レンガの家

秋臣

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深影の話

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なんだったんだ?
陽南は俯いたままだ。
「陽南?大丈夫?」
「…壮祐くん、お兄ちゃんがごめんね…」
「気にしないで。それより俺の方がお兄さんに失礼なこと言っちゃって申し訳なかった、ごめんね、陽南」
「壮祐くんは悪くないよ!悪いのはお兄ちゃんだから!」

「ねえ、陽南、お兄さんに何をダメって言ってたの?壮祐くんはダメって何のこと?」
陽南はまた少し俯いたが、ゆっくり顔を上げると、
「何か飲みたいね、待ってて」
と部屋を出た。

微かにタバコ匂いが残るベランダ、窓から気持ちのいい風が入ってくる。
陽南がアイスコーヒーを淹れて来てくれた。
「壮祐くんはブラックでいいんだよね?」
「うん、ありがとう」
暑かったのでこの冷たさと苦味が心地いい。
一気に半分くらい飲んでしまう。
陽南もコクコクと飲んでいる。

「冷たくて美味しい」
「うん」
「…壮祐くん」
「ん?」
「お兄ちゃんが言ってたこと気しないで…」
「大丈夫だよ、気にしてないよ」
「ごめんね」
「…ごめん、陽南、ちょっと嘘ついた。
気にしてる」
「……」
「陽南を攻めてるんじゃないよ、聞きたくないだけ」
「うん、私も壮祐くんの前の彼女の話なんて聞きたくない」
「今の陽南が好きなんだよ」
「私も」

ふふ
ふっ
「ありがとう、壮祐くん」
なにも不安はないはずなのに陽南の表情が暗い。

「壮祐くん、あのね…」
「うん」
「話聞いてもらってもいい?」
「話?」
なんだろう、陽南が笑ってない。
「わかった、聞くよ」
陽南が静かに話し始める。

「お兄ちゃんは私より一回り年上で、
今は友達と共同経営で昼間はカフェ、夜はバーになるお店をやっててね、
お店を出す資金を貯めるためにずっとここで暮らしてたんだけど、開店して軌道に乗って、去年お店の近くに引っ越したの」
「うん」
「年が離れてるからか私のことすごくかわいがってくれてた。仲はいいと思う、でもね…」
陽南が言い淀む。

「陽南?」
「壮祐くん、お兄ちゃんのことどう思った?」
「え?」
「どう思ったか聞かせて」
「……」
「正直に言っていいから」
「…デリカシーのない人だなって思った」
「うんw」
「陽南を傷つけるのは許せない」
「うん…」
「でも嫌いになりたくない、陽南のお兄さんだから」
「うん…ありがとう、壮祐くん…」

「話はそれだけ?」
「ううん」
陽南が首を横に振る。
「ここから」
「ここから?」
「うん」
「わかった」

陽南が深呼吸する。

「…お兄ちゃんね、ゲイなの」
「え?」
「男の人が好きなの」
自分の周りにそういう人がいないのでどう反応したらいいのかわからない。
「引いた?」
「いや…引いたというより、自分の周りにそういう人がいないし、そうであったとしても知らないからどう反応したらいいのかわからない」
「そっか…」
「ねえ、陽南、それは俺に話していいことなの?お兄さんがいないところでしていい話?」
「うん、お兄ちゃん隠してないの。
お父さんもお母さんも知ってるし認めて尊重してる。私も」
「そうなんだ」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだから」
「うん」
「気持ち悪い?」
「全然。それを気にしてたの?」
陽南はまた首を横に振る。

「壮祐くん、ちょっと嫌な話するかもしれない」
「いいよ、話して」
「…さっきお兄ちゃんが『今度はどんな男かなあ』って言ったでしょ?」
「うん」
あれは嫌だった。
陽南の過去の男の話なんて聞きたくもない。
そういう話か?
「前に付き合ってた人もここに来たことあるの」
「それは一人?」
人数の問題ではないことはわかってる。
「二人」
陽南は正直だ。

「さっき壮祐くんに接したみたいに彼に親しげに話しかけるの」
「うん」
「お兄ちゃん、元々人見知りしないし友達多いし、飲食店やってるせいもあって、人の懐に入るの上手いのね」
「確かに…」
馴れ馴れしいとも取られかねない気さくさがあったことは確かだ。
スルッと入ってくる感じ。
「彼ともすぐ仲良しになってくれた。
彼が私の家族と仲良くしてくれてるのが嬉しくて…」
「うん、わかるよ」

陽南が俯く。
「陽南?」
「…でもダメなの」
「え?」
「みんなお兄ちゃんを好きになっちゃう…」
「……」
「お兄ちゃんは、ずるい。
妹の彼に優しくしてくれるけど、違うの」
「違う?」
「面白がってる。ちょっと優しくして甘い顔して、思わせぶりな態度を取ったりして、彼の気を自分の方に向けさせる。巧妙で自分からは仕掛けないの。
最初はその気なんて全然なかった彼もお兄ちゃんに惹かれていく。
そうなったらもうダメ。
『深影さんのこと好きになった』って言うの…」
「……」

「彼がお兄ちゃんに好きですって伝えると、『どうして陽南を大事にしてやらないんだ?そんな奴無理なんだけど』ってバッサリ捨てる」
「……」
「唆して面白がってるだけなんだよ、お兄ちゃんは。彼に興味があるわけでも好きでもないの。彼の気が自分に移るかどうかを楽しんでるだけ」

「前の彼は二人ともそうだったの」
「…うん」
「お兄ちゃんに腹も立つけど、でもお兄ちゃんの言うこともわかる。『俺に靡くようじゃろくな奴じゃない』って」
「それはそうかもしれないけど…」
「だから…」
「だから俺もそうなるってこと?」
「…怖い、壮祐くんはお兄ちゃんに取られたくない」

陽南は泣いていた。
「私、壮祐くんは絶対嫌…」
「俺は陽南が好きだよ」
「でも…」
「さっき見てただろ?俺の印象もお兄さんにしてみたら最悪だよ」
「ううん、逆だよ…」
「え?」
「お兄ちゃん、今まで見たことない嬉しそうな顔してた。お兄ちゃん顔にすぐ出るからわかりやすいの。
本当に壮祐くんのこと気に入ったんだよ」
「もし、仮にそうだったとしても俺は陽南が好きだ」
「私も壮祐くんが好き…でも怖い」
「ねえ、陽南、仮の話はやめようよ。
俺も陽南もどっちもお互いのことが好きなんだから、それじゃダメ?」
「…ダメじゃない」
「じゃあ、キスしていい?」
ふふっ
「なんで笑うの?」
「壮祐くん、えっち」
「好きな人にキスするのえっちなの?」
「うん、えっち」
「それなら陽南もえっちじゃん」
「もう!バカ!」

ちゅっとキスすると陽南は嬉しそうに笑う。
俺は陽南が大好きだ。
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