」

 王の御前試合ともなると、各中隊から選りすぐりの精鋭が集まったことだろう。フィンがそこまで優れた剣の腕の持ち主だった記憶はないが、部下だった後輩の成長と活躍が嬉しくて、アイリーネはフィンにまっすぐな笑顔を向けた。

「すごいね。おめでとう、フィン」

 ほんのわずかに、フィンの唇の両端が上がったかのように見えた。

「……ああ、どうも」

 各々がぎょっとしたようにフィンを見た後、ヴリアンが再び苦言を呈した。
「フィン、元上官にそんな口のきき方はどうかなあ」

 フィンはすげなく返す。
「今はと同等ですから。壁を作るような話し方なんて要らないでしょう」

 部下たちからのアイリーネの呼称は「グラーニ小隊長」で、フィンもかつてはそう呼んでいたはずだ。

 ヴリアンはまだ何か言いたげだったが、アイリーネが制した。
「いいよ。これからは同じ小隊長としてよろしくね、フィン」

「……ああ」
 年下の騎士は、アイリーネから少し視線をずらして無愛想に答えた。
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