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2. ミーアの正体

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 しかし、まだ脅威が過ぎ去った訳ではないというのに、どうしてこの茶髪のお兄さんとご老人は、全く焦る様子がなく楽しそうに観戦していられるんだろうか。

 それにこのお兄さんだって、すごく鍛え抜かれた立派な体つきをしている。きっと今戦っている人と同じように戦えるように見えるが。

 助けに行ったりしないんだろうか?
 そわそわ、落ち着かない。ミーアは、ついにいてもたってもいられず口に出してしまった。

「あ、あの、あの人、1人で戦っていて大丈夫なんでしょうか?た、助けに行かないと」

「あぁ、大丈夫、大丈夫、あと5分もあれば片が着くよ」

「え、え、あんな強そうなモンスター、し、心配です」

「俺らが加勢してもかえって、邪魔になるからね。安心して観戦してて良いよ」

 そうはいっても。ミーアは眉間の皺を更に深くさせ、戸惑いを隠せない。その様子に顔を見合わせる2人。

「君、ああいうの見るの初めて?」

「は、はい」

「そっか、良いところに住んでたんだね。なんでまた奴隷なんかに?」

「いや、え、と」

 そんな身の上話をしている場合なんだろうか。あの人は1人、命懸けで戦ってくれているのに。

「あいつなら本当に大丈夫だよ、すぐ戻ってくる」

「えぇ、あの方に限って万に一つもありません。私達、狩猟民族はこれが生業ですからね。そう震えなくても大丈夫ですよ、お嬢さん」

「狩猟民族?」

 そうか外の世界には、あんなモンスターと戦えるすごい人達がいたのか。ずっと都にいたから知らなかったが。
 
 ……なんて、簡単に納得できたらどんなに良いだろう。


「モンスターは初めてと言っていましたね、あれはグルーヴルといいまして、獰猛で非常に機敏です。そして大きな5本爪があるのが特徴ですね。つんざくような咆哮ですが、これはまだ子どもの個体で可愛い方です。鋭利な爪と尻尾で攻撃してきます」

 お爺さんは、まるで子どもに初めて見せる動物を紹介するかのようにミーアへ説明した。
 しかし、また彼とモンスターの戦いを目の当たりにすることになって、そんな説明をちゃんと聞く余裕なんてあるはずがない。
 

「おぉー、ギリギリかわした!さすがレギウス上手いなぁ」

 彼らが若や長と呼ぶ、その人はレギウスというらしい。そのレギウスが戦う様子に、ヒューっと口笛が鳴る。そして
口々に褒め称える彼ら。
 ミーアはというと平然と観戦なんてできるはずもなく、両手で顔を覆って、手の隙間から無事を祈るような気持ちで見守っていた。
 ドキドキハラハラ、青ざめたり胸をなでおろしたり、モンスターの一挙一動に頻繁に悲鳴をあげた。

 この反応は珍しいようだが、こんなモンスターと戦ってたら当然の反応じゃないだろうか。
 今だって、あんなモンスターと対峙できる人がいることが信じられない。こうやって目の前で戦っている姿を見ても。何度、大丈夫だって説明されても。

 その瞬間、モンスターの尻尾が長とやらの脇腹辺りを掠めた。また悲鳴を、あげてしまう。
 息が詰まって苦しい。嫌だ、死なないで。自分を助けてくれた人にちゃんとお礼を言えていないのに。

 お願い、と気持ちを強く込めるが、彼の脇腹から血がダラダラと流れ出す様子と、爪が彼にまた襲い掛かろうとする様子に、ついにミーアの感情はキャパオーバーを迎えた。

「あ、も、だめ」

 力なく言い残し、ミーアはその場に卒倒した。

あ、と倒れてしまったミーアを見つめる2人。程なくして、見事にモンスターはレギウスの手で倒された。馬車へ帰還したレギウスに、彼を小さい頃から面倒見ていた爺が駆け寄る。

「若、お見事でありました!」

「見事なもんか、時間がかかり過ぎた」

「いえいえ、まるで先代の長の面影を見るような力強い斧捌きでありましたよ」 

「また武器を改良しなくてはな。あとやっぱり大剣の方が使いやすい」

 はぁー、茶髪の青年、アルスは心の中でため息をつく。あの勇猛な戦いぶりはいつ見ても素晴らしい。しかし、この男にとって、今の戦いは単なる、武器の試し切りのようなもの。だから1人で戦うと飛び出ていった。

 戦いのセンスもだが、それを可能とする鍛え抜かれた体が憎らしいまでに心底羨ましかった。

 しかし、これではずっと最後まで彼の身を本気で案じ続けていたこの少女が浮かばれない。

 レギウスは、馬車へ帰ってきて、無傷で助けたと思った少女が横たわっていることに気付く。

「なんだ、どこか怪我していたのか?」

「すいません。少し若の戦いを見せてやりましたら卒倒してしまいまして」

「はぁ、どうせ爺もアルスも面白がったんだろ」

「いや、あんまり可愛い反応するもんだからさ。まさか倒れるなんて。まぁ、漏さなかっただけ良いだろ」

 どうせ珍しい反応をする彼女を面白がったんだろう。レギウスは呆れたような目で平謝りする彼らを見つめた。

 モンスターを倒したところでふざけている場合ではない。モンスターよりよっぽど厄介な存在が、またこうしてレギウス達の前に現れたのだ。

 そう、この少女はただの都からきたお嬢様なんかじゃない。
 
 モンスターにたどりついたのは、偶然なんかじゃなく、あの鳴き声を聞いて駆けつけた訳でもない。

 この、スン、と鼻を掠める忌わしい芳香を追ってきたのだ。懐かしくもあるが、またこの香りに再来する日が来るとは。

 モンスターに遭遇した時でさえ笑って観戦していた2人だったが、この事態には顔を曇らせる他なかった。

 皆が思っていることは、おそらく同じ。ただ口に出すのもおぞましい過去の記憶のせいで、簡単に切り出すことができないでいた。

 
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