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雪平の心情

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自分の部屋に伊純さんを招き入れると、彼は、
「悪いことしてる気分」
と言ってはしゃいでいる。
「悪いことしているんです」
護衛にも申し訳ない。
「その方がワクワクする」

伊純さんを押さえつけキスする。
このクソガキが調子に乗りやがって。
舌でこじ開ける、意外にも前にキスして来た時のような反応をしない。
どうした、ビッチ、来いよ。

いくら舌を絡めても伊純さんはおとなしい。
「これを望んでいたのではないのか?」
唇を離し伊純さんに問う。

「……」
様子がおかしい。
「伊純さん?」

真っ赤になっている。

こちらが面食らってしまう。

「伊純さん?どうかしましたか?」
「……」
「具合悪いのですか?」
「…ずっと雪平とこうしてみたかった」
「え…」
「お願い、雪平、お願いだから優しくして」
「伊純さん?」
「雪平に…乱暴にされたくない…」 
俺の胸に抱きつき小さな声でそう囁く。

俺の立場を分かった上でこれをいうのは卑怯だ。
わかってる、でも…

「行きましょう」
「え?」
伊純さんの手を引き寝室へ連れて行く。

ベッドへ寝かせる。
「私にどうして欲しいのですか?」
「優しくして欲しい」
「こうですか?」
伊純さんの髪を撫でる。
「子ども扱いしないで」
「どこが子どもですか、ただのビッチでしょう、あなたは」
つい本音が出て口が悪くなる。
「呆れてる?」
「はい」
「僕のこと嫌い?」
「嫌いになりたくはないです」
「ギリギリってこと?」
ふっ
「そうですね、かなりギリギリですね」

ギュッとしがみつく。
「…言うこと聞くから…」
「約束してくださいね」
「嫌いにならないで」
「なってませんよ、まだ」
「雪平…お願い…嫌いにならないで」
少し意地悪だったかな…
大人げなかったかもしれない。
「わかりました」
そう言うと伊純は雪平に更にギュッとしがみついた。

「そんなにしがみつかないで」
「優しくしてくれる?」
「伊純さんがそうして欲しいならそうします」
「お願い…」
「ほら、こっち見て?」
ゆっくり顔を上げる。
真っ直ぐ俺を見つめる。
唇を重ねる。
「これでいいですか?」
「うん…」
伊純さんは微笑んだ。

伊純さんは従順だった。セックスが初めてではないのはわかりきっているが、きっとリードするより委ねたいのだろうというのは見て取れた。
時々護身術を教えている伊純さんの体は柔らかそうな見た目に反して、筋肉質だ。
その体を俺の前に曝け出す。
自暴自棄になっているのではないことくらいはわかる。
行為の最中、何度もうわ言のように、
「好き…雪平好き…」
と口にしていた。
何度しても何度も俺を求める。
「嫌…離れないで…」
と俺から決して離れようとしない。
「雪平…」
と俺を求める伊純さんの声に呼ばれて俺も伊純さんを求めた。
今まで見せたことのない彼の弱々しさといじらしさに堪らなくなった。


一度抱けば気が済むだろう。 
そう思っていた。
こんなことは俺の仕事ではない、
お坊ちゃんの気まぐれに付き合っただけだ。
しかし伊純さんは違った。
事あるごとに
「言うこと聞いてるよ」
と俺に確認する。
「そうですね、今はいい子ですね」
「ご褒美くれる?」
そう言ってはキスやハグを求めた。

バイトで失敗し叱られた時は添い寝してくれと言ってきた。
明るく、
「叱られちゃった」
と言っていたが、実は堪えていたらしい。
叱られるということに対して耐性が無いのだ。
隣に寄り添ってやると俺に背を向け静かに泣いていた。
ふいにこんな子どものような弱い部分を見せる。
無意識に人の庇護欲を煽るのだ。

以降、
「言うこと聞くから、雪平お願い」
そう言っては事あるごとに伊純さんは俺に抱かれることを求めていた。
性欲処理のつもりだった。
他でされるよりはマシだと自分に言い聞かせ俺はそれに応じていた。

それなのにいつしか彼に溺れているのは自分だと気づいた。
彼を抱くことに喜びと愛おしさを感じるようになっていることに気づいてしまった。

気持ちの上で超えてはならない一線を超えた。
そのことを伊純さんに話し、これ以上は一緒にいられない、護衛も相談役も辞めると伝えた。

彼は 
「好きでいてくれるのなら離れないで」
と縋る。
いつまでもこの関係を続けられるわけがない、と何度も説得したが伊純さんは聞き入れようとしなかった。
離れようとする俺を繋ぎ止めようと伊純さんは必死だった。
それが拗れて今回の監禁に至ってしまった。
監禁の恐れがあると伊純さんに忠告をしたが、伊純さんから返ってきた答えは、
「監禁されてみたい!」
だった。
そして俺に止めないでくれと懇願した。 
「そんなことできるわけがない、犯罪です」
と何度言っても、
「されてみたい」
その一点張りだった。
一つ間違えば殺害されるかもしれないのに、全く意に介さない。
こうなってしまうと何を言っても聞かない。

綿密に計画を立てた。
伊純さんに、
・社長には話を通す
・セーフワードを設ける
・それがなくてもこちらの判断で踏み込む
これを約束させた。
そしてそれを守れないなら今度こそあなたから離れると伝えた。

「約束守るから、雪平が助けに来てね」
この子は監禁をアトラクションか何かと思っているのか?
ここまで来ると重症だ、俺の手に負えない。

更に社長の第一秘書である真田さんに、
「OKIフラワーは買収先の候補に入っています」
そう告げられた。
どういう意味なのか、なぜその話を私にするのかと問うと、
「ただの情報です」
とだけ真田さんは言った。

察した。
上手く使え、そういうことか。


数年前のある日、営業部の部長に呼び出され、
「秘書課に行ってくれ,第一秘書の真田という男がいる」
と告げられた。
なぜ営業部の俺が秘書課へ?
突然の異動だった。
訳がわからぬまま、その真田に、
「あなたに社長の御子息の護衛と相談係をお願いしたい」
と依頼された。

護衛?相談係?
社長に息子がいることすら知らない。
強いて言えば柔道の心得が少しあるだけだ。
「なぜ私なのでしょうか?畑違いにも程があります」
と言うと、真田さんは、
「あなたが適任です」
と言い、
「きっと気に入ります」
そう言って微かに笑ったような気がした。

気に入る?
社長の息子が?
それとも俺が?
真田という男の表情から全く感情が読めなくて不気味だった。
あれはどういう意味だったのだろうかと、今だに考えることがある。
しかし、こうなっている現状、真田さんの意のままになっていることに、誰でも良いとただ当てがわれたのではないと思い知る。


伊純さんがわざと人を困らせるのは気を引きたいからだ。
生まれた時から両親の寵愛を受けて育った。
それと同時に生まれた時点で死ぬまでの運命が決まった。

不自由という自由。
彼に与えられたものはこれだ。
彼は不自由にこそ自由を感じる。
これは習性。
生まれてからずっと鳥籠の中で育った者にしかわからない習性なのだ。
巨大な鳥籠のかわいそうな一羽の小鳥。
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