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2章 街

11 宿屋の夜 *

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 揺れる橙の小さな灯が、横たわる朱明しゅめいの顔に複雑な陰影を落としている。黎泉れいぜんの腕の中で金茶の瞳が鈍く輝きを放ちながら、自分を組み敷く男を見上げていた。
 寝台の上で重なる二人は、しばし間近で見つめ合う。窓掛けの向こうは既にとっぷり夜の更けた静けさに覆われていて、一階の食堂から微かに聞こえる酔客の喧騒すら遠い。
 今しがた味わったばかりの唇がゆっくり動き、光を弾く。

「れいぜ……ん、」

 最後の音は舌の上で押しつぶされた。じっくりと濡れた粘膜を触れ合わせているうちに、朱明の方からもためらいがちに舌が絡められる。口付けは昨晩教えたばかりだ。伸びしろを感じるたどたどしい動きで唇を吸われる。

「は……」

 顔を離すと、息継ぎの苦手な朱明は苦しそうに呼気を漏らした。背をさすろうと伸ばした手首が強い力で掴まれ、すぐに離される。

「ごめん、つい、反射で」
「背をさすっても良いか?」
「うん……」

 硬い背中を撫でてやる。胸元に添えられていた朱明の手が軽く握りこまれた。
 寝支度を済ませ、あとは休むばかりとなった状況で黎泉の寝台に上がってきたのは朱明の方だ。互いに相手の輪郭を確かめるような触れ合いを重ね、いつしか寝衣がはだけてきた頃に、黎泉はゆっくり朱明を組み敷いた。
 その瞬間までは、確かに睦み合いだった。黎泉の愛撫に朱明は時折くすぐったそうな声を漏らして感じていたし、口元には面映おもはそうな微笑みがあった。朱明の方からも腕を伸ばしてこちらに触れる誘いがあり、その指先は黎泉に火を灯した。

「ずいぶんと強張っている」
「そう、かな」

 なのに、いざという段階になって、朱明の反応は急速に鈍くなった。あでやかに匂いたち美しく咲きかけた花が、花弁の先からしぼんでしまったようなやり切れなさがある。
 黎泉は朱明の頬を撫でようとした。指の触れた途端に、朱明はびくりと身体を強張らせる。怯えているともとれる反応が痛々しい。これではまるで、強姦だ。

「朱明、姿勢を変えよう」
「え……分かった」

 黎泉は朱明の上から降り、横で向かい合う位置になった。

「この体勢なら、一方的に犯される感覚が減るだろうか」
「っ。ありがとう」

 小さく息を飲んだ朱明が、ゆるゆる緊張を解く。視線を伏せた彼の瞼を縁取る睫毛は、みっしり生え揃っていて長い。細部まで美しい造形をした青年だ。

「ごめんね。一昨日はあんなに乱れておいて説得力がないかもしれないけれど、俺、本当に慣れていなくて」
「謝罪しなくていい。お前の不慣れは知っている」

 突き放す意図のないことが分かるよう、穏やかな声で伝えた。朱明はそれでも悩んでいるようで、手をぎゅっと握りこむ。

「落ち着いてするより、勢いに任せてした方がいいのかも」
「急ぐことは無い。お前から手を伸ばしてくれただけで、我は十分だ」

 握りこんだ手を開かせるように手のひらを重ねてやると、金茶の瞳が揺らめいた。

「好きだよ、黎泉。本当に、黎泉のことが嫌なわけじゃないんだ」
「分かっている」

 消沈する朱明が気の毒になり、黎泉は苦笑した。噛んで含めるように説明する。

「一昨日のお前は相当前後不覚になっていたのだな。だが、お前が誰にでも手を出させる男でないことも、今のお前の緊張が我への拒否感でないことも、我は理解している」
「うん……」
「今晩とて、最初は平気だったろう。何をきっかけに受け入れられなくなったのか、思い当たりはあるのか?」

 朱明はしばらく黙りこんだ。

「……さわりっこぐらいなら大丈夫だと思っていたんだよね。でも、黎泉に押し倒された時に抱かれる実感が急に湧いてしまって、力が入った」
「抱かれる実感とは、具体的にどのような想像だ?」
「お尻に黎泉の性器を入れられること」
「快不快は考えているのか」
「痛そう……」

 黎泉は溜息をつきたくなったが、まずは素直に吐露とろしてくれたことをいたわった。

「痛みが待ち受けていると思えば、戦士であっても身体は強張るだろう。我はお前に無体を強いない。最初に触れた時、お前はきちんと快楽を覚えている様子だった。そのさを思い出して、それに集中してみてくれ」
「確かにそうだね。やってみる」
「触れるぞ」
「うん」

 重なった手の指を絡めるように繋ぐ。反対の利き手で、黎泉は朱明の萎えた性器を慰撫いぶした。片手で油を取ってまぶし、彼の快楽を引き出すよう丁寧に指を絡める。

「あ……俺ばっかりしてもらって悪いよ……」

 少し息を弾ませながら躊躇ためらう朱明の性器をしごき、集中するよう促す。

「案ずるな。お前がよろこんでいれば我もい」
「そういうものなんだ」

 朱明はもぞもぞと身を寄せて黎泉の肩口に顔を埋めた。

「……あの晩は、タマの裏辺りを押されるのも気持ちよかった」
「ここか?」

 消え入るような小声で打ち明けられ、陰嚢の裏をぐにぐにと揉んでやる。尻の中にある男の泣き所は、肌の上からだとちょうどこの辺にあるような気がした。

「んん、ふ……ぅ……」

 あえかな吐息を漏らしながら朱明は首肯して、それからしばらく黎泉がそこを揉んでやるたびに彼の小さな喘ぎ声がした。

「へんな感じ」
「気持ちいい、と言ってみろ。その方がそう感じやすいし、我も耳に楽しい」
「気持ちいい……」
「そうだ」

 ゆるく勃起してきた性器をずるりと扱きあげる。朱明の手がきゅっと握られた。
 ふ、ふ、と彼の抑えた吐息が肩口にかかる。湿った空気が肌にぶつかり、少しくすぐったい。歯を磨くのに使う薄荷の香りが微かにした。

「……っん」

 ぽた、と手首に先走りが垂れ落ちる。朱明の腰が揺れていた。手に性器を擦り付けるようにしながら、頬までこちらに押し付けてくる。柔らかそうな耳朶じだが目に入り、甘くかじった。

「うあっ」

 きゅっと睾丸が持ち上がるのがなんだか可愛らしかった。朱明は一瞬身体を竦めたが、すぐに柔らかさを取り戻す。

「あ、あっ……気持ちいい」

 余裕のなさそうなとろとろに蕩けた声だ。亀頭の先端をくりくり指の腹で擦ってやる。ひゅっと息を飲むような音がして、朱明が腰砕けに丸くなろうと藻掻もがいた。力の入ってない手を握りこんだまま、ぬちぬち同じ刺激を続ける。
 やがて手の中にぴしゃりと濡れた感触が広がり、朱明の身体が弛緩する。

「んぅ……」
「まずは、我との房事は心地よいものだと覚えてくれ」
「うん……すごくよかった……」

 ふう、と吐息をついて、朱明が半身を起こした。灯に照らされた顔は目尻にほんのり朱が昇っている。

「あのさ、お尻でもこんなに気持ちよくなれるものなの?」
「我を信じろ。お前にはその資質がある」

 黎泉は堂々と保証した。睾丸の裏を押されてがる姿からは、抱かれることで快楽を感じる素質しか感じない。朱明の葛藤が落ち着き、腰を据えて彼の身体をひらく日が楽しみだ。

「力強く断言するじゃん」

 少し苦笑した朱明が、手を伸ばしてきて、黎泉の髪を優しく撫でた。
 そうして、今気付いたように繋いだままの片手を見て、ふわりと頬を緩める。

 黎泉はそんなつがいを愛おし気に見つめながら、ゆっくりと育つ欲の芽吹きを感じた。
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