103号室

秋臣

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帰したくない

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「簡単なものしかなくてごめんね」
温かいうどんを高瀬くんに勧める。
具材は大したものがなくて質素になってしまったが、出汁は作り置きを冷凍しておいたものを使ったので味は大丈夫だと思う。
高瀬くんはゆっくり啜りながら
「美味しいです」と少し笑顔を見せた。
「口に合ったみたいでよかったよ」
ゆっくりながらも完食してくれて安心した。
食べられるなら大丈夫かな。
「ご馳走様でした、これ下げますね」
と俺の分の器も下げ、キッチンで洗い物をしようとする。
「あとでやるからそのままでいいよ」と言ったが、
「お風呂と服とうどんのお礼です」と結局片付けをしてくれた。
「返って悪かったね、ありがとう」
「いいえ、こちらこそ重ね重ねご迷惑おかけしました。ご馳走様でした、失礼します」
「待ってよ、あんなに泣いて何かあったの?学校かバイト先で嫌なことでもあった?」
「……」
黒目がちな目に涙をいっぱい溜めて必死で耐えている様子にたまらなくなる。
高瀬くんの言葉を待つ。
「…この前難しい課題が出て友達と徹夜してなんとか提出できたので、その打ち上げで食事に行ったんです。その帰りにC駅で藤代さんと綺麗な女の人がハグしてるの見ました…」
見られてたのか。
「俺、藤代さんに嫌われてるのはわかってるし、自業自得なのもわかってます。でもあの光景見たら俺どうしても無理で…ごめんなさい…」
とうとう涙が溢れ出し、それを拭くこともせずにいる。
「俺、やっぱり無理みたいです。どうしても藤代さんのこと好きなのは変えられない…」
涙をぐいっと腕で拭うと高瀬くんは
「今度こそ帰ります、いろいろとありがとうございました」と頭を下げた。
立ち上がり帰ろうとする高瀬くんの腕を咄嗟に掴んだのはなぜだったんだろう。
自分でも分からないが、泣いている高瀬くんを見たくなかった。
俺は初めておすそ分けに来た時の不安そうな高瀬くんがにっこり笑ってくれたあの笑顔が見たいんだ。
 
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