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フレンチトースト
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気づくと午後5時を回っていた。
変な時間に寝て、変な時間に起きてしまった。
ベッドで寝ているはずの珀次の姿はどこにもなかった。
微かに甘い匂いがする。
なんだ?
テーブルの上にメモを見つけた。
千円札も置いてある。
『迷惑かけてすまなかった。
冷蔵庫にフレンチトーストがあるから、腹減ってたら食べてくれ。
牛乳と卵、バター借りた、ごめん。
碧斗、ごめんなさい。
碧斗のことは俺が見つけて助けたい。
だから少し時間をください』
珀次の字だ。
あいつが唯一作れるフレンチトースト、
作るたびに俺が食べるのを嬉しそうに見ながら
「美味いだろ?」
とドヤってた。
確かに美味かった。
「こんなの誰でも作れる」
なんて言って素直に褒めなかったけど、不器用な珀次が作ってくれたことが嬉しくて、本当はいつもちょっと泣きそうになってた。
冷蔵庫からフレンチトーストを取り出し、レンジで温める。
甘い匂いが部屋に満ちる。
ふっ
何枚作ったんだよ、あいつ。
食パン一斤分使ったんだな、6枚もある。
食おうとして箸を手にしてる自分に笑ってしまう。
珀次はいつも箸を出す。
「なんで箸なんだよ、ナイフとフォークだろ?」と言うと、
「洒落たカフェじゃないんだから箸でいいだろ?」と箸を差し出す。
美味い。
甘さとバターの塩味が絶妙に相まって俺が作っても珀次の味にはならなかった。
「なんで俺のと違うんだ?材料同じだろ?」
と言うと
「俺はフレンチトーストの天才だから」
といつも得意げだった。
でも本当にフレンチトーストに関してはお前は天才だよ、美味いもん。
どうして美味いのに泣きたくなるんだ。
涙が込み上げる。
これももう食べられない。
またこんな些細なことで悲しくなる。
店に行って食べればいい、美味しい店なんていくらでもある。
でも珀次のフレンチトーストはもう食べられない、それが別れるってことなんだ…
それに気づいて涙が溢れる。
自分だけが愛してるのが癪だったんだ。
俺と同じだけの愛を珀次に貰いたかった。
天秤にかけた俺の想いだけがいつも大きく下に傾いてる気がして辛かった。
珀次は不器用ながらもいつも溢れるくらいの愛を俺にくれていた。
気づかなかったのは俺だ。
時々やり方を間違えるけど方向だけは誤らなかった。
珀次の天秤は俺のものなんかより遥かに大きかったんだ。
こんなに食べられるかよ…バカだな…
それでも箸を止められない。
ちゃんと食べなきゃ…
涙を拭ってテーブルのメモを読み返す。
『碧斗のことは俺が見つけて助けたい』
これはどういうことなんだろう。
わからない。
時間をくれと書いてある。
どのくらい?
どれだけ待てばいいんだ?
そもそも俺は待つべきなのか?
別れたんだ、俺たちは。
珀次の意図がわからないまま、俺は部屋探しを少しだけ先に伸ばすことにした。
まだ好きだから待ちたいなんて認めたくなかった。
強がりで意地っ張りな俺が消えてくれない。
素直に待ちたいと言えたら楽なのに…
それから珀次は俺の部屋に来なくなった。
時々LINEが来る。
「暑くなってきたから体力落とさないように飯食えよ」
「ちゃんと寝ろ」
「無理するな」
そんな一方的な返事をしなくても問題ないようなことだけを送ってくる。
お前に心配されなくてもわかってる。
別れてるんだから俺の心配なんてしなくていい。
そう返そうとしたけど返せなかった。
心配してくれるのに部屋には来ないんだな。
天邪鬼な俺が顔を出す。
来るなと言ってるくせに来なくなると、なんで来ないんだと拗ねる俺は我儘だ。
もう呆れたかな。
素直になれなくて意地張り過ぎて、小さいことに子どものように拗ねる俺に愛想尽かしただろうな。
拗ねてごめん、会いたいとどうして言えないんだ。
colourには時々行く。
橙花さんとも顔を合わせることもある。
体の関係はあの時だけ。
なにも変わらなかった。
なにもなかったかのよう、というのではなく、あった上で二人の秘密という感じだ。
あの夜の数日後、colourで俺の顔を見ると橙花さんは唇に指を当てた。
秘密。
言えない秘密ではなく、言わなくていい秘密。
それだけだよな。
だから橙花さんとは以前と変わらない、銀二さんや緑くんと同じ付き合い方だ。
まだたまに飲みすぎる橙花さんに
「飲み過ぎてますよ」とは言うけれど。
そう言うと橙花さんはいつも決まって
「碧くん、駅まで送ってよ」と言う。
笑ってしまう。
言われたまま送ると
「目の前だし!」とゲラゲラ笑ってる。
俺も笑う。
それを見て緑くんが
「なにしてんの?なんの遊び?」
と面白がってるし、銀二さんも
「今度は私にも送らせてください」
と乗ってくる。
ほらね、ここは気楽で心地良い俺の宝島。
変な時間に寝て、変な時間に起きてしまった。
ベッドで寝ているはずの珀次の姿はどこにもなかった。
微かに甘い匂いがする。
なんだ?
テーブルの上にメモを見つけた。
千円札も置いてある。
『迷惑かけてすまなかった。
冷蔵庫にフレンチトーストがあるから、腹減ってたら食べてくれ。
牛乳と卵、バター借りた、ごめん。
碧斗、ごめんなさい。
碧斗のことは俺が見つけて助けたい。
だから少し時間をください』
珀次の字だ。
あいつが唯一作れるフレンチトースト、
作るたびに俺が食べるのを嬉しそうに見ながら
「美味いだろ?」
とドヤってた。
確かに美味かった。
「こんなの誰でも作れる」
なんて言って素直に褒めなかったけど、不器用な珀次が作ってくれたことが嬉しくて、本当はいつもちょっと泣きそうになってた。
冷蔵庫からフレンチトーストを取り出し、レンジで温める。
甘い匂いが部屋に満ちる。
ふっ
何枚作ったんだよ、あいつ。
食パン一斤分使ったんだな、6枚もある。
食おうとして箸を手にしてる自分に笑ってしまう。
珀次はいつも箸を出す。
「なんで箸なんだよ、ナイフとフォークだろ?」と言うと、
「洒落たカフェじゃないんだから箸でいいだろ?」と箸を差し出す。
美味い。
甘さとバターの塩味が絶妙に相まって俺が作っても珀次の味にはならなかった。
「なんで俺のと違うんだ?材料同じだろ?」
と言うと
「俺はフレンチトーストの天才だから」
といつも得意げだった。
でも本当にフレンチトーストに関してはお前は天才だよ、美味いもん。
どうして美味いのに泣きたくなるんだ。
涙が込み上げる。
これももう食べられない。
またこんな些細なことで悲しくなる。
店に行って食べればいい、美味しい店なんていくらでもある。
でも珀次のフレンチトーストはもう食べられない、それが別れるってことなんだ…
それに気づいて涙が溢れる。
自分だけが愛してるのが癪だったんだ。
俺と同じだけの愛を珀次に貰いたかった。
天秤にかけた俺の想いだけがいつも大きく下に傾いてる気がして辛かった。
珀次は不器用ながらもいつも溢れるくらいの愛を俺にくれていた。
気づかなかったのは俺だ。
時々やり方を間違えるけど方向だけは誤らなかった。
珀次の天秤は俺のものなんかより遥かに大きかったんだ。
こんなに食べられるかよ…バカだな…
それでも箸を止められない。
ちゃんと食べなきゃ…
涙を拭ってテーブルのメモを読み返す。
『碧斗のことは俺が見つけて助けたい』
これはどういうことなんだろう。
わからない。
時間をくれと書いてある。
どのくらい?
どれだけ待てばいいんだ?
そもそも俺は待つべきなのか?
別れたんだ、俺たちは。
珀次の意図がわからないまま、俺は部屋探しを少しだけ先に伸ばすことにした。
まだ好きだから待ちたいなんて認めたくなかった。
強がりで意地っ張りな俺が消えてくれない。
素直に待ちたいと言えたら楽なのに…
それから珀次は俺の部屋に来なくなった。
時々LINEが来る。
「暑くなってきたから体力落とさないように飯食えよ」
「ちゃんと寝ろ」
「無理するな」
そんな一方的な返事をしなくても問題ないようなことだけを送ってくる。
お前に心配されなくてもわかってる。
別れてるんだから俺の心配なんてしなくていい。
そう返そうとしたけど返せなかった。
心配してくれるのに部屋には来ないんだな。
天邪鬼な俺が顔を出す。
来るなと言ってるくせに来なくなると、なんで来ないんだと拗ねる俺は我儘だ。
もう呆れたかな。
素直になれなくて意地張り過ぎて、小さいことに子どものように拗ねる俺に愛想尽かしただろうな。
拗ねてごめん、会いたいとどうして言えないんだ。
colourには時々行く。
橙花さんとも顔を合わせることもある。
体の関係はあの時だけ。
なにも変わらなかった。
なにもなかったかのよう、というのではなく、あった上で二人の秘密という感じだ。
あの夜の数日後、colourで俺の顔を見ると橙花さんは唇に指を当てた。
秘密。
言えない秘密ではなく、言わなくていい秘密。
それだけだよな。
だから橙花さんとは以前と変わらない、銀二さんや緑くんと同じ付き合い方だ。
まだたまに飲みすぎる橙花さんに
「飲み過ぎてますよ」とは言うけれど。
そう言うと橙花さんはいつも決まって
「碧くん、駅まで送ってよ」と言う。
笑ってしまう。
言われたまま送ると
「目の前だし!」とゲラゲラ笑ってる。
俺も笑う。
それを見て緑くんが
「なにしてんの?なんの遊び?」
と面白がってるし、銀二さんも
「今度は私にも送らせてください」
と乗ってくる。
ほらね、ここは気楽で心地良い俺の宝島。
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