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彼は『正解』にたどり着けない
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護国卿フレデリック・ハウトシュミットは『大胆な改革者』としての名声をほしいままにしている。
けれど、フレッドは生まれてこの方一度たりとも自分を『大胆』だと思ったことがない。むしろ幼い頃の『頭でっかちで小心者のフレッド』はいじめっ子に目をつけられないための根回しにばかり腐心していたくらいだ。
臆病だから、退路を確保した上で何通りもの道筋を想定してからじゃないと行動しない。逆に行動に出た時には途中で止まらない覚悟を決めている。その様が『大胆』に見えるかは知らないが、フレッドが他人の言動に動じないことは確かだった。
「呪われろ、ハウトシュミット! 満たされることのない生を生き、絶望のうちに死ぬがいい!」
革命後に裁判にかけられた『暴君』レオポルト七世に死刑判決を下した時、血走った目をした醜悪な男から呪詛を受けた時だって、フレッドの心はぴくりとも動かなかった。
革命の後始末として国民共通の敵である元国王は処刑せねばならなかったが、彼が素直に死を受け入れるはずがないとも分かっていた。彼の反発は想像の範囲内だったから、驚きもなかった。
「呪い、ねえ。自力じゃ敵わないから人智を超えた力に頼ろうと? 仮にも主君と仰いだ方がこれほどの愚者とは嘆かわしいな」
「無礼なっ、この若造めがっ!」
「確かに僕のような若輩者が言うのはおこがましいですが――死人に口を開く権利は無いんだよ、老いぼれ。生者の耳を煩わせずに黙って死んでろ」
「なんだと!? 放せっ、余を誰だと思っている!? 許さん、お前だけは――!」
笑顔のままで言い放ってやれば、暴君は耳障りな声で何やら喚いていた。彼が法廷の外に控えていた衛兵たちに引きずられていく様を見ても、フレッドの心には怒りも悲しみも失望も湧かなかった。
そういった負の感情はとっくに使い果たしていたから。
「……っ、」
ただ、息を一つ吐いただけ。そんなフレッドを見て、ヴィルベルトは気遣わしげな視線を向けてきた。
「……単なる負け惜しみだ。気にするなよ、フレッド」
「ふふっ、あははっ、ああ、おっかしい!」
心優しい親友にわざわざ気遣ってもらわなくても、フレッドは暴君の呪詛など全く気にしていなかったし、その言葉のあまりの滑稽さを嘲笑っていただけなのに。
「ヴィル、今の負け犬の遠吠え、傑作じゃなかった? 要は『お前は幸せになるな』だってさ! めっちゃウケるよね!」
「ちっとも笑えない」
「えー、大爆笑ものだと思ったんだけど。個人の幸福が欲しいなら最初から革命なんて起こしてない。国王のくせにそんなものを求めるから国を滅ぼすんだよ。ばっかじゃないの!」
さんざん国民を苦しめた暴君は、最期に『幸せになるな』と呪った。残酷非道と恐れられた凶王は、そう言えばフレッドが傷つき躊躇うだろうとごく普通に考えたのだ。
まったく、敵としてあまりにも小物で情けないったらない!
こんな相手を倒すために今まで頑張ってきたのかと思うと自然と笑いが込み上げただけなのに、どういうわけか、ヴィルベルトは悔しそうな顔をしていた。
「どうかした? ああ、ヴィルも暴君に一太刀浴びせたかったよね? 申し訳ないんだけど、国王処刑が私刑に見えたらまずいから無傷で断頭台にかけないと」
「……そんなことじゃない。俺はいいんだ」
「そう?」
「俺は、俺の一番大切なものが失われる前に間に合ったからいい。だが……お前は、一発ぐらいやつを殴るべきだった」
おかしなことを言うものだと思った。親友の『フレッドは一番大切なものを失ったから報復をしていい』という言葉の意味が、本当に分からなかった。
だって、自分は何も失っていない。
革命を起こして、暴君に妾として召し出された姉を取り返した。
暴君や横暴な貴族を処刑して、国の舵取りを一手に任された。
取り返したものや得たものの大きさに比べれば、『自分は幸せになれない』くらいなんでもない。完全なる勝利の前には安い代償だと喜んで捨てたのは、自分自身だ。
決断のたびに怖気づいて震える手足も、硬直してひくつく頬も、噛み締めて色の失せる唇も『護国卿』にはふさわしくないから『頭でっかちで小心者のフレッド』は捨てた。ただそれだけの話だ。
何も失ってなどいない。誰にも奪われてなどいない。
自分の一挙手一投足に注目を浴びて、自分の一言で他人の運命を捻じ曲げる。自分だって進む道の先を知らないのに、国民全てと国の将来を双肩に担って歩み続けねばならない。
それがどんなに苦しく孤独な道であろうとも、自分自身で選んだ道なのだから、後悔などあるはずがない。後悔があってはならない。
「新しいことをするのは怖いもの。しなくても済む苦労をわざわざしてまで、全然楽しくない怖いことをするなんて、悪いひとにはできないでしょう? だから彼はきっと良いひとだったんですよ」
だから――今さら、そんな言葉ひとつに動揺するな。
あの時のクラウディアは古の名君の話をしていた。彼女の頭の中に『夫』は毛ほども存在していなかっただろう。
それに、幼い理屈は間違いも含んでいる。悪事を善と信じて行う者の方が罪深いという考え方もあるだろう。『苦しむことを躊躇わないから良いひとだ』という方程式は成り立たない。
分かっているのに、それでも『この恐怖を分かってくれるのか、君は僕の同類か』『僕を良いひとと言ってくれるのか』と幼い少女に縋りつきたくて仕方がなかった。
馬鹿みたいだ。同類もなにも、いたいけなクラウディアに『恐怖』を教えたのは自分なのに。
「なんで愛読書まで教えたんだろ。彼女を傷つけておいて『分かってほしい』とか、僕ってやつは本当にどうしようもない……」
久しぶりに体に入れた酒は、必要以上に舌を滑らかにした。
兵舎の宿直番のヴィルベルトを酒瓶片手に訪ねたフレッドがくだを巻くと、無言で水差しを指差された。
「取ってくれないの」
「自分で取れ。飲みすぎだ」
「量は大したことないんだけどね。なんか今日は酒のまわりが早いな」
「悩みのせいで悪酔いか。せっかく理解者ができたなら存分に傷の舐め合いをしろ。それで気が楽になることもある」
ヴィルベルトは厳しい顔で『正論』を告げた。
親友の『思い悩む暇があるなら解決策を試せ』という合理的な思考は好ましいが、悩み相談にはつくづく向かない男だと思う。
「あのねえ、自分が不幸にした女の子に縋るなんてダメでしょ」
「そうか?」
「ヴィルはさ、『暴君にも可哀想な過去がありました』って言われたらあいつを許すの? 君の家族を死なせた人間を?」
「それとこれとは違う話だろう」
「一緒だよ。クラウディア王女にとっては同じ話だ」
フレッドに見初められなければ、クラウディアはもう何年かは『子ども』のままでいられたのだ。早すぎる覚悟を迫られた彼女に『僕も怖かったんだ』と同情まで強要するつもりなのか。
せめて『揺らがない強い加害者』のままでいることが、彼女への誠意だろう。
「僕は人間性に問題がある変態男だ。それで同情してもらおうなんてどうかしてるよ」
「確かにその通りだな。いつまでもうじうじ悩んで面倒くさいし、自分が面倒な性格をしていることにすら気づいていない。末期だ」
「ねえ、親友に対して辛辣すぎじゃない!?」
嫌いな相手に対する悪口だってもう少し手加減するだろう。
あまりに辛辣な言葉を浴びたフレッドが目を白黒させていると、ヴィルは懇々と諭すように言葉を重ねてきた。
「親友として言うが、お前は自分で思っているよりも人情家だ」
「だからぁ、人情とか一銭にもならないものは、僕はとっくの昔に捨てたの」
「往生際悪く言うのは勝手だが、お前だけの問題じゃない。妙なタイミングで『護国卿』が血迷うと俺たちも困る。心を乱すくらいならクラウディア夫人は遠ざけろ」
「そうすると勝手に『護国卿のご意向』を汲んだやつらが彼女を冷遇するかもしれないし」
「わざわざ気を遣って時間をとって顔を合わせて、まめだな」
「ただの進捗管理ですぅ」
「……『別に彼女のためじゃない』と悪ぶれば悪ぶるほど『趣味で頻繁に様子を見に行っている変態』の汚名を雪ぎにくくなるが、いいのか?」
「えっ、嘘!……まあ、いっか。筋金入りの『変態』相手なら娘を嫁がせるのも躊躇うだろうし」
「もう『次の妻』の話か。……お前、いつか刺されるぞ」
そうだろうか、とフレッドは首を傾げた。
交際相手を取っ替え引っ替えする人間が恨みを買うのは、相手の気持ちがまだ残っているからだ。『是非とも縁を切りたい変態』に対しては、そのルールは当てはまらないだろう。縁を切って解放されたら喜ぶはずだ。
フレッドの勝手な都合のためだけに一生を縛りつけられるなんて、クラウディアがあまりにも可哀想じゃないか。今すぐには無理だが、彼女が年頃になるまでには解放しよう。
そのためには性交渉の無い『白い結婚』であると証明して婚姻無効を主張するのが最善手だ。『稚児趣味の変態夫が大人になった妻に興味を失ったから』としておけば、クラウディアは同情こそされても不名誉は被らない。
「とはいえ、時間は後から賠償できないからね。彼女の時間を何年かもらう以上、僕にできるかぎりのことは教え込もうかと」
「お前の『できるかぎり』か。どんな超人に育てるつもりだ?」
妻というより弟子や後継者を育てているみたいだとヴィルベルトに言われて、フレッドはこくりと頷いた。
「そうだよ。病める時や悲しみの時なんて僕ひとりでどうとでも乗り越えられるし、伴侶なんて要らない。僕がいなくなった後の彼女の方が心配だ」
「お前はそういう……まあ、いい。俺たちにも一枚噛ませろ」
「俺たち?」
「お前にも知らないことはあるだろう。女性の嗜みならうちの妻が詳しいだろうから、任せてもらえないか」
「レディ・エフェリーネに? そりゃ、ありがたいけど」
「交渉成立だな」
「なんで面倒なことをわざわざ……?」
君たちにとって何の得にもならないだろう、と見返すとヴィルベルトは深々とため息を吐いていた。
「俺たちが出会ったばかりの頃に、お前は『人は誰しも幸せになるために生きるべきだ』と言ったな」
「言ったっけ、そんなの」
「言った。……俺は、その言葉に結構な感銘を受けたんだが。肝心の本人が忘れているなんて」
ヴィルベルトは呆れたように言った。お前を手伝う理由はそれだけで十分なはずだ、と。
「お前も『人』だろう、フレッド」
けれど、フレッドは生まれてこの方一度たりとも自分を『大胆』だと思ったことがない。むしろ幼い頃の『頭でっかちで小心者のフレッド』はいじめっ子に目をつけられないための根回しにばかり腐心していたくらいだ。
臆病だから、退路を確保した上で何通りもの道筋を想定してからじゃないと行動しない。逆に行動に出た時には途中で止まらない覚悟を決めている。その様が『大胆』に見えるかは知らないが、フレッドが他人の言動に動じないことは確かだった。
「呪われろ、ハウトシュミット! 満たされることのない生を生き、絶望のうちに死ぬがいい!」
革命後に裁判にかけられた『暴君』レオポルト七世に死刑判決を下した時、血走った目をした醜悪な男から呪詛を受けた時だって、フレッドの心はぴくりとも動かなかった。
革命の後始末として国民共通の敵である元国王は処刑せねばならなかったが、彼が素直に死を受け入れるはずがないとも分かっていた。彼の反発は想像の範囲内だったから、驚きもなかった。
「呪い、ねえ。自力じゃ敵わないから人智を超えた力に頼ろうと? 仮にも主君と仰いだ方がこれほどの愚者とは嘆かわしいな」
「無礼なっ、この若造めがっ!」
「確かに僕のような若輩者が言うのはおこがましいですが――死人に口を開く権利は無いんだよ、老いぼれ。生者の耳を煩わせずに黙って死んでろ」
「なんだと!? 放せっ、余を誰だと思っている!? 許さん、お前だけは――!」
笑顔のままで言い放ってやれば、暴君は耳障りな声で何やら喚いていた。彼が法廷の外に控えていた衛兵たちに引きずられていく様を見ても、フレッドの心には怒りも悲しみも失望も湧かなかった。
そういった負の感情はとっくに使い果たしていたから。
「……っ、」
ただ、息を一つ吐いただけ。そんなフレッドを見て、ヴィルベルトは気遣わしげな視線を向けてきた。
「……単なる負け惜しみだ。気にするなよ、フレッド」
「ふふっ、あははっ、ああ、おっかしい!」
心優しい親友にわざわざ気遣ってもらわなくても、フレッドは暴君の呪詛など全く気にしていなかったし、その言葉のあまりの滑稽さを嘲笑っていただけなのに。
「ヴィル、今の負け犬の遠吠え、傑作じゃなかった? 要は『お前は幸せになるな』だってさ! めっちゃウケるよね!」
「ちっとも笑えない」
「えー、大爆笑ものだと思ったんだけど。個人の幸福が欲しいなら最初から革命なんて起こしてない。国王のくせにそんなものを求めるから国を滅ぼすんだよ。ばっかじゃないの!」
さんざん国民を苦しめた暴君は、最期に『幸せになるな』と呪った。残酷非道と恐れられた凶王は、そう言えばフレッドが傷つき躊躇うだろうとごく普通に考えたのだ。
まったく、敵としてあまりにも小物で情けないったらない!
こんな相手を倒すために今まで頑張ってきたのかと思うと自然と笑いが込み上げただけなのに、どういうわけか、ヴィルベルトは悔しそうな顔をしていた。
「どうかした? ああ、ヴィルも暴君に一太刀浴びせたかったよね? 申し訳ないんだけど、国王処刑が私刑に見えたらまずいから無傷で断頭台にかけないと」
「……そんなことじゃない。俺はいいんだ」
「そう?」
「俺は、俺の一番大切なものが失われる前に間に合ったからいい。だが……お前は、一発ぐらいやつを殴るべきだった」
おかしなことを言うものだと思った。親友の『フレッドは一番大切なものを失ったから報復をしていい』という言葉の意味が、本当に分からなかった。
だって、自分は何も失っていない。
革命を起こして、暴君に妾として召し出された姉を取り返した。
暴君や横暴な貴族を処刑して、国の舵取りを一手に任された。
取り返したものや得たものの大きさに比べれば、『自分は幸せになれない』くらいなんでもない。完全なる勝利の前には安い代償だと喜んで捨てたのは、自分自身だ。
決断のたびに怖気づいて震える手足も、硬直してひくつく頬も、噛み締めて色の失せる唇も『護国卿』にはふさわしくないから『頭でっかちで小心者のフレッド』は捨てた。ただそれだけの話だ。
何も失ってなどいない。誰にも奪われてなどいない。
自分の一挙手一投足に注目を浴びて、自分の一言で他人の運命を捻じ曲げる。自分だって進む道の先を知らないのに、国民全てと国の将来を双肩に担って歩み続けねばならない。
それがどんなに苦しく孤独な道であろうとも、自分自身で選んだ道なのだから、後悔などあるはずがない。後悔があってはならない。
「新しいことをするのは怖いもの。しなくても済む苦労をわざわざしてまで、全然楽しくない怖いことをするなんて、悪いひとにはできないでしょう? だから彼はきっと良いひとだったんですよ」
だから――今さら、そんな言葉ひとつに動揺するな。
あの時のクラウディアは古の名君の話をしていた。彼女の頭の中に『夫』は毛ほども存在していなかっただろう。
それに、幼い理屈は間違いも含んでいる。悪事を善と信じて行う者の方が罪深いという考え方もあるだろう。『苦しむことを躊躇わないから良いひとだ』という方程式は成り立たない。
分かっているのに、それでも『この恐怖を分かってくれるのか、君は僕の同類か』『僕を良いひとと言ってくれるのか』と幼い少女に縋りつきたくて仕方がなかった。
馬鹿みたいだ。同類もなにも、いたいけなクラウディアに『恐怖』を教えたのは自分なのに。
「なんで愛読書まで教えたんだろ。彼女を傷つけておいて『分かってほしい』とか、僕ってやつは本当にどうしようもない……」
久しぶりに体に入れた酒は、必要以上に舌を滑らかにした。
兵舎の宿直番のヴィルベルトを酒瓶片手に訪ねたフレッドがくだを巻くと、無言で水差しを指差された。
「取ってくれないの」
「自分で取れ。飲みすぎだ」
「量は大したことないんだけどね。なんか今日は酒のまわりが早いな」
「悩みのせいで悪酔いか。せっかく理解者ができたなら存分に傷の舐め合いをしろ。それで気が楽になることもある」
ヴィルベルトは厳しい顔で『正論』を告げた。
親友の『思い悩む暇があるなら解決策を試せ』という合理的な思考は好ましいが、悩み相談にはつくづく向かない男だと思う。
「あのねえ、自分が不幸にした女の子に縋るなんてダメでしょ」
「そうか?」
「ヴィルはさ、『暴君にも可哀想な過去がありました』って言われたらあいつを許すの? 君の家族を死なせた人間を?」
「それとこれとは違う話だろう」
「一緒だよ。クラウディア王女にとっては同じ話だ」
フレッドに見初められなければ、クラウディアはもう何年かは『子ども』のままでいられたのだ。早すぎる覚悟を迫られた彼女に『僕も怖かったんだ』と同情まで強要するつもりなのか。
せめて『揺らがない強い加害者』のままでいることが、彼女への誠意だろう。
「僕は人間性に問題がある変態男だ。それで同情してもらおうなんてどうかしてるよ」
「確かにその通りだな。いつまでもうじうじ悩んで面倒くさいし、自分が面倒な性格をしていることにすら気づいていない。末期だ」
「ねえ、親友に対して辛辣すぎじゃない!?」
嫌いな相手に対する悪口だってもう少し手加減するだろう。
あまりに辛辣な言葉を浴びたフレッドが目を白黒させていると、ヴィルは懇々と諭すように言葉を重ねてきた。
「親友として言うが、お前は自分で思っているよりも人情家だ」
「だからぁ、人情とか一銭にもならないものは、僕はとっくの昔に捨てたの」
「往生際悪く言うのは勝手だが、お前だけの問題じゃない。妙なタイミングで『護国卿』が血迷うと俺たちも困る。心を乱すくらいならクラウディア夫人は遠ざけろ」
「そうすると勝手に『護国卿のご意向』を汲んだやつらが彼女を冷遇するかもしれないし」
「わざわざ気を遣って時間をとって顔を合わせて、まめだな」
「ただの進捗管理ですぅ」
「……『別に彼女のためじゃない』と悪ぶれば悪ぶるほど『趣味で頻繁に様子を見に行っている変態』の汚名を雪ぎにくくなるが、いいのか?」
「えっ、嘘!……まあ、いっか。筋金入りの『変態』相手なら娘を嫁がせるのも躊躇うだろうし」
「もう『次の妻』の話か。……お前、いつか刺されるぞ」
そうだろうか、とフレッドは首を傾げた。
交際相手を取っ替え引っ替えする人間が恨みを買うのは、相手の気持ちがまだ残っているからだ。『是非とも縁を切りたい変態』に対しては、そのルールは当てはまらないだろう。縁を切って解放されたら喜ぶはずだ。
フレッドの勝手な都合のためだけに一生を縛りつけられるなんて、クラウディアがあまりにも可哀想じゃないか。今すぐには無理だが、彼女が年頃になるまでには解放しよう。
そのためには性交渉の無い『白い結婚』であると証明して婚姻無効を主張するのが最善手だ。『稚児趣味の変態夫が大人になった妻に興味を失ったから』としておけば、クラウディアは同情こそされても不名誉は被らない。
「とはいえ、時間は後から賠償できないからね。彼女の時間を何年かもらう以上、僕にできるかぎりのことは教え込もうかと」
「お前の『できるかぎり』か。どんな超人に育てるつもりだ?」
妻というより弟子や後継者を育てているみたいだとヴィルベルトに言われて、フレッドはこくりと頷いた。
「そうだよ。病める時や悲しみの時なんて僕ひとりでどうとでも乗り越えられるし、伴侶なんて要らない。僕がいなくなった後の彼女の方が心配だ」
「お前はそういう……まあ、いい。俺たちにも一枚噛ませろ」
「俺たち?」
「お前にも知らないことはあるだろう。女性の嗜みならうちの妻が詳しいだろうから、任せてもらえないか」
「レディ・エフェリーネに? そりゃ、ありがたいけど」
「交渉成立だな」
「なんで面倒なことをわざわざ……?」
君たちにとって何の得にもならないだろう、と見返すとヴィルベルトは深々とため息を吐いていた。
「俺たちが出会ったばかりの頃に、お前は『人は誰しも幸せになるために生きるべきだ』と言ったな」
「言ったっけ、そんなの」
「言った。……俺は、その言葉に結構な感銘を受けたんだが。肝心の本人が忘れているなんて」
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