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少年・1
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寝起きにカーテンを閉め切った異様に暗い部屋を目にしても、少年は驚きの声を上げなかった。
部屋に差し込む眩しい光に目を灼かれるよりはましだと思ったのと――その部屋の中にはもっと『異様なもの』が存在したからだ。
「ご気分はいかが?」
彼の目の前には一人の女がいた。
波打つ豊かなブルネットに濡れたような黒い瞳、蜂蜜色の肌の女には、流浪の民の血が流れているのかもしれない。少なくともこの国の上流階級が『理想的な美女』とみなす容姿ではない。それなのに、不思議と目を惹きつける女だった。
だが、異様なのは蠱惑的なその顔ではない。その女の肢体を覆う野暮ったい衣服、体の線も分からないほど分厚い生地の暗色のローブの方だ。
その風体を一言で言うなら――。
「……魔女?」
少年が心のままに呟くと、女は長い睫毛を瞬かせてから、笑って答えた。
「……ばれちゃった? ええ、そうよ、魔女のイェルチェです。はじめまして、人間さん」
「はあっ!? 嘘をつくな!」
「嘘じゃないので、そう言われましても」
「お前、頭がおかしいのか!? そもそも、ここはどこだ!」
「魔女の棲家だけど?」
「そんなことは聞いていないっ! どこの国の、どこの領地だ!」
「さあ。魔女は人間の引いた線なんて気にしないので」
「話にならないっ、お前はクビだ! 他の者を出せ!」
「他の者なんて、いませんよ?」
「えっ……」
声を荒げた少年の詰問を気にするそぶりもなく、『魔女』と名乗った女は、飄々と言ってのけた。
「ここにはわたしとあなたの二人だけ。……ん? ああ、ごめんなさい、魔女とその食糧を『二人』と数えるのは変ですね」
「しょく、りょう……?」
「うふふ、いい拾い物しちゃった。人間の小童が落ちてるなんて。太らせてから食べよっと」
「食べる!? 誰かっ、誰か助けて! 人喰い魔女がっ、痛っ! なんだこの傷はっ!?」
恐ろしい魔女から逃れようと身をよじったつもりが、少年の体は思うように動かなかった。
腕はだるくて持ち上がらないし、関節は伸ばした状態で固まってしまったように曲げようとすると痛む。これも、魔女の怪しげな術のせいなのだろうか。
動いた拍子に引き攣れるような痛みが走った胸へと少年が視線を落とせば、巻かれた包帯の隙間からは大きな傷痕が覗いていた。
「僕はどうしてこんな怪我をっ!? 何があって……僕はどうしてっ、僕は……僕は、誰だ?」
これほどの大怪我を負っているというのに、少年には心当たりが全くない。
問題はそれだけではなかった。自分の身に起こった出来事どころか、自分の名前すら憶えていないのだ。必死に思い出そうとすると頭がずきずきと痛む。
苦痛と混乱に頭を抱えてのたうつ少年のことを、魔女は冷徹に観察する目で見ていた。
「……まったく覚えてませんか? 何も?」
「うるさい! もったいぶらずに言え!」
「あら、生意気。その傷は、わたしの『つまみ食い』の痕です」
「つまみ食い!? お前、僕の体を食ったのか!? 勝手に!?」
「だから、さっきも言ったじゃないですか」
わたしは魔女で、あなたはその食糧だって。
魔女は少年の動揺に構わず、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
部屋に差し込む眩しい光に目を灼かれるよりはましだと思ったのと――その部屋の中にはもっと『異様なもの』が存在したからだ。
「ご気分はいかが?」
彼の目の前には一人の女がいた。
波打つ豊かなブルネットに濡れたような黒い瞳、蜂蜜色の肌の女には、流浪の民の血が流れているのかもしれない。少なくともこの国の上流階級が『理想的な美女』とみなす容姿ではない。それなのに、不思議と目を惹きつける女だった。
だが、異様なのは蠱惑的なその顔ではない。その女の肢体を覆う野暮ったい衣服、体の線も分からないほど分厚い生地の暗色のローブの方だ。
その風体を一言で言うなら――。
「……魔女?」
少年が心のままに呟くと、女は長い睫毛を瞬かせてから、笑って答えた。
「……ばれちゃった? ええ、そうよ、魔女のイェルチェです。はじめまして、人間さん」
「はあっ!? 嘘をつくな!」
「嘘じゃないので、そう言われましても」
「お前、頭がおかしいのか!? そもそも、ここはどこだ!」
「魔女の棲家だけど?」
「そんなことは聞いていないっ! どこの国の、どこの領地だ!」
「さあ。魔女は人間の引いた線なんて気にしないので」
「話にならないっ、お前はクビだ! 他の者を出せ!」
「他の者なんて、いませんよ?」
「えっ……」
声を荒げた少年の詰問を気にするそぶりもなく、『魔女』と名乗った女は、飄々と言ってのけた。
「ここにはわたしとあなたの二人だけ。……ん? ああ、ごめんなさい、魔女とその食糧を『二人』と数えるのは変ですね」
「しょく、りょう……?」
「うふふ、いい拾い物しちゃった。人間の小童が落ちてるなんて。太らせてから食べよっと」
「食べる!? 誰かっ、誰か助けて! 人喰い魔女がっ、痛っ! なんだこの傷はっ!?」
恐ろしい魔女から逃れようと身をよじったつもりが、少年の体は思うように動かなかった。
腕はだるくて持ち上がらないし、関節は伸ばした状態で固まってしまったように曲げようとすると痛む。これも、魔女の怪しげな術のせいなのだろうか。
動いた拍子に引き攣れるような痛みが走った胸へと少年が視線を落とせば、巻かれた包帯の隙間からは大きな傷痕が覗いていた。
「僕はどうしてこんな怪我をっ!? 何があって……僕はどうしてっ、僕は……僕は、誰だ?」
これほどの大怪我を負っているというのに、少年には心当たりが全くない。
問題はそれだけではなかった。自分の身に起こった出来事どころか、自分の名前すら憶えていないのだ。必死に思い出そうとすると頭がずきずきと痛む。
苦痛と混乱に頭を抱えてのたうつ少年のことを、魔女は冷徹に観察する目で見ていた。
「……まったく覚えてませんか? 何も?」
「うるさい! もったいぶらずに言え!」
「あら、生意気。その傷は、わたしの『つまみ食い』の痕です」
「つまみ食い!? お前、僕の体を食ったのか!? 勝手に!?」
「だから、さっきも言ったじゃないですか」
わたしは魔女で、あなたはその食糧だって。
魔女は少年の動揺に構わず、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
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