自由を知らない籠の鳥は淡く甘い夢を見る

秋臣

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雪平

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伊純さんと関係を持ったのは彼が大学1年の頃だった。

「学校に同性カップルがいるんだよ」
と伊純さんが俺に聞かせてくれる。
「今時は珍しくないかもしれませんね」
そう答えると、
「そうなんだね、僕も興味ある」
「興味とは?」
「女の子とは何度かセックスしたけど、男とも興味ある」
「何かご入用ですか?関連する書物など見繕いますが」
「人じゃないんだね」
「それはいけません」
「成人してるし、子どもじゃないんだけど」
「申し訳ございません」
「雪平は?興味ある?」
伊純さんは頬杖をついてこちらを見て微笑む。

「いえ、私は女性の方がいいですね」
「違うよ、どっちがいいかじゃなくて興味があるかって聞いてるの!」
「そういうことでしたら男性に興味はございません」

「ふうん」
「なにか?」
「本当に?」
「仰っていることがわかりません」
「こういうこと興味ある?」

伊純はそう言うと雪平にキスをした。
「何をするのですか!」
「雪平、唇柔らかいね」
「誰の唇でも同じです」
「じゃあもう一回確かめさせて?」

雪平の頭を掴んで伊純は強引にキスをする。
「離してください!」
「やーだ」
舌をぬるっと差し込む。
やめろ!
伊純さんはまだ高校を卒業したばかりだ、なのにこの慣れたキスはなんだ…

ぐいっと伊純さんの体を離す。
「私になにか隠してますね」
「知らない」
「言いなさい」
ふふっ
「いいよ、教えてあげる」
「聞きます」
「バイト先の先輩に男のセックス教えてもらった」

目の前が真っ暗になった。
俺がついていながらなんたる失態…
社長に顔向けできない、奥様にも申し訳が立たない…

「…その方とは切れていますか?」
「ん?時々セックスしてるよ、見たい?」

見たい?とはどう言う意味だ。

伊純さんはスマホで動画を見せる。
それは伊純さんが男とセックスしている動画だった。

眩暈がした。

「これは…」
「先輩とセックスした時に撮った」
「…いつ、どこで…」
「バイト先の事務所に仮眠室があって、そこで」
伊純さんは屈託なく素直に答える。

完全な失策だった。
他の護衛とどこまで介入すべきか話し合ったことがある。
さすがにバイト先の内部に潜入することはできないと判断。
しかし、それが甘かったのだ。
伊純さんを過信し油断した。
私たちのミスだ。

「伊純さん、あなたは何をしたかわかっていますか?」
「セックスしただけだよ」
「ご自分の立場を理解してください!
社長はこんなことをさせるためにあなたに自由を与えたわけではありません!」
「それなら自由ってなに?好きにしていいってことじゃないの?」

この子はバカではない、わかってやっている。

「動画はこれだけですか?相手の方はデータを持っていませんか?」
「うん、僕のスマホで撮ったからデータは僕だけが持ってる」
「確認させてください」
「疑り深いなあ、雪平は」
笑いながらスマホを差し出す。
これだけのようだった。
その動画を証拠として雪平のスマホに転送し、伊純さんのスマホの動画を消去する。
「なんで消しちゃうの?」
「こんなものを見られたら社長が守ってきたものが崩壊します」
「もう!見せなきゃよかった!」
そう言って伊純さんは拗ねる。

「後のことはこちらで対処します。
社長にも報告します」
「大袈裟過ぎ!」
ことの深刻さをわかっていないこの子は危険だ。

その一件は社長によって揉み消された。
動画に映っていた相手の男の父親はリストラされ、職を失った。
それが原因でその男は大学を辞めることになった。
圧力がかかったことは言うまでもない。

社長からはお咎めなしと言われたが、二度とこんなことがあってはならぬと、俺はこれまで以上に伊純さんの行動に目を光らせた。
しかし大学2年になる頃、また伊純さんはやった。
今度はバイト先に来る客だった。
その客の車の中で行為に及んでいた。
私たちの動きなど、お見通しの伊純さんに出し抜かれた。

あれだけ注意したのに、あれだけ目を光らせていたのに…

怒りに震えた。
どれだけ言ってもわからないのか。
社長も怒り心頭だった。
珍しく伊純さん本人に雷を落とした。
子煩悩で目に入れても痛くない愛息子だが、それ故に我慢ならなかったようだ。

相手が女性ならまだマシなのだ。
男では困る。
マスコミに嗅ぎつけられたら格好のネタにされる。
ここまで子どものことをひた隠しにし守ってきたことが全て無駄になる。
それは社長の保身ではなく伊純さんのためだ。

「怒られちゃった」
さすがに意気消沈している伊純さんにかける言葉は、
「自業自得です」
これ以外なかった。
「どうして男はダメなんだろう」
「好奇の目に晒されるからです」
「考え方が古いんだよ」
「そうかもしれませんが、まだその少数と言われる考え方に世の中が追いついていないので仕方ないです」
「そっか」
「わかってもらえましたか?」
「うん」
これで懲りただろう。

「雪平が責任とって」
「は?」
思わず口から漏れた。
「責任とは?」
「雪平が僕とセックスして」
「私はあなたの相談係を辞めます。
これ以上は私では無理です」
「雪平がいい」
「辞めさせていただきます。
社長にその旨を伝えます」

「言うこと聞くから」
「……」
「雪平がダメっていうことはやらないから」
「……」
「だから雪平が僕の面倒見てよ、お願い」

社長や奥様が伊純さんをかわいがる気持ちが俺にはわかる。
どんなにバカなことをしても、どうしようもなくても憎めない。
彼に人を惹きつける不思議な魅力があるのは否めない。

「お願い…雪平だけにするから…」
伊純さんが俺に縋る。

「……ここではダメです、護衛がいます。
明日の夜、私の部屋へ来てください。
護衛には私から連絡をしておきます」
「いいの?」
「私の言うことを聞く、伊純さん、そう言いましたね?」
「言った」
「それが守られなければ私は相談係を辞めます、二度とあなたの前には現れません」
「嫌だ」
「それなら約束を守ると誓ってください」
「うん、誓う」
「明日、部屋にお迎えにあがります」

翌日、護衛には伊純さんの部屋を何者かに見張られているようなので伊純さんを私の部屋で保護をすると言い、部屋を見張っててくれるようお願いした。
勿論そんな事実はない。
申し訳なさで胸が痛んだ。
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