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3巻
3-3
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それから、勉強が進んだら、時々社会科見学みたいに、街へ遊びに行くことにもなりました。それをどのくらいの頻度でするか、誰が街までの送り迎えをするか、それも後で決めます。
ウィバリーさんが馬車を出すと言ってくれたけれど、ドラゴンで移動した方が全然早いからね。ただ、その連れていってくれるドラゴンも、飛ぶことに適性がないといけません。
ちなみにエセルバードさんが、自分がって言ったけど、絶対に街で遊んでなかなか帰ってこなくなるからダメって、アビアンナさんに却下されてました。
それでもエセルバードさんが何回もお願いしたので、数回に一回は行ってもいいことになりました。うん、これ、僕たち関係ないんじゃって思ったよね。
あと、フィルにも先生がくることになりました。イングラムたちの森に、イングラムたちよりもきちんと、色々説明できる魔獣がいるみたいです。その魔獣に話をして、いいよって言ってもらえたら、ここへ連れてきてくれるって。
フィルの森での行動の仕方、やっぱりフィルやクルクルにとって、危険なことがいっぱいあるからね。それについて教えてもらうんです。
もちろんエセルバードさんたちも教えられるけど、時々ドラゴンとして動いてしまうからね。動きが大きくなりすぎたり、ドラゴンは大丈夫だけど僕たちは酔っぱらっちゃうケサオの花のこともあったり。だから、細かいところを教えてもらうといいって話でした。
と、こんな感じで色々と決まっても、今まで話に出てこなかったことがそれ以上に次から次へと湧いてきます。
『カナデ、みんなも、明日は洋服屋さんへ行くわよ!』
「私も一緒に行くわ! 街へ帰ったら、色々注文しないといけないもの。しっかりとサイズを確認しなきゃ」
『あとは靴屋にも行かないといけないし。他にも勉強のための文房具も必要よね。それと一緒に遊ぶ用のおもちゃも増やしてあげないと』
「私も街に帰ったら、おもちゃを買いに行かないと。あっ、文房具で思い出したけど、お道具入れも必要じゃない? 外で勉強もするでしょう」
『そうね! それも必要だわ! あとは何が必要かしら』
「勉強机とかは、もうあるのよね」
『ええ、一応ね。でも、もう一度確認するわ』
アビアンナさんとローズマリーさんの話が止まりません。そんな二人を、僕たちとエセルバードさんたちは、ぼけっと見つめるだけです。
途中でエセルバードさんが、僕たちの話は一応終わりだから、もう戻ってアリスターと遊んでいていいって言ってくれました。
だから、僕たちはそのまま部屋を出ることにします。部屋を出るときアビアンナさんたちは、僕たちが出ていったことに、気づいていませんでした。
リラックスルームへ行くと、すぐに駆け寄ってきたアリスターに、どうなったのか聞かれました。
「えちょ、こにょまま、ここいりゅ」
『バイバイしないなの!』
『街に行かない、ここにいる。アリスターと遊ぶ』
クルクルも言います。
『本当!? やったぁ!! じゃあじゃあ、いっぱいいろんなことができるね!!』
「うん!!」
『いっぱいあそぶなの!!』
フィルも頷きます。
『それでいっぱい、クルクル回る!!』
『じゃあ、明日は公園に行って遊ぼう!』
アリスター、ニコニコだったよ。部屋に来たときは、とっても不安そうな顔をしていました。この前、バイバイは嫌だって言ってたもんね。ただ、僕たちが行くって決めたら、それでいいって言ってくれたんだ。
でも、やっぱり僕たちと同じで、お別れは嫌だと思ってくれていたなら、とっても嬉しいよ。
今日はもう時間も時間なので、そのままお屋敷の中で遊ぶことにしました。みんなニコニコ、いつも通りの日常に戻ります。
『カナデ、うれしいから、せなかにのるなの!』
「う、うん!」
嬉しいから、背中に乗る? まあ、いいんだけど。ちょっと今のフィルに乗るのは心配です。だって飛び跳ねてるんだもん。僕はクラウドに羽を出していいか聞いて、許可をもらったから、すぐに羽を出します。それから、クルクルにお尻を持ち上げてもらうと、フィルが僕の体の下に潜り込んできました。そして、僕がフィルの首をそっと掴んだ途端――
『いくなの!!』
フィルは普通に歩かないで、変にジャンプしながら進みはじめました。がっくんがっくん体が揺れて、僕もクルクルも声を上げます。
「ちょ、ちょまっちぇ!」
『わわ!? フィル止まる!! これ乗るのダメ!!』
その勢いで羽魔法が消えたらしくて、前に体重がかかってしまいます。そのせいで、僕はフィルからズルリと落ちそうになりました。でも、クラウドがすぐに助けてくれたから、なんとか落ちないですみます。ほら、やっぱり今のフィルは危なかったよ。
せっかくいいことばっかりだったのに、フィルは僕とクルクルに怒られてしまいます。夜ご飯の時間まで、ずっとしょんぼりしていました。まあ、ご飯を食べ終わったら、けろっとしていたけど。
さあ、フィル、クルクル。これからもドラゴンの里で、エセルバードさんのお屋敷で、みんなで楽しく過ごそうね。エセルバードさん、アビアンナさん、アリスター、それからお医者さんのグッドフォローさんや、セバスチャンたち、これからよろしくお願いします!!
3.ついにこのときが――
私――コースタスクは今、ある洞窟へ来ている。ついにあれを復活させる日が来たのだ。部下のピロート、ビルトルート、アマンダ、ジェルロウ、他の者たちにはすでに指示を出してあり、今頃は位置についている頃だろう。後はこれを復活させれば、全てが始まる。
私は持ってきた箱を出す。封印を解いてから何かあると困るため、私が今までの封印とは別に、結界で箱を包み保管していたのだが、今日がギリギリだった。結界にかなりヒビが入っており、あと少しすれば結界を破られていた。もし、結界が破られていたらどうなっていたか。
中には、やつの心臓が入っている。そして、この洞窟には、氷に覆われたやつの体がある。
結界を解き、これがやつに戻ったら、すぐに奴隷契約を。始まってしまえば、後はスピード勝負だ。
私は深く息を吸うと、箱に張っていた結界を消した。その途端、今までに経験したことのないほどの魔力が、蓋を開けていないのに、箱から溢れ出した。すぐに蓋を開けると、今までは静かに動いていたはずの心臓が、激しく脈打っていた。
私が心臓をやつへ戻そうとした瞬間、心臓が勝手に浮き上がり、やつの胸の中心へと飛んでいった。そして、やつを覆っていた氷に一気にヒビが入る。それを見た私はすぐに、奴隷契約の準備に入った。
やはり結界を張っておいて正解だった。何もしていなければ、近寄ったところで勝手に飛んでいって、こいつのもとへ戻っていたかもしれない。
私が奴隷契約の準備を始めると、すぐに分厚かった氷が崩れはじめ、最後には砕け散り、やつの姿が露わとなる。全身に封印の鎖を巻かれているが、それはそれはとても素晴らしい姿だった。
と、氷がなくなり、飛んでいった心臓は――スゥッとやつの体の中へと消えるように入っていく。そして一瞬、強い光がやつを包んだ。なんとか目を開けていたが、本当に強い光だった。しかしすぐ光は収まり、そこには――
先ほども素晴らしいと思っていたが、心臓が元に戻り、血が通ったからなのか、光沢が出て、さらに美しさを増している。早く契約しなければと思っていたが、つい見入ってしまった。
が、次の瞬間、やつの体から禍々しい魔力がドンッと溢れ出て、全身に巻きついていた鎖が、次々に弾け飛んでいった。
あの鎖が全て解ける前に、奴隷契約の魔法陣を!
次々と鎖が切れていく中、私が呪文を唱え終えると、やつの下に魔法陣が浮き上がった。後はこの魔法陣に魔力を流し込めば……そのとき、私の頭の上から唸り声が聞こえた。
見れば、先ほどまで閉じていた目と口が少し開き、口からは少々の煙が出ている。そして、先ほどよりも魔力が溢れていた。
急がなければ。これを成功させなければ、私はここで死ぬことになる。そうなれば、あの方を復活させるどころか、その前にこの世界がなくなるかもしれない。
さらに魔法陣に魔力を流す。この奴隷契約に使う魔法陣は、心臓を探しに行ったときに、偶然発見した書物に書いてあったものだ。
これほど強力な奴隷契約ができる魔法陣を、私は今までに見たことがなかった。おそらくこの奴隷契約を知っているのは、今この世界に私だけではないだろうか。これも、心臓の次に、私にとって素晴らしい発見だった。
「よし、あと少しだ」
『グルルルル……グアァァッ!!』
ハッと見上げると、あと二本にまで鎖が外れており、目はしっかりと開き、赤い光る目が私を睨んでいた。そしてまた、やつの体が光りはじめる。
まずい!! あと少し、あと少しなんだ! 私は限界まで魔力を上げ、それを全て魔法陣に流した。そして私の魔力が途切れた瞬間、鎖は全てちぎれ、それと同時に魔法陣も光った。
『グアァァァ、グアァァァァァァ!!』
「ぐっ!!」
物凄い光に、何も見えなくなった。私は目を瞑る。続いて私の体の中から、何かが出て、やつの方へ向かったような気がした。
どれくらい経ったか。ようやく周りの光が落ち着いてきたので、私はそっと目を開けた。やはりまだ少し明るかったが、もう目を瞑らなくていいほどにはなっている。そして私の前には――
『……』
「自分が何者か分かるか?」
『……』
「聞こえているだろう、主人に逆らうな。ふん、その私を睨んでくる目、意識ははっきりしているな、そして、今の自分の状況も分かっているのでは?」
『お前が我を生き返らせたのか? あのようなものまで使って』
「お前を従えるためにな」
『ふん、そこまでして我を生き返らせるとは。人間とはどこまで愚かな生き物なのだ』
「その愚かな生き物に、お前は使われることになるのだ。前に使われたことがあるのなら分かるだろう。これからは絶対に逃れられない。まあ、前回はもう少しで逃げられるところだったかもしれんがな、私はそこまで馬鹿ではない」
『本当に、そんなことができるとでも?』
「できるとも。私はそれだけの力を持っている」
『どうだかな。まあ、お前が死ぬまで待てばいいだけのこと。そしてそれはすぐにやってくる』
「……外へ出るぞ。お前にはすぐに動いてもらう。全てを手に入れるために」
『我を生き返らせたのだ。どうせそのようなことを言ってくると思ったが。まあいい。お前が死ぬのを待つ時間、我をこのような目に遭わせた者たちを、全て滅ぼしてくれる』
「行くぞ!」
目の前のそれが翼を広げる。復活した私の奴隷魔獣、エンシェントドラゴンが。
4.危険を知らせる石の音
それは僕――カナデたちにとって、いつも通りの朝でした。イングラムたち、そしてウィバリーさんたちが来てからは、朝ご飯の時間も人数が増えて、さらに楽しい時間になっていました。でも、朝のデザート、果物の盛り合わせを食べているとき――
ガタッと、エセルバードさんとウィバリーさん、そしてイングラムが勢いよく立ち上がりました。そして、エセルバードさんがみんなに頷いたあと、窓からこれまた凄い勢いで飛んでいきました。それから、ウィバリーとイングラムも部屋から出ていってしまいます。
どうしたのかなと思っていたら、いきなり塔の石から警報音が鳴りました。前にクラウドが聞かせてくれた、小さな石の音でもかなり大きかったけれど、塔の石は本当に凄い音で、思わず耳を塞いでしまいました。
音が鳴り終わって、ため息をつきます。何々? どうしたの、何かあったの? それとも避難訓練? 僕は周りをキョロキョロします。そうしたらフィル、クルクル、アリスターたちが、変な顔をしていました。
「みみゃ、どちたにょ?」
『なんか、へんなかんじがするなの』
『うん。こんな感じ初めて』
『かあ様、この変な感じ何かな?』
『何かしらね、私も初めてよ。さあ!』
アビアンナさんが手をパチンと鳴らします。
『みんな移動しましょう。大丈夫よ、今あの人たちが確認しに行ってるわ。あなたたちはとりあえず、そうね……いつも通り、避難しやすいように、アリスターの遊び部屋へ行きましょう。それと、みんな、これからは私や、大人の言うことをよく聞いて、絶対に一人にならないこと。いいわね』
「あい!」
『はいなの!』
『『はい!!』』
よく分からないまま、僕は返事をします。どうも僕以外のみんなは何かを感じているみたいです。それにこの警報音、避難訓練じゃなくて本物? それって、ドラゴンの里に危険が迫っているんじゃなかった?
すぐにクラウドが僕を抱き上げて、クルクルは僕の胸のところに収まりました。そして全員で部屋を出ようとした瞬間、別の音が聞こえてきました。聞いたことがない音です。塔の石の音よりも、ちょっとだけ低い音でした。
「まちゃ、おとしゅりゅ。べちゅのいち、ありゅ?」
『いえ、あの音は、別のドラゴンの里の警報音です』
と、クラウドに教えてもらっていると、またまた違う音がしました。今度はちょっと高い音です。これもまたまた違うドラゴンの里の警報音だって。この森にドラゴンの里は三つ。三つの音が鳴ったってことは、全部の里に危険が迫っているの?
『さあ、移動しましょう。セバス、通常通りの用意を』
『かしこまりました、アビアンナ様』
廊下でセバスチャンとストライド、アリアナと別れて、僕たちはアリスターの遊び部屋へ行きます。廊下はかなりバタバタしていました。ドラゴンも人型ドラゴンも、あっちへそっちへ行ったり来たり。しかもみんなが色々な荷物を運んでいました。
そんな中を、僕たちはみんなを避けながら進みます。その間に僕たちのいる里の石の音は消えました。そして部屋の中に入ると、僕たちは部屋の真ん中に集められて、そこから動かないでって言われました。
その後、クラウドとジェロームは何個かある窓全てから外を確認します。イングラムのお付きだったワイルドウルフのラニーたちは、アビアンナさんとローズマリーさんと一緒に、部屋の中のチェックをしました。
「どちたのかにゃ? しゃと、あぶにゃいときに、いちなりゅ。あぶにゃいこちょ、ありゅ?」
『カナデ、大丈夫だよ。どんなことがあっても、とう様たちが全部解決してくれるもん。それに、もし魔獣たちが襲ってきてたら、そのときはかあ様が、全部薙ぎ払ってくれるし』
アリスターがそう話してくれました。
あ~、そういえば前回、魔獣が里を襲ったとき、最後は里の周りが魔獣の死体だらけだったって、クルクルが言ってたよね。もしかして、それやったのアビアンナさん?
うん、アリスターの言う通り、ドラゴンの森で一番強いエセルバードさんと、そんなエセルバードさんを叱る、アビアンナさんがいるんだから、大丈夫だよね。それに、今はウィバリーさんたちもいるし、イングラムたちもいます。だからもっと問題なし! と、そんな話をしていると――
『失礼します』
マーゴとアリアナ、それから他にも使用人さんとメイドさんが、部屋に入ってきました。そして、みんなどんどん部屋に荷物を運び入れて、セットを始めました。
テーブルにソファー、いつもゴロゴロするときに使うクッションに、ベッドが十個分。それからたくさんの箱に、クローゼットと洋服も運ばれてきました。なんか、ここに新しく部屋を作っている感じです。アリスターの遊び部屋がどんどん変わっていきます。
『これもいつもと一緒だよ。何かあったとき、もしかしたら避難しないといけないかも。でも避難って言われるまでは、ここでみんなで生活するんだ。みんながバラバラだと、避難するときに大変でしょう?』
いつも僕はフィルとクルクルと一緒、ほとんど離れることはありません。でも、もしバラバラの場所にいたら? 避難って言われて、クラウドが僕たちをいちいち探していたら、時間がかかってしまいます。だから、こういうときはなるべくみんな一緒にいるそうです。
それから、いつまでここにいるかは分からないので、ご飯とか着替えとか、そういったことも、全部この部屋ですませるそうです。あの運ばれてきた箱の中には、それに必要なものが入っているんだとか。
食料とか調理器具とか。あとは薬や武器も入っているみたい。うん、なんでもって感じ。箱を間違えて開けないように、しっかりと分けて置いていっています。箱の中身はまた後でセットするとのことです。
『奥様、もう少しで全て運び終わります』
『分かったわ。ここが終わったら次はあなたたちの準備を先に』
『かしこまりました』
準備してくれた使用人さん、メイドさんたちがどんどん少なくなって、最後にマーゴとアリアナが出ていきました。
*
それは突然だった。当時、私――エセルバードたち大人は先にご飯を食べ終わり、果物を食べる子供たちの可愛い様子を見ていた。そのとき、隣の森から魔力の爆発を感じたのだ。それはとても禍々しい魔力で、ただの爆発ではなく、大爆発と言っていいものだった。
このドラゴンの森はかなり広く、大きなウィバリーの街が何個も入ってしまうほどだ。そんな広いドラゴンの森の隣の森とはいえ、放ってはおけない。
私はウィバリーたちに頷くと、すぐさま石を鳴らしに塔へ向かった。そして塔では、石を鳴らしながら里の様子を確認する。今のところ、里に異変はないようだ。しかし、爆発のときから感じている禍々しい魔力は消えておらず、その場に留まっている感じがした。
少し経つと、他の里の石も鳴りはじめた。おそらく、他の里も我々と同じように、あの禍々しい魔力に対して、石を鳴らしたのだろう。
石の音で、里の外へ出ていたドラゴンたちが、次々と里へ戻ってきた。一番遠くにいるドラゴンたちも、数分したら戻ってくるはずだ。
そして、魔獣たちも里へと集まってきていた。彼らも、この禍々しい魔力に危険を感じ、私たちのもとへと集まってきたようだ。
私たちと仲のいい魔獣たちがどんどん里の周りに集まり、敵対している魔獣たちは、それぞれで集まって警戒をしている。他の里の周りも同じようだ。
今まで、魔獣たちが里に集まってきたことがあったか? 森の危機も、里の危機も何度かあったが、魔獣が集まってくることは今までになかった。それだけあの禍々しい魔力を、皆が危険と感じているのだろう。
もう少しすれば、魔獣たちも里の中で落ち着く場所が決まるはずだ。それが終わり次第、里に結界を張ろう。これから何が起こるか分からないが、できる限りの対応をしなければいけない。
石を鳴らし終わると、私は会議室へ移動する。移動している最中に、先に里の周りを見てきたであろうイングラムと、イングラムに乗ったウィバリーが戻ってきた。
『見た感じどうだった?』
「お前も気配で感じたと思うが、魔獣が集まってきていること以外、今は何も」
『私の方も何も。あの魔力以外はな』
ウィバリーとイングラムは私の問いにそう答えた。
「俺たちがいて、ちょうどよかったというかなんというか。あれが何か分からないが、何かあれば、俺たちとイングラムたちでどこかを守ろう。俺たちの方は全員で二十人、イングラムの方は五匹。なんとかなるだろう」
『それなのだが、もう少し、いや、かなり増やせるかもしれん。集まってきた魔獣たちの中に、何かあるならばエセルバードたちとともに戦うと、言ってきた者たちが大勢いる。かなり強い魔獣たちもいるからな。それぞれがどこを守るのか決めれば、かなりの戦力になるはずだ』
『そんなにか、イングラム?』
『皆、この魔力をおかしいと感じているのだ。何かが絶対に起こると。それと、集まってきていない魔獣たちだが、本当に自分たちにも害があると思った場合は、あっちはあっちで対応するだろう』
『だろうな。だが、何か分からないものに便乗しなければいいが。それだけは気をつけなければいけない。とりあえず会議室へ。こういうときの対策は一応考えてあるが、お前たちのことも含めて、他の者に伝える』
会議室に入ると、すでに第四部隊のヘクタールとホリス、第五部隊のアンジェリナとトレーシーが待っていた。彼女たちもここへ来る前に里の周りを確認してきたらしいが、何もなかったという。
気配から、もうすぐ他の部隊も来ることは分かっていたが、少しでも早く動いた方がいいため、二部隊には先に話をすることにした。
まず、ウィバリーとイングラムたちが、里を守るために手伝ってくれることを伝え、森の魔獣たちも手伝ってくれるかもしれないことを話した。
『あら、それはとても心強いわね』
『森の魔獣までともに戦うというとは、それだけあの禍々しい魔力が問題だということか』
ヘクタールとアンジェリナが口々に言う。
『やることは分かっているとは思うが、今回は他からも力を借りることになるだろう。そしてウィバリーたちとイングラムたちにも。そこはしっかり理解しておいてくれ』
『分かったわ。よろしくね』
『よろしく頼む』
こうして二部隊に説明をし、先に動いてもらうことにした。数分後、他の部隊も集まり、同じ話をした後、持ち場へ移動してもらった。
最後は私の部隊だが、私の部隊の副隊長はストライドの弟イグジリオンだ。
数日前に里に帰ってきたばかりで、まだカナデたちに紹介はしていない彼だが、今ここにはいない。すでに持ち場に移動して、準備をしていることだろう。他の部隊にした話はしなければいけないが、とりあえずは大丈夫だ。
私は先にやらなければならないことを、片づけてしまおう。こういう緊急事態には、連絡係がいる。もともと用意はされているが、今回はそれでは足りない。
『ウィバリー、お前たちのところから、連絡係を出せるか?』
「俺のところからはイレイサーを。あいつは動かなくとも魔法で伝達はできるからな」
『そうか、イレイサーがいたな』
そして、イングラムも口を開いた。
ウィバリーさんが馬車を出すと言ってくれたけれど、ドラゴンで移動した方が全然早いからね。ただ、その連れていってくれるドラゴンも、飛ぶことに適性がないといけません。
ちなみにエセルバードさんが、自分がって言ったけど、絶対に街で遊んでなかなか帰ってこなくなるからダメって、アビアンナさんに却下されてました。
それでもエセルバードさんが何回もお願いしたので、数回に一回は行ってもいいことになりました。うん、これ、僕たち関係ないんじゃって思ったよね。
あと、フィルにも先生がくることになりました。イングラムたちの森に、イングラムたちよりもきちんと、色々説明できる魔獣がいるみたいです。その魔獣に話をして、いいよって言ってもらえたら、ここへ連れてきてくれるって。
フィルの森での行動の仕方、やっぱりフィルやクルクルにとって、危険なことがいっぱいあるからね。それについて教えてもらうんです。
もちろんエセルバードさんたちも教えられるけど、時々ドラゴンとして動いてしまうからね。動きが大きくなりすぎたり、ドラゴンは大丈夫だけど僕たちは酔っぱらっちゃうケサオの花のこともあったり。だから、細かいところを教えてもらうといいって話でした。
と、こんな感じで色々と決まっても、今まで話に出てこなかったことがそれ以上に次から次へと湧いてきます。
『カナデ、みんなも、明日は洋服屋さんへ行くわよ!』
「私も一緒に行くわ! 街へ帰ったら、色々注文しないといけないもの。しっかりとサイズを確認しなきゃ」
『あとは靴屋にも行かないといけないし。他にも勉強のための文房具も必要よね。それと一緒に遊ぶ用のおもちゃも増やしてあげないと』
「私も街に帰ったら、おもちゃを買いに行かないと。あっ、文房具で思い出したけど、お道具入れも必要じゃない? 外で勉強もするでしょう」
『そうね! それも必要だわ! あとは何が必要かしら』
「勉強机とかは、もうあるのよね」
『ええ、一応ね。でも、もう一度確認するわ』
アビアンナさんとローズマリーさんの話が止まりません。そんな二人を、僕たちとエセルバードさんたちは、ぼけっと見つめるだけです。
途中でエセルバードさんが、僕たちの話は一応終わりだから、もう戻ってアリスターと遊んでいていいって言ってくれました。
だから、僕たちはそのまま部屋を出ることにします。部屋を出るときアビアンナさんたちは、僕たちが出ていったことに、気づいていませんでした。
リラックスルームへ行くと、すぐに駆け寄ってきたアリスターに、どうなったのか聞かれました。
「えちょ、こにょまま、ここいりゅ」
『バイバイしないなの!』
『街に行かない、ここにいる。アリスターと遊ぶ』
クルクルも言います。
『本当!? やったぁ!! じゃあじゃあ、いっぱいいろんなことができるね!!』
「うん!!」
『いっぱいあそぶなの!!』
フィルも頷きます。
『それでいっぱい、クルクル回る!!』
『じゃあ、明日は公園に行って遊ぼう!』
アリスター、ニコニコだったよ。部屋に来たときは、とっても不安そうな顔をしていました。この前、バイバイは嫌だって言ってたもんね。ただ、僕たちが行くって決めたら、それでいいって言ってくれたんだ。
でも、やっぱり僕たちと同じで、お別れは嫌だと思ってくれていたなら、とっても嬉しいよ。
今日はもう時間も時間なので、そのままお屋敷の中で遊ぶことにしました。みんなニコニコ、いつも通りの日常に戻ります。
『カナデ、うれしいから、せなかにのるなの!』
「う、うん!」
嬉しいから、背中に乗る? まあ、いいんだけど。ちょっと今のフィルに乗るのは心配です。だって飛び跳ねてるんだもん。僕はクラウドに羽を出していいか聞いて、許可をもらったから、すぐに羽を出します。それから、クルクルにお尻を持ち上げてもらうと、フィルが僕の体の下に潜り込んできました。そして、僕がフィルの首をそっと掴んだ途端――
『いくなの!!』
フィルは普通に歩かないで、変にジャンプしながら進みはじめました。がっくんがっくん体が揺れて、僕もクルクルも声を上げます。
「ちょ、ちょまっちぇ!」
『わわ!? フィル止まる!! これ乗るのダメ!!』
その勢いで羽魔法が消えたらしくて、前に体重がかかってしまいます。そのせいで、僕はフィルからズルリと落ちそうになりました。でも、クラウドがすぐに助けてくれたから、なんとか落ちないですみます。ほら、やっぱり今のフィルは危なかったよ。
せっかくいいことばっかりだったのに、フィルは僕とクルクルに怒られてしまいます。夜ご飯の時間まで、ずっとしょんぼりしていました。まあ、ご飯を食べ終わったら、けろっとしていたけど。
さあ、フィル、クルクル。これからもドラゴンの里で、エセルバードさんのお屋敷で、みんなで楽しく過ごそうね。エセルバードさん、アビアンナさん、アリスター、それからお医者さんのグッドフォローさんや、セバスチャンたち、これからよろしくお願いします!!
3.ついにこのときが――
私――コースタスクは今、ある洞窟へ来ている。ついにあれを復活させる日が来たのだ。部下のピロート、ビルトルート、アマンダ、ジェルロウ、他の者たちにはすでに指示を出してあり、今頃は位置についている頃だろう。後はこれを復活させれば、全てが始まる。
私は持ってきた箱を出す。封印を解いてから何かあると困るため、私が今までの封印とは別に、結界で箱を包み保管していたのだが、今日がギリギリだった。結界にかなりヒビが入っており、あと少しすれば結界を破られていた。もし、結界が破られていたらどうなっていたか。
中には、やつの心臓が入っている。そして、この洞窟には、氷に覆われたやつの体がある。
結界を解き、これがやつに戻ったら、すぐに奴隷契約を。始まってしまえば、後はスピード勝負だ。
私は深く息を吸うと、箱に張っていた結界を消した。その途端、今までに経験したことのないほどの魔力が、蓋を開けていないのに、箱から溢れ出した。すぐに蓋を開けると、今までは静かに動いていたはずの心臓が、激しく脈打っていた。
私が心臓をやつへ戻そうとした瞬間、心臓が勝手に浮き上がり、やつの胸の中心へと飛んでいった。そして、やつを覆っていた氷に一気にヒビが入る。それを見た私はすぐに、奴隷契約の準備に入った。
やはり結界を張っておいて正解だった。何もしていなければ、近寄ったところで勝手に飛んでいって、こいつのもとへ戻っていたかもしれない。
私が奴隷契約の準備を始めると、すぐに分厚かった氷が崩れはじめ、最後には砕け散り、やつの姿が露わとなる。全身に封印の鎖を巻かれているが、それはそれはとても素晴らしい姿だった。
と、氷がなくなり、飛んでいった心臓は――スゥッとやつの体の中へと消えるように入っていく。そして一瞬、強い光がやつを包んだ。なんとか目を開けていたが、本当に強い光だった。しかしすぐ光は収まり、そこには――
先ほども素晴らしいと思っていたが、心臓が元に戻り、血が通ったからなのか、光沢が出て、さらに美しさを増している。早く契約しなければと思っていたが、つい見入ってしまった。
が、次の瞬間、やつの体から禍々しい魔力がドンッと溢れ出て、全身に巻きついていた鎖が、次々に弾け飛んでいった。
あの鎖が全て解ける前に、奴隷契約の魔法陣を!
次々と鎖が切れていく中、私が呪文を唱え終えると、やつの下に魔法陣が浮き上がった。後はこの魔法陣に魔力を流し込めば……そのとき、私の頭の上から唸り声が聞こえた。
見れば、先ほどまで閉じていた目と口が少し開き、口からは少々の煙が出ている。そして、先ほどよりも魔力が溢れていた。
急がなければ。これを成功させなければ、私はここで死ぬことになる。そうなれば、あの方を復活させるどころか、その前にこの世界がなくなるかもしれない。
さらに魔法陣に魔力を流す。この奴隷契約に使う魔法陣は、心臓を探しに行ったときに、偶然発見した書物に書いてあったものだ。
これほど強力な奴隷契約ができる魔法陣を、私は今までに見たことがなかった。おそらくこの奴隷契約を知っているのは、今この世界に私だけではないだろうか。これも、心臓の次に、私にとって素晴らしい発見だった。
「よし、あと少しだ」
『グルルルル……グアァァッ!!』
ハッと見上げると、あと二本にまで鎖が外れており、目はしっかりと開き、赤い光る目が私を睨んでいた。そしてまた、やつの体が光りはじめる。
まずい!! あと少し、あと少しなんだ! 私は限界まで魔力を上げ、それを全て魔法陣に流した。そして私の魔力が途切れた瞬間、鎖は全てちぎれ、それと同時に魔法陣も光った。
『グアァァァ、グアァァァァァァ!!』
「ぐっ!!」
物凄い光に、何も見えなくなった。私は目を瞑る。続いて私の体の中から、何かが出て、やつの方へ向かったような気がした。
どれくらい経ったか。ようやく周りの光が落ち着いてきたので、私はそっと目を開けた。やはりまだ少し明るかったが、もう目を瞑らなくていいほどにはなっている。そして私の前には――
『……』
「自分が何者か分かるか?」
『……』
「聞こえているだろう、主人に逆らうな。ふん、その私を睨んでくる目、意識ははっきりしているな、そして、今の自分の状況も分かっているのでは?」
『お前が我を生き返らせたのか? あのようなものまで使って』
「お前を従えるためにな」
『ふん、そこまでして我を生き返らせるとは。人間とはどこまで愚かな生き物なのだ』
「その愚かな生き物に、お前は使われることになるのだ。前に使われたことがあるのなら分かるだろう。これからは絶対に逃れられない。まあ、前回はもう少しで逃げられるところだったかもしれんがな、私はそこまで馬鹿ではない」
『本当に、そんなことができるとでも?』
「できるとも。私はそれだけの力を持っている」
『どうだかな。まあ、お前が死ぬまで待てばいいだけのこと。そしてそれはすぐにやってくる』
「……外へ出るぞ。お前にはすぐに動いてもらう。全てを手に入れるために」
『我を生き返らせたのだ。どうせそのようなことを言ってくると思ったが。まあいい。お前が死ぬのを待つ時間、我をこのような目に遭わせた者たちを、全て滅ぼしてくれる』
「行くぞ!」
目の前のそれが翼を広げる。復活した私の奴隷魔獣、エンシェントドラゴンが。
4.危険を知らせる石の音
それは僕――カナデたちにとって、いつも通りの朝でした。イングラムたち、そしてウィバリーさんたちが来てからは、朝ご飯の時間も人数が増えて、さらに楽しい時間になっていました。でも、朝のデザート、果物の盛り合わせを食べているとき――
ガタッと、エセルバードさんとウィバリーさん、そしてイングラムが勢いよく立ち上がりました。そして、エセルバードさんがみんなに頷いたあと、窓からこれまた凄い勢いで飛んでいきました。それから、ウィバリーとイングラムも部屋から出ていってしまいます。
どうしたのかなと思っていたら、いきなり塔の石から警報音が鳴りました。前にクラウドが聞かせてくれた、小さな石の音でもかなり大きかったけれど、塔の石は本当に凄い音で、思わず耳を塞いでしまいました。
音が鳴り終わって、ため息をつきます。何々? どうしたの、何かあったの? それとも避難訓練? 僕は周りをキョロキョロします。そうしたらフィル、クルクル、アリスターたちが、変な顔をしていました。
「みみゃ、どちたにょ?」
『なんか、へんなかんじがするなの』
『うん。こんな感じ初めて』
『かあ様、この変な感じ何かな?』
『何かしらね、私も初めてよ。さあ!』
アビアンナさんが手をパチンと鳴らします。
『みんな移動しましょう。大丈夫よ、今あの人たちが確認しに行ってるわ。あなたたちはとりあえず、そうね……いつも通り、避難しやすいように、アリスターの遊び部屋へ行きましょう。それと、みんな、これからは私や、大人の言うことをよく聞いて、絶対に一人にならないこと。いいわね』
「あい!」
『はいなの!』
『『はい!!』』
よく分からないまま、僕は返事をします。どうも僕以外のみんなは何かを感じているみたいです。それにこの警報音、避難訓練じゃなくて本物? それって、ドラゴンの里に危険が迫っているんじゃなかった?
すぐにクラウドが僕を抱き上げて、クルクルは僕の胸のところに収まりました。そして全員で部屋を出ようとした瞬間、別の音が聞こえてきました。聞いたことがない音です。塔の石の音よりも、ちょっとだけ低い音でした。
「まちゃ、おとしゅりゅ。べちゅのいち、ありゅ?」
『いえ、あの音は、別のドラゴンの里の警報音です』
と、クラウドに教えてもらっていると、またまた違う音がしました。今度はちょっと高い音です。これもまたまた違うドラゴンの里の警報音だって。この森にドラゴンの里は三つ。三つの音が鳴ったってことは、全部の里に危険が迫っているの?
『さあ、移動しましょう。セバス、通常通りの用意を』
『かしこまりました、アビアンナ様』
廊下でセバスチャンとストライド、アリアナと別れて、僕たちはアリスターの遊び部屋へ行きます。廊下はかなりバタバタしていました。ドラゴンも人型ドラゴンも、あっちへそっちへ行ったり来たり。しかもみんなが色々な荷物を運んでいました。
そんな中を、僕たちはみんなを避けながら進みます。その間に僕たちのいる里の石の音は消えました。そして部屋の中に入ると、僕たちは部屋の真ん中に集められて、そこから動かないでって言われました。
その後、クラウドとジェロームは何個かある窓全てから外を確認します。イングラムのお付きだったワイルドウルフのラニーたちは、アビアンナさんとローズマリーさんと一緒に、部屋の中のチェックをしました。
「どちたのかにゃ? しゃと、あぶにゃいときに、いちなりゅ。あぶにゃいこちょ、ありゅ?」
『カナデ、大丈夫だよ。どんなことがあっても、とう様たちが全部解決してくれるもん。それに、もし魔獣たちが襲ってきてたら、そのときはかあ様が、全部薙ぎ払ってくれるし』
アリスターがそう話してくれました。
あ~、そういえば前回、魔獣が里を襲ったとき、最後は里の周りが魔獣の死体だらけだったって、クルクルが言ってたよね。もしかして、それやったのアビアンナさん?
うん、アリスターの言う通り、ドラゴンの森で一番強いエセルバードさんと、そんなエセルバードさんを叱る、アビアンナさんがいるんだから、大丈夫だよね。それに、今はウィバリーさんたちもいるし、イングラムたちもいます。だからもっと問題なし! と、そんな話をしていると――
『失礼します』
マーゴとアリアナ、それから他にも使用人さんとメイドさんが、部屋に入ってきました。そして、みんなどんどん部屋に荷物を運び入れて、セットを始めました。
テーブルにソファー、いつもゴロゴロするときに使うクッションに、ベッドが十個分。それからたくさんの箱に、クローゼットと洋服も運ばれてきました。なんか、ここに新しく部屋を作っている感じです。アリスターの遊び部屋がどんどん変わっていきます。
『これもいつもと一緒だよ。何かあったとき、もしかしたら避難しないといけないかも。でも避難って言われるまでは、ここでみんなで生活するんだ。みんながバラバラだと、避難するときに大変でしょう?』
いつも僕はフィルとクルクルと一緒、ほとんど離れることはありません。でも、もしバラバラの場所にいたら? 避難って言われて、クラウドが僕たちをいちいち探していたら、時間がかかってしまいます。だから、こういうときはなるべくみんな一緒にいるそうです。
それから、いつまでここにいるかは分からないので、ご飯とか着替えとか、そういったことも、全部この部屋ですませるそうです。あの運ばれてきた箱の中には、それに必要なものが入っているんだとか。
食料とか調理器具とか。あとは薬や武器も入っているみたい。うん、なんでもって感じ。箱を間違えて開けないように、しっかりと分けて置いていっています。箱の中身はまた後でセットするとのことです。
『奥様、もう少しで全て運び終わります』
『分かったわ。ここが終わったら次はあなたたちの準備を先に』
『かしこまりました』
準備してくれた使用人さん、メイドさんたちがどんどん少なくなって、最後にマーゴとアリアナが出ていきました。
*
それは突然だった。当時、私――エセルバードたち大人は先にご飯を食べ終わり、果物を食べる子供たちの可愛い様子を見ていた。そのとき、隣の森から魔力の爆発を感じたのだ。それはとても禍々しい魔力で、ただの爆発ではなく、大爆発と言っていいものだった。
このドラゴンの森はかなり広く、大きなウィバリーの街が何個も入ってしまうほどだ。そんな広いドラゴンの森の隣の森とはいえ、放ってはおけない。
私はウィバリーたちに頷くと、すぐさま石を鳴らしに塔へ向かった。そして塔では、石を鳴らしながら里の様子を確認する。今のところ、里に異変はないようだ。しかし、爆発のときから感じている禍々しい魔力は消えておらず、その場に留まっている感じがした。
少し経つと、他の里の石も鳴りはじめた。おそらく、他の里も我々と同じように、あの禍々しい魔力に対して、石を鳴らしたのだろう。
石の音で、里の外へ出ていたドラゴンたちが、次々と里へ戻ってきた。一番遠くにいるドラゴンたちも、数分したら戻ってくるはずだ。
そして、魔獣たちも里へと集まってきていた。彼らも、この禍々しい魔力に危険を感じ、私たちのもとへと集まってきたようだ。
私たちと仲のいい魔獣たちがどんどん里の周りに集まり、敵対している魔獣たちは、それぞれで集まって警戒をしている。他の里の周りも同じようだ。
今まで、魔獣たちが里に集まってきたことがあったか? 森の危機も、里の危機も何度かあったが、魔獣が集まってくることは今までになかった。それだけあの禍々しい魔力を、皆が危険と感じているのだろう。
もう少しすれば、魔獣たちも里の中で落ち着く場所が決まるはずだ。それが終わり次第、里に結界を張ろう。これから何が起こるか分からないが、できる限りの対応をしなければいけない。
石を鳴らし終わると、私は会議室へ移動する。移動している最中に、先に里の周りを見てきたであろうイングラムと、イングラムに乗ったウィバリーが戻ってきた。
『見た感じどうだった?』
「お前も気配で感じたと思うが、魔獣が集まってきていること以外、今は何も」
『私の方も何も。あの魔力以外はな』
ウィバリーとイングラムは私の問いにそう答えた。
「俺たちがいて、ちょうどよかったというかなんというか。あれが何か分からないが、何かあれば、俺たちとイングラムたちでどこかを守ろう。俺たちの方は全員で二十人、イングラムの方は五匹。なんとかなるだろう」
『それなのだが、もう少し、いや、かなり増やせるかもしれん。集まってきた魔獣たちの中に、何かあるならばエセルバードたちとともに戦うと、言ってきた者たちが大勢いる。かなり強い魔獣たちもいるからな。それぞれがどこを守るのか決めれば、かなりの戦力になるはずだ』
『そんなにか、イングラム?』
『皆、この魔力をおかしいと感じているのだ。何かが絶対に起こると。それと、集まってきていない魔獣たちだが、本当に自分たちにも害があると思った場合は、あっちはあっちで対応するだろう』
『だろうな。だが、何か分からないものに便乗しなければいいが。それだけは気をつけなければいけない。とりあえず会議室へ。こういうときの対策は一応考えてあるが、お前たちのことも含めて、他の者に伝える』
会議室に入ると、すでに第四部隊のヘクタールとホリス、第五部隊のアンジェリナとトレーシーが待っていた。彼女たちもここへ来る前に里の周りを確認してきたらしいが、何もなかったという。
気配から、もうすぐ他の部隊も来ることは分かっていたが、少しでも早く動いた方がいいため、二部隊には先に話をすることにした。
まず、ウィバリーとイングラムたちが、里を守るために手伝ってくれることを伝え、森の魔獣たちも手伝ってくれるかもしれないことを話した。
『あら、それはとても心強いわね』
『森の魔獣までともに戦うというとは、それだけあの禍々しい魔力が問題だということか』
ヘクタールとアンジェリナが口々に言う。
『やることは分かっているとは思うが、今回は他からも力を借りることになるだろう。そしてウィバリーたちとイングラムたちにも。そこはしっかり理解しておいてくれ』
『分かったわ。よろしくね』
『よろしく頼む』
こうして二部隊に説明をし、先に動いてもらうことにした。数分後、他の部隊も集まり、同じ話をした後、持ち場へ移動してもらった。
最後は私の部隊だが、私の部隊の副隊長はストライドの弟イグジリオンだ。
数日前に里に帰ってきたばかりで、まだカナデたちに紹介はしていない彼だが、今ここにはいない。すでに持ち場に移動して、準備をしていることだろう。他の部隊にした話はしなければいけないが、とりあえずは大丈夫だ。
私は先にやらなければならないことを、片づけてしまおう。こういう緊急事態には、連絡係がいる。もともと用意はされているが、今回はそれでは足りない。
『ウィバリー、お前たちのところから、連絡係を出せるか?』
「俺のところからはイレイサーを。あいつは動かなくとも魔法で伝達はできるからな」
『そうか、イレイサーがいたな』
そして、イングラムも口を開いた。
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