レンガの家

秋臣

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消えない想い

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夜のこの店も好きだ。
店内から漏れるオレンジ色の柔らかい灯りがレンガの建物を暖めているようで。
それを計算してのインテリアや照明なのだろう。素晴らしいと思う。

「深影さんがこの店に連れてきてくれた時、この建物を見て感激したの覚えてます」
「絶対好きだと思ったんだ」
「好きです」

「壮祐くん、俺は初めて会った時からずっと印象が悪いだろうし、嫌われているのもわかってる。
それでも想いが消えない。
どれだけ君が陽南を好きで大切に思っていてくれているのか知っていても消えないんだよ」

深影さんがタバコに火をつける。
深く吸ってから、ふうーっと煙を吐き出す。

「最初はね、このタバコの火みたいに小さなものだったはずなんだ。
そっと揉み消せば消えると思ってた。
君に会うたび、話をするたび、炎が大きくなる。ここがね、熱いんだよ」
そう言って胸をトントン叩く。

「陽南を好きな君が好き、
君を好きな陽南が好き、
二人を見てると幸せそうで俺まで嬉しくなる。
嬉しくて、楽しくて、幸せで…
でも熱くて苦しいよ」

「俺は好きな人のそばにいたい、それだけだ。
はんちゃんを困らせることもわかってる。
壮祐くんだって困るよね。
それもわかってる。
わがままで自分勝手だと自分でも思う。思うけど、そんな自分を好きだなとも思う。
壮祐くんを好きになった自分がすごく好きなんだ」

深影さんは目を逸らさない。
俺だけを見つめてる。

大して吸っていないタバコを携帯灰皿に入れ揉み消す。

「こうやって簡単に消せればいいのにね」


俺はリュックから本を取り出す。
「深影さん」
「なに?」
本を深影さんに差し出す。
ボロボロの『三びきのこぶた』だ。

「え…」
「俺がレンガを好きになったのはこの本がきっかけです。小さい頃によく読んでもらって、その度に『レンガが一番強いから、大きくなったらレンガの家に住むんだ!』と言っていたそうです。
いえ、今でも思ってます」

「それって…」

「深影さんと一緒なんです。
この本がきっかけなんです。
でも父に現実を突きつけられました。
レンガは高いし、耐震性に問題あるし、施工できる人が少ないと言われて悲しくて泣いたのを覚えています。
輝哉さんに深影さんの話を聞きました。
学生時代にレンガが原因で取っ組み合いの喧嘩をしたこと、ここを見つけて大家さんに交渉したこと、今でもレンガが大好きなこと。
俺、涙が出るほど嬉しかった。
レンガを好きな人は探せばいるだろうけど、同じきっかけで同じくらい熱量を持って、レンガは強いと信じてる人はいないと思ってた。
レンガは好きだけど時々空回りしちゃうと、この本を読むんです。
小さい時にワクワクしたあの時の気持ちが蘇るんです。そしてやっぱりレンガ強いじゃんって思うんです。
今なら父が言っていたことは正論だとわかります。
それでも理屈じゃないんです。
レンガは強い、俺にはそれだけでいいんです」

涙が溢れる。

「同じ人がいてくれたことが何よりも嬉しかった。
その人が大好きな陽南のお兄さんだったことが嬉しかった。
俺は深影さんになにも返せないけど、
この気持ちだけは深影さんにしか伝えられない」

「俺を好きになってくれてありがとう。
ここへ連れてきてくれてありがとう。
陽南のお兄さんでいてくれてありがとう。
レンガは強いと言ってくれてありがとう」


涙が止まらない。

「だから…だから、大好きなこの店を…
ここを守って欲しい。
俺が帰るまでこのままの姿でここにあって欲しい。
深影さんが守って…お願いします…」


深影さんは泣き止まない俺を抱きしめる。

「そっか…一緒だったんだな」
「はい…」
「俺、人を見る目あるじゃん」
「この本はここへ置いていきます」
「大事な本だろ?」
「レンガの家で守っててください。
必ず取り返しに来ます」
「勝手に置いていくのにその言い草かよw」
「陽南がジュースこぼさないよう見張ってください」
「あははは!あいつはやるなw」

「どさくさで抱き締めちゃってるけど、これはアウト?」
「陽南には黙っておきます」
「ふっ」
「その代わり、泣いたことは陽南に言わないでください。ダサすぎる…」
「ふはっ!了解」

深影さんが俺を強くギュッと抱きしめる。
「頑張れよ、必ずこの本を取りに来いよ」
「はい、陽南を頼みます」
「任せろ」
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