スパダリ伯爵様のため美少女となって魔界征服します

みずほ

文字の大きさ
上 下
1 / 21
第1章 転生編

1

しおりを挟む
 私の人生、なんとなく生きていたら36年経ってしまっていた。

 小中高と地方の学校を出て、都内の短大を卒業後はずっと同じ会社で事務員として働いていた。朝から晩まで働き、休日はアニメや漫画、ゲームなどに興じる日々。
 結婚はおろか、今まで恋人だっていたことはないし、この先作ろうとも思っていない。私には縁遠いものだったのだと、とうの昔に諦めていた。

 家族は両親と妹が一人いる。元々そんなに仲が良い方ではなかったが、妹が実家を継いでからは更に疎遠となり最後に会ったのは数年前といった始末。
 プライベートの友人も皆無で、希薄過ぎる人間関係の中、唯一まともに話すのは職場のスタッフ位なのだがそれも仕事上での話にとどまる。
 時々、本当にこんな人生で良いのかと思うこともあるが、今更どうすることもできない。

 日が暮れ始めた夕方のオフィス、パソコン画面を前にもう少しで自分の仕事は終わる。
 そんな中、突然隣の後輩の女の子に声をかけられた。

「すいません、これ入力方法がよく分からなくて……、お願いしても良いですか?」

 今日だけで、何度目のセリフだろうか。そうやって資料を私に渡してくる。
 さっきも教えたのに、同じ給料をもらっているのにも関わらずこれでは仕事量が違い過ぎる。
 そう思っても、絶対口には出さない。態度にも出さず、

「あの、これはね……」

 そうやってもう一回教えようとした矢先、「じゃ、先輩、先に飲み会行ってますからね」と、最初から聞く耳を持たなかった彼女にそう言って遮られてしまった。

 彼女は私に仕事を教えてもらおうとしていたのではない。押し付けたかっただけなのだ。
 心の中で深いため息をついて、顔に出さないように、意気揚々とオフィスをあとにしようとする彼女を見送る。

「臼井さーん、悪いけど、これもお願いしても良い?」

 そして、重ね重ね残業を押し付けようとする奴がここにも1人。すでに帰り支度を整え、オフィスを出ようとしている係長だ。面倒な仕事や雑用はいつもこうやって押し付けられていた。残業代が出る訳ではないのに。断るのが面倒でまた「はい」と返事をする。

「いやぁー、こういう時本当助かるよね、便利屋祥子さん」

 思わずその知らない呼び名に、ピクっと体が反応した。

 ……便利屋、祥子さん?

「ちょっと係長!」

 慌てて後輩の女の子が、係長に咎めるように声をかけた。

「あー、あれ?本人にはこの呼び方秘密だったっけ?」

 二人が焦る中、私は空気を読んで聞こえなかったフリをする。

 係長はいつもこんな調子だ。なんの悪びれもせず、私に「じゃよろしくねっ」と言って手を挙げると足早にオフィスを出て行った。

 今日は特別、皆早く帰りたいのだ。そう、今日は新人さんの歓迎会があるから。

 でも……、私だって、参加するはずだったのに。

 私の人生、思えばこんなんばっか。デスクの上でかさ張る資料に目を落とした。そもそも歓迎会に行ったところでろくに皆と話せないんだから別に良いじゃないか。

 せめて終電前に帰れたら良いなと思いながら、黙々と作業に取りかかった。


「おいおい、一人に押し付けんなよなー。俺も少し手伝うよ」

 そんな中、頭上から一際大きく明るい声が降りかかる。

「え……?」

 そう言って見上げると、そこには営業課のエースと名高い、私の密かな想い人がいた。
彼とは同期で時々こうやって声をかけてくれるのだ。

「おー、優しいー。じゃ先に行ってるからな」

「二人とも早く来てくださいねー」

 そう言って先に出ていく同僚や後輩達。私が引き受けた資料に目を通すと、途端に顔をしかめて文句を言い始めた。

「えー、こんなん、もう明日やろうよ。別に今すぐ、仕上げなきゃいけないやつじゃないっしょ?」

「で、でも」

「さっさと飲み会行こう」

 そう言って背広を羽織る彼だけど、そういう訳にもいかない。特に後輩の女の子が残していった方は、明日の会議用に仕上げて人数分コピーしておかないといけないものだ。

「少しだけやったら行くので、先に行っててください」

「そう言って臼井さんこのまま来ないつもりでしょ?」

「え?」

「臼井さん来ないとさ、飲み会で一人頭支払う額大きくなっちゃうでしょ?そこは空気読んで来てよねー」

 ……っ!

 嫌味ったらしくそう言う彼に、私の中の憧れの偶像が音を立てて崩れていった。びっくりして何も言い返せずにいると、つづけざまにとどめを刺してきた。

「若い女の子達にあんま金出させる訳にも行かないしさー。ちゃんと来てよー?そういうの社会人としての常識だからね」


 間抜けな私はここでやっと気付いたのだった。彼が優しく頼り甲斐のあるところを後輩や同僚にただ見せつけるために、私を庇うような発言をしたっていうことを。

 目の前の資料をぐちゃぐちゃにしてやりたいところだったが、感情を殺して最後まで仕事をこなし、なんとか終わり際の飲み会に参加した。

 参加といっても私はほとんど飲み食いしていない。私は言われた通り一介の社会人として、一人の財布要員としての役割を果たしたのだ。しかしその後の二次会になんてもちろん誘われず、本当にお金だけ払って一人寂しく帰路についていた。

 ……もうどうでも良い。
 私は、あんた達が円滑に飲み会に行けるように働いてる訳じゃないし、あんた達が楽しく飲み食いするために稼いでる訳でもない。

 これだけ身を粉にして働いているのに。
 どうしてこうも報われないの。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

実家から追放されたが、狐耳の嫁がいるのでどうでも良い

竹桜
ファンタジー
 主人公は職業料理人が原因でアナリア侯爵家を追い出されてしまった。  追い出された後、3番目に大きい都市で働いていると主人公のことを番だという銀狐族の少女に出会った。  その少女と同棲した主人公はある日、頭を強く打ち、自身の前世を思い出した。  料理人の職を失い、軍隊に入ったら、軍団長まで登り詰めた記憶を。  それから主人公は軍団長という職業を得て、緑色の霧で体が構成された兵士達を呼び出すことが出来るようになった。  これは銀狐族の少女を守るために戦う男の物語だ。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

処理中です...