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第1章 少年期編

第一話 プロゲーマー、無職になる

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ーーまだ負けたわけじゃない。
手のひらには汗が滲む。心臓の鼓動も早くなってきた。自分だけの力で逆境を打破しなければならないというプレッシャーがそれを自覚させた。

ここはとあるFPSゲームのアジア予選決勝、そして現在の試合状況は12:12。
相手チームはあと俺を1人倒すだけで世界大会への切符が手に入る。
一方、こちらのチームメイトは2人ともやられている。つまり俺1人で相手を3人倒すことができれば見事、初の世界大会進出といったところだ。

「ーーさて、どうしたものやら」
「アキさん……!頑張って……!」
独り言を呟くとチームメイトのレイド君から応援の言葉が返ってきた。
「……勝つさ。」
それだけを答えて試合に集中する。

まずはHPの少ない1人目を倒しに行くのが無難かな。
ーー見えた。
一瞬だが、相手を視界の端に捉えた。
こちらはおそらく視認されていないはずだ。
距離をゆっくりと詰めていき、背中を捉えた。
ダダン!小気味の良い効果音が鳴り、敵を倒した時のUIが発生する。
無事被弾することなく倒すことができた。

だがその瞬間、自分の真後ろから足音が聞こえてきた。 
「餌だったか……!」
即座に振り向いて応戦する姿勢をとる。

しかし、飛んできた銃弾は正面からではなく"真横から"だった。

一瞬で消える自分のHP。
そして画面に表示された[DEFEAT]の文字。

あっけない終わりだった。
あまりにも一瞬の出来事で頭の整理が追いつかない。
何が起きたんだ?
勝利に喜んでいる敵の位置を見て、何が自分の身に起こったのかを徐々に理解し始めた。

罠は2段階に仕掛けられていたのだ。
1人目の囮はセットされたポジションへ俺を誘導するために"あえて"体を一瞬見せたのだ。
その直後に、2人目は足音をわざと出すことで存在をアピールする。人間、音がすれば否応なく反応してしまうものだ。
そして3人目は明後日の方を向いている俺を自由に撃ち放題と。

1vs3の状況における、綿密に練られた作戦だった。手放しで相手を褒めるわけにはいかないが、完敗だな、これは。

あまりにも悔しい。世界大会への切符を目前で取り逃がすのはこれで3度目だ。
手のひらに突き立った爪には血が滲んでいる。

勝てない相手だったか、と言われれば決してそうではない。
ほんの少しのミス、作戦の選択、そんな些細のことの積み重ねで取られたラウンドが何個もあった。
だが次は負けない。手応えは確実にあった。

天を仰いでいると、チームメイトのレイド君、ゴッデス鈴木君が横に来て声をかけてくれた。

「リーダー、足引っ張ってすいません……。もう少し僕がキル取れてれば……」
「いや、レイド君はよく頑張ったと思うよ。俺の作戦と判断に甘いところが多かったからね。まだ若いんだからそんなに気負わないでよ」

28歳の俺とは違い、彼は18歳と若く、そして才能もある。これからの時代に必要な選手だろう。

「いや、アキさんの作戦は悪くなかったと思うっす。俺たちがもっとオーダーを忠実にこなせてれば勝てたと思うんすけどね……」

そういつもの砕けた話し方でゴッデス鈴木君は言ってくれた。
彼は弱冠20歳の天才だ。いつも自分の出すオーダーを完璧に遂行してくれる。遂行した上でこの結果なのだ。
つまるところ自分の判断の甘さ、相手の作戦の読みが悪いということだ。
反省反省。

「たらればを言っても仕方ないからね……プロはそう甘くはないってことだよ。君たちのおかげでいつもここまで来れてるんだから、俺としては感謝しかないよ。」
「うぅ……リーダー……!次こそはみんなで世界、行きましょうね……!」
「そっすね~~!ところで話は変わるんすけど、打ち上げどうするんすか?自分もう酒飲みたいっすよ」

話変わりすぎだろ。

「そうです!焼肉!!たべたいです!!」

敗戦の直後でこの元気。
若い子は暗い気持ちの切り替えも早い上に体力があって羨ましいね……
おじさんはもう疲労と敗戦のショックで焼肉は喉を通りそうにないよ。

「うーん……今日はちょっと疲れたから今週の土曜日はどうかな?」
「じゃ今日は解散っすかね~」
「え~~焼肉食べたかったです……」
「まぁまぁ、土曜日奢ってあげるからさ!楽しみにしててよ」

歳下2人に財布を出させるわけにはいかないからね。

「やった~~知ってました?人のお金で食べるお肉が一番美味しいんですよ!」
「酒も人の金で飲んだほうが美味いんすよね~」

奢るのやめようかな。
まあ彼らのおかげでチームから給料を貰えてるようなもんだし目を瞑るとしよう。

「じゃあ土曜日にまた集まろうか。それじゃ、2人とも気をつけて帰るんだよ」
「了解です!お疲れ様でした!」
「お疲れした~~」

さて、俺も帰るとしよう。
とにかく疲れた。早く帰って寝たいが、記憶が新しいうちに今日のリプレイを見直す必要がある。

暗い帰り道はいつもより寒く、足取りは重く感じた。敗北の2文字が脳裏に何度もチラついた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ただいま~っと……」
返事はない。まあ自分以外誰も住んでないし返事があるほうが怖いんだけどね。

「さてと、一人反省会でも始めますかね~」
冷え切ったコートを掛けて、いつものゲーミングチェアに腰掛ける。

その時、滅多に鳴ることのないスマホから呼び出し音が響いた。
画面を見ると、そこには社長の2文字。

「社長……?」
普段直接話すことの多い社長からの電話は珍しい。
まあ今日の試合内容の叱責とかだろうな。
そもそも電話は苦手だし、出るのも気が重いけど……
そう思いながら通話のボタンを押した。

「もしもし、お疲れ様です。今日は勝てなくてすみませんでした。」
『あぁ、アキ君。試合は全部見てたよ、惜しかったじゃないか。お疲れ様。』

……これは意外と怒られないパターンかな?
「はい、手応えはかなりあったので、もう少し作戦と対応を改善すれば次は勝てると思います。ところで社長が電話とは珍しいですね。ご用件は?」

『用件なんだがね、残念なことに次はないんだ。』
……は?どういう意味だ?
『スポンサー方がね、アキ君のクビを要求してきたんだよ。クビにしなければ今後の資金提供はない、とね。』
「なぜそんな急に……!?」
『世界大会を3連続で逃したことがどうも気に食わないらしい。もっと世界に名前が売れなければスポンサーをしている意味がない、とね。
もちろん私はアキ君の解雇には反対したがね。』

社長は元プロゲーマーだからIGLの重要性は理解している。

『それに加えて年齢が平均より高いことやら色々ゴネられて話すら碌に聞いてもらえなかったよ。』
「そうですか……」

たしかにチームの二人に比べて実力は劣っている自覚はあった、だがチームの柱である自覚もあった。作戦立案、オーダーは全部俺がやっているからだ。

『……すまないね。アキ君はこれまでずっと頑張ってくれたのに守ってあげられなくて。』
「いえ、仕方ないです。スポンサーからの圧力はどうしようもないですからね……」
『君は国内での実績はあるし、別のチームへの紹介もできないことはないけど、どうする?』
「……しばらく、考えさせていただいていいですか。今日は少し、疲れました。」
『そうか。それではゆっくり休んでくれ。また連絡を待っているよ』

社長の言葉を最後に電話が切れた。
突然の解雇。頭が真っ白になった。
「……酒でも買いに行くか」
冷えたままのコートを羽織って外に出ることにした。
玄関を出て空を見るとやるせなさと虚しさが一気に襲いかかってきた。

「来月から無職か……」
口に出すとより絶望感がある。
コンビニまで歩きながら今後のことを考えるとしよう。

28歳という年齢はゲーム業界ではかなり年長者の部類になる。今更採ってくれるチームは少ないだろう。
反射速度などの理由で若さ=強さになりやすい競技だからだ。
作戦立案、コーチなどはいないチームの方が珍しいから空きはないだろう。

「ストリーマーにでもなるか?」
一瞬考えが頭をよぎるが、喋るのはあまり得意な方ではないし、競争も激しい。生計を立てるのは難しいだろうな。

大学もプロになった時に中退して、親に縁を切られた。まあかかった学費を考えたら親の気持ちは今ならわかるけどね。

よく考えたらミリタリー好きが高じてFPSを始めたが、ここまでよくこれたものだと思う。

もう少しで世界に手が届くのに。こんなところでこんな終わりを迎えるなんて、神は居ないか目が節穴かのどちらかだろうな。

考えれば考えるほど、色々な感情が渦巻いて涙が出てきた。
涙がこぼれないように上を向くと、建設中のビルの鉄骨が目に入った。
「……はは。工事現場でバイトでもするか。」

ーーーいっそのことあの鉄骨が落ちてくれば楽になるのに。
ヤケになってそんな考えが頭をよぎってしまう。

……ギギ……バチ……バチ……

「ーーよくない考えばっかり出てくるな。こういう時はさっさと酒でも飲んで寝るに限るな」

視界に入りつつあるコンビニに向かって止まっていた足を動か

ーーーガゴン

ゴシャッ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(つけっぱなしのアキの部屋のテレビから)

『昨日、深夜12時頃の出来事です。建設中のビルから鉄骨が落下する事故がありました。落下した際に近くにいた男性が下敷きになり、死亡した模様です。警察は現在身元の特定を行なっており、工事責任者に対しては、過失致死の疑いで捜査を進めています。」

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