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欲しい言葉
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俺もそろそろ寝ようかなと布団に潜り込んだら、ガチャガチャと音が聞こえた。
もう0時過ぎだ。
襖の向こうで、
「壮祐くん?」
と声がする。
「はい」
と返事をすると静かに襖が開き、
「あ、いたいた、よう!」
深影さんが顔を覗かせた。
そうだ、来ると言っていた。
「なに?もう寝るの?ああ0時回ってんのか」
「おやすみなさい」
「一緒に寝る?」
「寝ません」
布団に入ろうとする。
「それなら寝ません、起きてます」
「嘘、冗談です、ごめんなさい」
ふっ
「ご無沙汰してます」
「久しぶりだね、急にどうした?
なんかあった?」
「ちょっと…」
院に進みたいこと、受かれば卒業が遅くなること、陽南をまた待たせてしまうことを深影さんに話した。
「ふーん、院ね」
「はい」
「いいんじゃない?好きなこと好きなだけやりなよ」
「陽南もそう言ってくれました。
でもやっぱり泣いたんです、会いたいって。
今まで会いたくなったらすぐ言ってねと言っても、陽南、言わなくて。
いや、会いたいとは言うけど、でも大丈夫って強がるんです。
寂しがりなくせに我慢して…
でも糸が切れちゃったみたいで、会いたいって泣きました。だから来たんです」
「距離がなあ、遠すぎるもんな」
「はい。陽南は社会人になるし、俺は決まれば院生になる。また陽南を待たせてしまう。
今の俺じゃなんの約束もしてあげられない。
待っててって言っていいのかもわからない。
陽南を苦しめて悲しませて辛いんです」
「それならやめちゃえば?」
「え?」
「研究なんてやめて、こっちに帰ってくれば?」
「……」
「そうしなよ、陽南も喜ぶし、壮祐くんも安心するし、迷うことないじゃない」
勝手に深影さんなら背中を押してくれると思ってた。
わかってくれる、俺の欲しい言葉をくれる、そう思ってた。
だけど深影さんから返ってきた言葉は俺が欲しかった言葉じゃなかった。
どうして?
どうしてわかってくれないんだ…
「『はい、わかりました、帰ります』
そう言えないのが答えでしょ?」
ハッとした。
「帰ると言えないんだろ。
だったら迷うな、怖気付くな。
陽南に何を言われようと、泣かれようと、やると決めたらやり切れよ。
中途半端に終わらせたら、壮祐くんはこの先ずっと陽南を恨むよ」
「そんなことしない!」
「気持ちが残ったまま終わらせるってそういうことなんだよ」
「……」
「だから痛みを伴っても進むなり終わらせるなり、自分で決めなきゃいけないんだ」
「でも,陽南が…」
「陽南のせいにするなっ!!」
初めて深影さんに怒鳴られた。
「自分が寂しいんだろ?自分が陽南に会いたいんだろ?全部自分だろ?
だったらそう言えよ。
そんなに会いたくて恋しいなら研究なんてやめて今すぐこっちに戻ればいい。
でもな、そんな壮祐くんになんの魅力もない、陽南は離れるぞ」
涙が溢れる。
「怖いんです。自分で選んだのに離れてるのも、陽南が社会人になるのも、やりたいことやってる間に先に行ってしまうみたいで、なのになんの約束もできなくて怖いんです」
「やりたいことができるってどれだけ幸せなことかわかるか?」
「……」
「陽南はこれからやりたかった仕事で生きていく。幸せだけど、怖いと思うぞ」
「どうしてですか?」
「やってみないとわからないからだよ。
想像だけじゃわからない厳しくてきつくて嫌な部分の方が圧倒的に多いんだよ。
好きなことを仕事にするって理想との戦いなんだ。
こんなはずじゃなかった、思ってたのと違うと理想と現実の差に追い詰められて壊れるかもしれない」
「そんな…」
「それでもやりたいと思えるのはその理想が圧倒的に強いからだろ?
思い描いてた未来の自分にやっとなれる希望があるからだろ?
壊れるかどうかなんて本当にやってみないとわからねえんだ。
陽南を信じろ。
あいつがどれだけ負けず嫌いか知ってるだろ?
周りが諦めろと言っても陽南はやめない。
自分が納得できるところまでやる。
そのために今まで頑張ってきたし、この先も陽南は自分のために頑張るよ」
「はい…」
「はっきり言って壮祐くんを構ってる暇なんてないよ。陽南に必死で縋るんだな、振り落とされないように」
深影さんは欲しい言葉をくれる。
俺に必要な言葉をくれる。
「陽南に振られないように頑張ります」
「まず自分のために生きろ、生きようとしろ。余裕がない人間は誰も助けられない」
「はい」
「陽南とどうしても約束したいのなら、待ってろじゃなくて、期待してろって言ってやれ」
「そんなかっこいいこと言っちゃって大丈夫かな、俺…」
「うははは!まあ、大丈夫じゃねえの?俺も期待してるよ」
「はい」
「寂しくて糸は切れたかもしれねえけど、また結んでやったんだろ?」
「結ぶって…」
思わず照れる。
「あーはいはい、そっちね。
俺は心の結びつきのことを言ったつもりなんだけど、そっちですか」
ぶわっ!
めちゃくちゃ熱くなる、絶対真っ赤だ。
「よくもまあ、兄に向かって抜け抜けと…」
「いや、あの、その…」
ふっ
深影さんが笑う。
「院試、受かるといいな」
「はい、自信あります」
「やりたいことを全力で楽しめ」
「はい」
「セックスじゃねえぞ」
「ちょっと!」
「うははは!」
もう0時過ぎだ。
襖の向こうで、
「壮祐くん?」
と声がする。
「はい」
と返事をすると静かに襖が開き、
「あ、いたいた、よう!」
深影さんが顔を覗かせた。
そうだ、来ると言っていた。
「なに?もう寝るの?ああ0時回ってんのか」
「おやすみなさい」
「一緒に寝る?」
「寝ません」
布団に入ろうとする。
「それなら寝ません、起きてます」
「嘘、冗談です、ごめんなさい」
ふっ
「ご無沙汰してます」
「久しぶりだね、急にどうした?
なんかあった?」
「ちょっと…」
院に進みたいこと、受かれば卒業が遅くなること、陽南をまた待たせてしまうことを深影さんに話した。
「ふーん、院ね」
「はい」
「いいんじゃない?好きなこと好きなだけやりなよ」
「陽南もそう言ってくれました。
でもやっぱり泣いたんです、会いたいって。
今まで会いたくなったらすぐ言ってねと言っても、陽南、言わなくて。
いや、会いたいとは言うけど、でも大丈夫って強がるんです。
寂しがりなくせに我慢して…
でも糸が切れちゃったみたいで、会いたいって泣きました。だから来たんです」
「距離がなあ、遠すぎるもんな」
「はい。陽南は社会人になるし、俺は決まれば院生になる。また陽南を待たせてしまう。
今の俺じゃなんの約束もしてあげられない。
待っててって言っていいのかもわからない。
陽南を苦しめて悲しませて辛いんです」
「それならやめちゃえば?」
「え?」
「研究なんてやめて、こっちに帰ってくれば?」
「……」
「そうしなよ、陽南も喜ぶし、壮祐くんも安心するし、迷うことないじゃない」
勝手に深影さんなら背中を押してくれると思ってた。
わかってくれる、俺の欲しい言葉をくれる、そう思ってた。
だけど深影さんから返ってきた言葉は俺が欲しかった言葉じゃなかった。
どうして?
どうしてわかってくれないんだ…
「『はい、わかりました、帰ります』
そう言えないのが答えでしょ?」
ハッとした。
「帰ると言えないんだろ。
だったら迷うな、怖気付くな。
陽南に何を言われようと、泣かれようと、やると決めたらやり切れよ。
中途半端に終わらせたら、壮祐くんはこの先ずっと陽南を恨むよ」
「そんなことしない!」
「気持ちが残ったまま終わらせるってそういうことなんだよ」
「……」
「だから痛みを伴っても進むなり終わらせるなり、自分で決めなきゃいけないんだ」
「でも,陽南が…」
「陽南のせいにするなっ!!」
初めて深影さんに怒鳴られた。
「自分が寂しいんだろ?自分が陽南に会いたいんだろ?全部自分だろ?
だったらそう言えよ。
そんなに会いたくて恋しいなら研究なんてやめて今すぐこっちに戻ればいい。
でもな、そんな壮祐くんになんの魅力もない、陽南は離れるぞ」
涙が溢れる。
「怖いんです。自分で選んだのに離れてるのも、陽南が社会人になるのも、やりたいことやってる間に先に行ってしまうみたいで、なのになんの約束もできなくて怖いんです」
「やりたいことができるってどれだけ幸せなことかわかるか?」
「……」
「陽南はこれからやりたかった仕事で生きていく。幸せだけど、怖いと思うぞ」
「どうしてですか?」
「やってみないとわからないからだよ。
想像だけじゃわからない厳しくてきつくて嫌な部分の方が圧倒的に多いんだよ。
好きなことを仕事にするって理想との戦いなんだ。
こんなはずじゃなかった、思ってたのと違うと理想と現実の差に追い詰められて壊れるかもしれない」
「そんな…」
「それでもやりたいと思えるのはその理想が圧倒的に強いからだろ?
思い描いてた未来の自分にやっとなれる希望があるからだろ?
壊れるかどうかなんて本当にやってみないとわからねえんだ。
陽南を信じろ。
あいつがどれだけ負けず嫌いか知ってるだろ?
周りが諦めろと言っても陽南はやめない。
自分が納得できるところまでやる。
そのために今まで頑張ってきたし、この先も陽南は自分のために頑張るよ」
「はい…」
「はっきり言って壮祐くんを構ってる暇なんてないよ。陽南に必死で縋るんだな、振り落とされないように」
深影さんは欲しい言葉をくれる。
俺に必要な言葉をくれる。
「陽南に振られないように頑張ります」
「まず自分のために生きろ、生きようとしろ。余裕がない人間は誰も助けられない」
「はい」
「陽南とどうしても約束したいのなら、待ってろじゃなくて、期待してろって言ってやれ」
「そんなかっこいいこと言っちゃって大丈夫かな、俺…」
「うははは!まあ、大丈夫じゃねえの?俺も期待してるよ」
「はい」
「寂しくて糸は切れたかもしれねえけど、また結んでやったんだろ?」
「結ぶって…」
思わず照れる。
「あーはいはい、そっちね。
俺は心の結びつきのことを言ったつもりなんだけど、そっちですか」
ぶわっ!
めちゃくちゃ熱くなる、絶対真っ赤だ。
「よくもまあ、兄に向かって抜け抜けと…」
「いや、あの、その…」
ふっ
深影さんが笑う。
「院試、受かるといいな」
「はい、自信あります」
「やりたいことを全力で楽しめ」
「はい」
「セックスじゃねえぞ」
「ちょっと!」
「うははは!」
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