蛮族に嫁いだ王女〜強面無口な夫の本心が副音声解説付きで聞こえてくる〜

美海

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大公殿下は恐ろしい?

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『可愛すぎる嫁……って、レオカディア王女のことか?』

 大公に惚気られたゲーザは、訝しむように言った。

『他に誰がいる! オレの嫁は一人だけだ、大爺さまの遺言で『西の文化に合わせて妻は一人にしろ』って話になってる』
『そういう話をしたいわけじゃなくてだな。なんというか……俺も見たが、随分とお高くとまった感じの女だっただろう?』

 それを聞いて思い出した。ゲーザは、イシュトヴァーンの乗る馬の後ろに付き従うように馬を走らせていた男だ。大公の側近か侍従か、いずれにせよイシュトヴァーンと親しい仲なのだろう。
 その彼の目にも自分は『お高くとまった』風に見えていたのか。今後のオルドグでの生活を思うと、聞き飽きた苦言でも胸にずしりと響いた。

『ああ。警戒して毛を逆立てた猫みたいで可愛かったな!』

 まあ、夫の浮かれて弾んだ声を聞いて、レオカディアの後悔は瞬時に吹き飛ばされたのだが。

『猫って。馬や犬や羊なら分かるが、あんな扱いにくくて家畜に向かない動物が好きなのは、お前くらいだよ』
『そこが可愛いのに。人生半分損してるな、ゲーザ』
『他人の人生を勝手に半分にするな!……んで? 初夜にその可愛い嫁をほったらかして、お前は何をやってんだよ』

 よくぞ聞いてくれた、と心の中でゲーザを褒め称える。
 好感を抱いたのならそう伝えてくれればよかった。言葉少なに性急な情事を終えるなり部屋を出て、レオカディアに惨めな思いをさせなくたってよかったじゃないか。
 物陰から不満を湛えた目でじっと夫を睨んでいると、大公はあっけらかんと言ってのけた。

『バルトールの姫君は、蛮族オルドグが嫌いだろう? 触れられたくもないはずだ。今日は人生で一番ショックな日だろうに、傍にオレがいたら泣くことすらできない。役得だから抱くけどさ、オレだって直接それを聞くのはキツいし』

 なんだ、その理由は。――最初に覚えたのは怒りだった。
 大公はレオカディアがどれだけの覚悟を持って嫁いできたと思っているのか。まったくふざけている、馬鹿にしている。
 そう思ったのに話に割って入らなかったのは、大公の言葉に悲しんでいるような気配が全く無く、彼が否定も慰めも必要としていなかったからだ。まるで公知のことを語るように述べていた。

『ディアドラ様のことは忘れろ。あのクソ女がおかしいだけだ』
『あまり悪く言わないでくれ。あのひとも哀れな立場だ』
『……お前が気遣うことじゃないだろ』
『ゲーザ』
『はいはい、悪かったよ』

 まだ中っ腹な様子のゲーザも窘められて口をつぐみ、レオカディアの位置から彼らの声は聞こえなくなった。

 聞こえた会話の意味を取り違えていないのなら、イシュトヴァーンはレオカディアを気に入っているらしい。いったいどこが、どういうきっかけで気に入られたのかは分からないが――。

「早く脚を開け」

 ――これが本当に同一人物の言うことだろうかと、レオカディアは内心で悪態を吐いた。

 昨夜の言葉通りに今夜も寝室を訪れたイシュトヴァーンは、昨夜と同じく四つん這いの姿勢をとるように命じてきた。太すぎる男根に踏み荒らされたばかりの膣からはまだ血が滲んでいるし、下腹部には鈍い痛みがある。それでも次期オルドグ大公をするためには夫の求めに応えねばならない。
 犬のように這いつくばったレオカディアの秘部に、夫は躊躇いなく腕を伸ばしてくる。挿入に怯えて強張る体に、彼の指は思いのほか繊細に触れた。

「腫れているし、出血もある。しばらくは無理だな。……できないなら先にそう言え」

『性交できないのなら訪れなかった』という言葉は『体目当てだ』と言われたも同然だ。もういいと声をかけられたのも昨夜と同じ。だが、レオカディアの腰に手をかけて楽な姿勢に変えた仕草は、昨夜と違って打ち捨てられたようには感じなかった。

「七日後にまた来る。それまでに体を癒せ」
「っ、待って!」

 去ろうとするイシュトヴァーンの服の裾を、レオカディアは慌てて捉えて引き留めた。

「お待ちください、大公殿下。お相手できないことは申し訳ございませんが、今夜はこの部屋で過ごしていただけませんか」
「何故だ」
「何故? それは……」

 どうしてだろう。昨夜の性交は痛いばかりで、避けられるのならば避けたいと思う。七日も猶予をくれてありがたいとも思った。
 彼の言う通り、子作りができないのなら、彼と一緒に過ごす理由など無いけれど――。

「新婚早々、夜離れしたと噂が立つと困ります。これは友好のための婚姻なのですから」
「分かった。そういうことであれば、同じ寝台で寝よう」
「え? ええ……」

 時間をおいて思いついた言い訳に、イシュトヴァーンは食い気味に返事を寄越した。そのまま寝台に並んで横たわり、分厚い掛布を上から被る。

(おかしなひと……)

 何か言葉を交わすでもなく、ただ隣にいるだけ。その沈黙と温もりの心地よさに眠気を誘われて、レオカディアは深い眠りの中へと落ちていった。

 翌朝レオカディアが目覚めるのを見るや否や部屋を出て行ったイシュトヴァーンの後を尾行すると、彼はやはり行き合ったゲーザと話をしていた。

『嫁からベッドに誘ってくれたんだ!』
『へえ? それでお前はがっついて飛びかかったと』
『そんなことはしてない! ちゃんと紳士のままだった!』
『下半身は紳士じゃなかっただろ、どうせ』
『うるさいな、そりゃ勃ったけど我慢した! 嫁には気づかれなかったからセーフだ』

 話題はまたレオカディアのことだ。おまけに合わせて彼の生理的な事情のことも知ってしまった。彼がむっつりとした表情をしていたのも『我慢』のせいだったのかと想像してしまう。

『……それだけ好きなら、嫁さんに言えばいいのに。お前らなら愛し合う夫婦になれるかもしれない』 

 ゲーザの声に、レオカディアはその通りだと頷いた。
 こんなところで妻の惚気話をする暇があるなら、直接妻に言えばいいだろう。否、言うべきだ。
 今度は口を挟もうと、一歩前に踏み出しかけた足は途中で止まった。

『愛し合うなんて無理だろう。オレが『愛している』なんて言おうものなら尚更な。前をおっ勃てた野獣と同じベッドで休めるか? 寝室での話だけじゃない、オルドグの地のどこにいたって安心できなくなるだろう』

 オルドグ人に愛されてもレオカディアは喜ばない。むしろ怯えて恐れるだけだ、とイシュトヴァーンが言うのが聞こえた。
 どうして彼はそんな悲しいことを淡々と言うのだろう。せめて自虐的に言ってくれれば、否定することも慰めることもできるのに、『それが真実だ』と固く信じ込んでいるような、それが世界の常識であるかのような言い方だった。

「……でも、それは違うわ。あなたの考えは間違っている」

 レオカディアはそう思う。だが、考えの凝り固まった者を説得するには証拠が必要だ。まずは説得の材料を集めようかと、レオカディアは目の照準を『夫をよく知る親しい仲の相手』に合わせた。
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