9 / 14
美羽家
しおりを挟む
美羽明純。
旧財閥系の中でも御三家と言われる美羽財閥、美羽商事の社長だ。
伊純はその明純と同じグループ内企業の重役の娘である由利香との間に長男として生を受けた。
明純と由利香には伊純の他に二人の娘がいる。
二人とも既にそれぞれ家庭を持ち幸せに暮らしている。
伊純は末っ子の長男として家族の寵愛を受け育った。
そんな何不自由なく育った伊純だが高校生になった頃、お嬢様育ちだが父親の教育方針で若い頃はアルバイトなども経験したことがある由利香が、自分と同じように普通の感覚を身につけさせたい、伊純が望むのであればアルバイトを許可してやって欲しいと珍しく明純に頼み事をしてきた。
由利香とは所謂政略結婚ではあるが、
由利香の父親、奥寺覚は大変頭の切れる男で明純自身も一目置いていた人物であり、三人の孫の祖父として孫たちを非常にかわいがる好好爺でもあった。
特に伊純とは気が合うのか、趣味の将棋を熱心に教え込み、伊純に相手をさせていた。
そんな普通な感覚も養いつつも、誘拐などのリスクを避けるため、公には子どもたちの顔やプロフィールなど一切公表していない。
社会人になるまでは決して漏らすなと各メディアに強い箝口令が敷かれていた。
脅しと捉えても構わない、それくらい明純は子どもたちを守ることに必死だった。
自身、幼い頃から色眼鏡で見られ、大人たちからは媚を売られ、打算で近づく者たちに辟易していた。
幼稚園から大学まで同じ系列の学校に通っている伊純はとても素直に伸び伸びと育った。
由利香の願いを叶えるために明純は伊純に話をした。
「伊純、お前は大学を卒業したら私の元でこの仕事について一から学びなさい。
ゆくゆくはお前がこのグループを率いることになる、その自覚を持たなくてはならない。
伊純に拒否権はないと思え。
命令と捉えてもよい。
お前は何万人もの社員とその家族を守らなければならないんだ。
甘えは捨てなさい。
しかし、これから高等部へ入学するお前にこの重圧を背負わせるのは酷だということもわかっている。
まだ子どものお前にはあまりにも重すぎる。
少しずつでいい、ゆっくり向き合っていって欲しい。
母さんとも話をしたのだが、これから大学を卒業するまでの間、アルバイトをすることを認める。
仕事をして金を稼ぐという感覚を身につけなさい。
学業に支障をきたさない、法を犯さない限りは許すつもりではいるが、念のためやりたいアルバイトがあるなら事前に相談しなさい。
それと大学生になったら一人暮らしも認める。
この家にいても勿論構わないが、金を稼いで一人で生活してみるというのを経験するのも大事だと父さんは思う。そこは伊純の好きにしていい」
伊純はしばらく思案すると
「父さん、それは僕に自由をくれるということですか?」
と聞いた。
「自由か…そうかもしれないな。
自分で考えて決めて実行に移すということが自由というのなら間違ってないと思う。
ただな、伊純、自由というのは責任も伴うんだよ。
そしてそれはとても楽しいけれど怖いことでもある。わかるか?」
「正直言うとよくわからない」
ふっ
「そうだよな、それなら自由というのがなんなのか自分で確かめてみなさい」
「わかりました」
明純が
「入ってくれ」
と誰かに声をかける。
「失礼します」
と一人の男が入ってきた。
「伊純、もう一つ話がある。
今もお前には護衛がついているが、護衛プラス相談係を担う者を伊純の側に置くことにした。それがこの雪平だ」
「雪平修二と申します」
雪平と呼ばれた男が深々と頭を下げる。
「相談係?」
「これからアルバイトなどをする時、意見を求めたかったり、相談したい時には雪平を頼りなさい。父さんや母さんには話しづらいことも出てくるだろうから。
勿論今まで通り、父さんと母さんに相談してきてくれるのは大歓迎だ」
「例えばどんなこと?」
「そうだなあ、うーん、恋愛関係とかかな?」
「それなら友達にするよ」
「そういうな、親ではない第三者の大人の意見も聞いてみたいだろ?」
「そんなものなのかなあ」
「まあ難しく言ってはみたが、要するに伊純のことを心配する親心だと思って受け入れてくれないか?」
「父さんは心配しすぎだよ」
「親なら誰だって子どもが心配なんだ」
「そうなんだ」
「そうだよ」
「一人暮らしの件だがな」
「はい」
「認めるとは言ったが、ずっとここにいてくれていいんだぞ」
明純が本音を漏らすと伊純は大きな声で笑った。
それ以来雪平は伊純の護衛兼相談係として側にいる。
雪平も他の護衛も表立って張り付いているわけではない。
側にはいるがあくまでも黒子に徹している。表では伊純にも気づかれないようにとの明純からの指示だ。
幸い、護衛が活躍することはこれまでのところはない。
伊純は父親に言われた通り、なんでも雪平に相談した。
その内容は相談というより話し相手に近いものではあったが、明純もそれで良いと黙認していた。姉たちも嫁いでしまったこの家で、親や友達以外の第三者である雪平は伊純にとって面白い存在だった。
明純の言うように何か相談すれば手放しで賛同してくれたり、それはどうかと思いますと反対されたり、友達とは違う意見が聞けたりするのは新鮮だった。
歳は随分離れているがまるで兄のように伊純は雪平を慕っていた。
旧財閥系の中でも御三家と言われる美羽財閥、美羽商事の社長だ。
伊純はその明純と同じグループ内企業の重役の娘である由利香との間に長男として生を受けた。
明純と由利香には伊純の他に二人の娘がいる。
二人とも既にそれぞれ家庭を持ち幸せに暮らしている。
伊純は末っ子の長男として家族の寵愛を受け育った。
そんな何不自由なく育った伊純だが高校生になった頃、お嬢様育ちだが父親の教育方針で若い頃はアルバイトなども経験したことがある由利香が、自分と同じように普通の感覚を身につけさせたい、伊純が望むのであればアルバイトを許可してやって欲しいと珍しく明純に頼み事をしてきた。
由利香とは所謂政略結婚ではあるが、
由利香の父親、奥寺覚は大変頭の切れる男で明純自身も一目置いていた人物であり、三人の孫の祖父として孫たちを非常にかわいがる好好爺でもあった。
特に伊純とは気が合うのか、趣味の将棋を熱心に教え込み、伊純に相手をさせていた。
そんな普通な感覚も養いつつも、誘拐などのリスクを避けるため、公には子どもたちの顔やプロフィールなど一切公表していない。
社会人になるまでは決して漏らすなと各メディアに強い箝口令が敷かれていた。
脅しと捉えても構わない、それくらい明純は子どもたちを守ることに必死だった。
自身、幼い頃から色眼鏡で見られ、大人たちからは媚を売られ、打算で近づく者たちに辟易していた。
幼稚園から大学まで同じ系列の学校に通っている伊純はとても素直に伸び伸びと育った。
由利香の願いを叶えるために明純は伊純に話をした。
「伊純、お前は大学を卒業したら私の元でこの仕事について一から学びなさい。
ゆくゆくはお前がこのグループを率いることになる、その自覚を持たなくてはならない。
伊純に拒否権はないと思え。
命令と捉えてもよい。
お前は何万人もの社員とその家族を守らなければならないんだ。
甘えは捨てなさい。
しかし、これから高等部へ入学するお前にこの重圧を背負わせるのは酷だということもわかっている。
まだ子どものお前にはあまりにも重すぎる。
少しずつでいい、ゆっくり向き合っていって欲しい。
母さんとも話をしたのだが、これから大学を卒業するまでの間、アルバイトをすることを認める。
仕事をして金を稼ぐという感覚を身につけなさい。
学業に支障をきたさない、法を犯さない限りは許すつもりではいるが、念のためやりたいアルバイトがあるなら事前に相談しなさい。
それと大学生になったら一人暮らしも認める。
この家にいても勿論構わないが、金を稼いで一人で生活してみるというのを経験するのも大事だと父さんは思う。そこは伊純の好きにしていい」
伊純はしばらく思案すると
「父さん、それは僕に自由をくれるということですか?」
と聞いた。
「自由か…そうかもしれないな。
自分で考えて決めて実行に移すということが自由というのなら間違ってないと思う。
ただな、伊純、自由というのは責任も伴うんだよ。
そしてそれはとても楽しいけれど怖いことでもある。わかるか?」
「正直言うとよくわからない」
ふっ
「そうだよな、それなら自由というのがなんなのか自分で確かめてみなさい」
「わかりました」
明純が
「入ってくれ」
と誰かに声をかける。
「失礼します」
と一人の男が入ってきた。
「伊純、もう一つ話がある。
今もお前には護衛がついているが、護衛プラス相談係を担う者を伊純の側に置くことにした。それがこの雪平だ」
「雪平修二と申します」
雪平と呼ばれた男が深々と頭を下げる。
「相談係?」
「これからアルバイトなどをする時、意見を求めたかったり、相談したい時には雪平を頼りなさい。父さんや母さんには話しづらいことも出てくるだろうから。
勿論今まで通り、父さんと母さんに相談してきてくれるのは大歓迎だ」
「例えばどんなこと?」
「そうだなあ、うーん、恋愛関係とかかな?」
「それなら友達にするよ」
「そういうな、親ではない第三者の大人の意見も聞いてみたいだろ?」
「そんなものなのかなあ」
「まあ難しく言ってはみたが、要するに伊純のことを心配する親心だと思って受け入れてくれないか?」
「父さんは心配しすぎだよ」
「親なら誰だって子どもが心配なんだ」
「そうなんだ」
「そうだよ」
「一人暮らしの件だがな」
「はい」
「認めるとは言ったが、ずっとここにいてくれていいんだぞ」
明純が本音を漏らすと伊純は大きな声で笑った。
それ以来雪平は伊純の護衛兼相談係として側にいる。
雪平も他の護衛も表立って張り付いているわけではない。
側にはいるがあくまでも黒子に徹している。表では伊純にも気づかれないようにとの明純からの指示だ。
幸い、護衛が活躍することはこれまでのところはない。
伊純は父親に言われた通り、なんでも雪平に相談した。
その内容は相談というより話し相手に近いものではあったが、明純もそれで良いと黙認していた。姉たちも嫁いでしまったこの家で、親や友達以外の第三者である雪平は伊純にとって面白い存在だった。
明純の言うように何か相談すれば手放しで賛同してくれたり、それはどうかと思いますと反対されたり、友達とは違う意見が聞けたりするのは新鮮だった。
歳は随分離れているがまるで兄のように伊純は雪平を慕っていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
侯爵様と婚約したと自慢する幼馴染にうんざりしていたら、幸せが舞い込んできた。
和泉鷹央
恋愛
「私、ロアン侯爵様と婚約したのよ。貴方のような無能で下賤な女にはこんな良縁来ないわよね、残念ー!」
同じ十七歳。もう、結婚をしていい年齢だった。
幼馴染のユーリアはそう言ってアグネスのことを蔑み、憐れみを込めた目で見下して自分の婚約を報告してきた。
外見の良さにプロポーションの対比も、それぞれの実家の爵位も天と地ほどの差があってユーリアには、いくつもの高得点が挙げられる。
しかし、中身の汚さ、性格の悪さときたらそれは正反対になるかもしれない。
人間、似た物同士が夫婦になるという。
その通り、ユーリアとオランは似た物同士だった。その家族や親せきも。
ただ一つ違うところといえば、彼の従兄弟になるレスターは外見よりも中身を愛する人だったということだ。
そして、外見にばかりこだわるユーリアたちは転落人生を迎えることになる。
一方、アグネスにはレスターとの婚約という幸せが舞い込んでくるのだった。
他の投稿サイトにも掲載しています。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
お父様、ざまあの時間です
佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。
父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。
ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない?
義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ!
私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ!
※無断転載・複写はお断りいたします。
キーナの魔法
小笠原慎二
ファンタジー
落とし穴騒動。
キーナはふと思った。今ならアレが作れるかもしれない。試しに作ってみた。そしたらすんばらしく良くできてしまった。これは是非出来映えを試してみたい!キーナは思った。見回すと、テルがいた。
「テルー! 早く早く! こっち来てー!」
野原で休憩していたテルディアスが目を覚ますと、キーナが仕切りに呼んでいる。
何事かと思い、
「なんだ? どうした…」
急いでキーナの元へ駆けつけようとしたテルディアスの、足元が崩れて消えた。
そのままテルディアスは、キーナが作った深い落とし穴の底に落ちて行った…。
その穴の縁で、キーナがVサインをしていた。
しばらくして、穴の底から這い出てきたテルディアスに、さんざっぱらお説教を食らったのは、言うまでもない。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
病んでる愛はゲームの世界で充分です!
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。
幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。
席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。
田山の明日はどっちだ!!
ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。
BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。
11/21
本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。
王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。
薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。
アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。
そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!!
え?
僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!?
※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。
色んな国の言葉をMIXさせています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる